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ビジョンの定義(2/2):ビジョン駆動型リーダーシップのビジョン

□ はじめに

前回「ビジョンの定義(1/2):良い定義とは?」で指摘したようなポイントを踏まえて、今回はビジョンを定義しましょう。さらに、定義から導かれる結論をいくつか見ていきましょう。

前回も少し書きましたが、リーダーやビジョンの定義に価値判断(例えば倫理的でなければならない)を加えるようなことは、自分はしたくありません。定義は一種の仮定であり、ここから導かれる結論の多さ、つまり、理論や定義のfruitfulnessが重要と考える立場からすると、定義に様々な条件をつけると定義は詳細になる一方で、定義から導かれる結論は少なくなります。

写真は3/25日の夜の、小池都知事の記者会見に同席した大曲貴夫くん(国立国際医療研究センター 国際感染症センター センター長で中学の同級生)です。本文でも触れますが、こちらの記事からキャプチャしました。

□ 定義

まず、事実として人間はシステム1、システム2の二つの思考システムを持ちます。これらを分けるポイントは無意識、自動的かどうかです。五感で感じるのは無意識にできます。一方で、二桁のかけ算になると注意力が必要で、無意識にはできません。ただ、訓練をすれば無意識でできるようになります。インドでは二桁の九九(というのか?)を覚えるそうで、彼らにとっては二桁のかけ算も無意識にできるでしょう。ふつう「思考」といえば注意力が必要で意識的に行うのシステム2のほうがイメージされますが、「ファスト&スロー」(カーネマン)などで説明されるように、我々はかなりの部分をシステム1で決めています

次に、システム1の性質を考えてみます。色を認知する、温度を感じるなど、通常の感覚や認知が起こっても、これらは普通のことで、特に大きな喜びや感動といった変化は起きません。ところが、アルキメデスが浮力の原理をお風呂で発見した後、裸で走りまわったと言われているように、大きな発見や感動は「伝えたい!」という強い衝動を持つものです。これは、学術的に示されているかは定かではないのですが、自分の体験やアルキメデスのような例から正しいとしてよいだろうと思います。このような意味で「システム1の認知や思考には強い・弱いという強弱があり、強い認知は強く伝達したくなる」ということを仮定として用います。

いよいよ本題のビジョンですが、「ビジョンはシステム1での強い認知」と定義します。これまでにも説明してきましたが、ビジョンの定義を用いて「リーダーシップとはビジョンを他人に伝えるプロセス」と定義していました。前回指摘したように非常にシンプルな構造で、つきつめれば「ビジョンは認知」ということです。

□ 定義の評価

定義に使われている「システム1」は事実で、また認知に強弱があることは仮定しました。つまり、定義に用いる言葉は準備されたもので、最低限の要件は満しています。

次に、「これはビジョンですか」と聞かれた時に判断できるか実際の例を使って考えましょう。まず、用いる例として、前回紹介した小倉さんの宅急便を再度用います。「小倉昌男 経営学」によると、システム1での強い認知を得た瞬間が実際にあったようです。当時、新規事業として個人向け宅配を考えていましたが、需要があるか、どうやって実現するかなど悩んでいました。そんな時に、マンハッタンでUPS(アメリカの宅配業の車)の車両を交差点で4台見たときに、ある種の閃きがあり、そうだ、ボトムアップに需要を見積ることができると考えます(p75)。

他の例として、横石さんの葉っぱビジネスを見てみましょう。横石知二さんは過疎の町(徳島県上勝町)で、葉っぱをツマモノとして売るという新しいビジネスを立ち上げて、町に大きく影響を与えた人で、その取り組みは「そうだ、葉っぱを売ろう!(横石 知二)」に詳しく書いてあります。お年寄りでもできる新しい事業(JAの職員だったので、事業は農業)をずっと考えていましたが、葉っぱビジネスのキッカケはお寿司屋さんでの出来事です(p50〜53あたり)。近くの席の若い女性が料理についていたツマモノの赤いモミジに感動して、「これ、かわいー、きれいねー」「水に浮かべてみても、いいわねー」と言って、ハンカチに真っ赤なモミジの葉っぱを包んだの見て、
『(こんな葉っぱ……上勝の山に行ったら、いっくらでもあるのに……)
そうだ、葉っぱだ!葉っぱがあった!葉っぱを売ろう!』
となったそうです。

システム1か2かを分けるのは無意識、自動的かどうかです。上の例はどちらもある光景を見た時に瞬時で判断されたものであり、システム1による判断だと言えるでしょう。また、その認知の強さは、その後どちらも周囲の反対にもかかわらずに、ビジョンの実現に邁進したことから伺えます。実際に、横石さんはうまくいなくてもあきらめることはなかったのは「女の子が葉っぱを手にして大喜びしているあの様子が、はっきりと頭の中に残っていた。(中略)彼女の様子に、これは絶対いけるぞと、私の動物的カンが働いていた。」からだそうです。

システム1による認知がビジョンですが、我々にはもう一つシステム2があります。システム2で表されるものをミッションと定義しましょう。ミッションは、もともと「与えられたもの」という意味がありますが、他人に与えるためには言葉などで明確に表す必要があり、システム2による認知と言えます。やってもらいたことが決まっていればシステム2により使命を与えることができますが、何をしてよいのか分からない時には与えることができません。システム1による閃きは「これだ!」とやるべき方向を与えるもので、その意味で「ビジョンが先でミッションは後」となります。この順番は、こう定義したのではなく、基本的な定義から導かれた結論です。

□ 従来の定義との比較

前回紹介したように、ビジョンの従来の定義には「あるべき姿」という感じのものが多くあります。しかし、初期の時点ではリーダーが提示したビジョンには反対される事例も多いです。なぜ「あるべき姿」なのに反対されるのでしょうか。提案モデルの定義ではシステム1による認知をビジョンとしており、我々は他人のシステム1を直接見ることはできません。なので、本人には強い認知があって「絶対これで行ける!」といった確信があっても、見えていない人からしたらまったく当たり前ではないわけで、当然反対します。

また、「あるべき姿」では失敗するビジョンは想定していないように思います。つまり、結果から遡って「この人はリーダーで、これはビジョンだった」と言っているようです。しかし、「リーダーシップは正しくない?」にも書いたように、提案の定義では、ビジョンは複数の体験から帰納的に得られるため、必ずしも正しいわけでもありません。その意味で、結果に依存しない定義になっています。

また、仮定したように、ビジョンには強い衝動が伴いますが、これが反対などにあっても進んでいく強い駆動力・推進力になります。なので「ビジョン駆動型リーダーシップ」という名前をつけています。ここに述べたように「あるべき姿とは限らない」「必ずしもみんなに賛成されるわけではない」といったことを端的に示す例がスティーブ・ジョブズの「現実歪曲空間」でしょう。彼が主張することは周囲の人にはかなりおかしいと思われていたようで、「あるべき姿」や「正しいビジョン」といった定義ではこの点を説明できませんが、システム1というどちらかといえば好き嫌いや感情に近い認知システムによって定義されているビジョンは、理屈ではないことが分かります。

□ 未知の例への適用:恐さを伝える

モデルや理論を考える最初のステップは、上のように具体的な人や例から帰納的に考えます。次に、構築したモデルを、未知の例にあてはめて見て、うまく説明できるかどうかを演繹的に考えます。うまくいかなかったらまたモデルを修正して……と繰り返します。リーダーシップのモデルを考え始めたころに、一つの難問として考えていた例がヒトラーです。一時期は彼もビジョン駆動型のリーダーと考えていましたが、最終的には以下のエントリに書いたように結論が得られました:情報って何?(11):リーダーシップは情報伝播(3/3)

ここ半年ほど考えていた難しい例はグレタさんです。彼女の場合、環境問題に対して自分で感じたこと(システム1での認知)が動機になっているようで、その意味ではビジョンが元になったビジョン駆動型リーダーシップのように見えますが、最初から何か違和感がありました。その違和感を説明したいのですが、なかなかうまくいきません。彼女の主張の基本スタンスは「このままいけば良くない状態になる」ということであり、「あるべき姿」が見えていないのでビジョンと言えないのではないかと思った時期もありますが、認知したものが将来の姿である必要はありません。

この違和感をクリアにしてくれたのは、同じように「このままいけば良くない状態になる」ことを訴えた次の動画です:都知事の会見で、テレビでカットされた医療現場のセンター長が語った新型コロナの怖さがリアルだと話題に!「この情報を知らない人が大多数だと思う」などの声!

ここで説明している大曲くんの説明を聞いて、初めて体感として(システム1として)この病気が恐いものであるというのが伝わりました。つまり、大曲くんは自分が体験してシステム1で得られた認知を他の人と共有しようとしたわけで、まさに、提案するビジョン駆動型のリーダーシップを発揮したわけです。ここでは、将来のあるべき姿は語られませんが、タイトルにもあるように、多くの人のシステム1に届いたのではないかと思います。

ここでグレタさんの例に戻ると、彼女の行動の原点は「このままいけば良くない状態になる」という感情(システム1での認知)であることは間違いないように思われます。ただ、この感情をシェアしようとしているかというと、彼女の行動からはそうではないように見えます。つまり、自分が抱いた恐い気持ちと同じような状態に他の人になってもらうのではなく、この状態にならないように(自分の恐怖が消えるように)一部の人達が動くべきだと主張しているようにも見えます。一方で、自分と同じように皆がパニックに陥いるべきだという主張もしているので、単に伝える手段が拙いだけかもしれません。また、気持ちをシェアしたいのは同年代の人だけでよくて、政治家などの大人とは気持ちのシェアをする必要はないと思っているのかもしれません。このあたりは丁寧に観察しないと分からないことで、安易に結論は出せませんが、大曲くんの動画でチェックすべき項目はクリアになった気がします。

最後に注意しておきたいのは、仮にグレタさんがビジョン駆動型のリーダーでないという結論が得られたとしても、大きな影響を与えたという意味で(広い意味での)リーダーであることには間違いありません。

□リーダーシップのモデル(ver1.1)

以下は、これまでの記事で書いてきたことを箇条書にまとめた部分です。

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