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【短編小説(コメディ)】探偵の名誉

久々に小説を書きました。過去に作家を目指しては挫折した経験がありますが、やっぱり書きたい欲求が止められなくて。

短編小説、タイトルは「探偵の名誉」ジャンルは「コメディ」です。読んでもらえたら嬉しいです。

【探偵の名誉】

「いいえ違いますよ。これはカッパの呪いなんかではありません。竹中氏は殺されたのです。人間の手によって。そう……これは殺人事件です

 カッ、と稲妻が閃いた。風は唸りを上げ、高波のしぶきが窓を叩く。嵐が近付いていた。激しい嵐が。

「だけど親父の部屋には内側から鍵が掛かっていてたじゃないか」竹中氏の長男が言った。
「誰も部屋には入れなかったはずだ。俺たちがドアを壊して部屋に入った時、親父はもう……探偵さん、アンタだって見ただろ!」

「ええ、確かにこの目で見ました。遺体は頭部を鈍器のようなもので一撃されて死亡。現場の状況から見て明らかな他殺です。しかし部屋の内側には鍵が。はめ殺しの窓は開かず、ドアの鍵を開ける唯一のキーは死んだ竹中氏のポケットの中……いわゆる密室ですな

「それに戸棚に書かれたあの言葉だって! やっぱりこれはカッパの呪いなんだよ! だからこんな無人島を買い取るなんて反対だったのに! 親父はカッパに殺されたんだ! ああ、だとしたら次に殺されるのは俺だ!」

「落ち着いてください。カッパも呪いも有りませんよ。人を殺すのは人間です。竹中氏は殺害されたのです。それにこの嵐ですから、犯人はまだ島の外へ出ていません……いえ、遠回しな言い方はやめましょう」私は言った。広間に集まる人々にたちに向かって。

「犯人はこの中にいます」

 沈黙が降りる。広間に集まる7人の容疑者たちは、誰ひとり口を開かない。漂う空気は疑念と恐怖。窓を叩く風と雨音だけが静けさを破る。

「探偵さん、冗談で言ってるんじゃないよね」竹中氏の次女が言った。
「父はたしかに善人じゃなかったよ。金で何でも解決できると思ってるような人。私だって父が嫌いだった。でも誰かに殺されるような恨みを買ったなんて思えない」

「これが私の嘘や勘違いであればどれほど良かったことか。しかし探偵の名誉に懸けて……断言しましょう。竹中氏は殺されたのです。これは巧妙に仕組まれた密室殺人です」

「どうして探偵さんにはわかるの?」

「簡単な推理ですよ。ごく簡単なね。私にはすでに事件の全てが読めています。もちろん犯人の正体も」私は彼らに向き直り、言った。
「犯人が何を企み、竹中氏殺害の凶行に至ったのか……探偵の名誉に懸けて誓いましょう。これから事件の真相を明らかにします

 何故、殺人事件だとわかったのか。
 何故、犯人がわかったのか。

 理由は簡単。

 何故なら竹中氏を殺したのは私だからです。

 ■■■

 殺す気はなかったんです。信じてください。いやホントに。何しろ私は名誉ある探偵ですし、そんな私が殺人だなんて、ねえ?

 かの有名な6億円強奪事件を解明したのも私ですし、快速急行殺人事件の謎を解いたのも私です。飲み屋街の殺人で見事な推理を披露したのはご存知ですよね? 
ああ、それに怪人四十面相との対決。今でも語り草になるくらいですから私の名前に聞き覚えくらいはあるんじゃないですか? 知らない? 本当に? まあ、とにかく私は名の知れた探偵なんです。それこそ竹中氏の誕生日に招かれるくらいには。あの竹中氏のですよ? これは名誉なことではないですか?

 知っていると思いますが竹中氏は一代で数百億とも数千億とも言われる資産を築いたやり手の商売人。言っておきますが彼のことは嫌いでした。竹中氏の持つ莫大な金は裏で汚い真似をして稼いだものに決まってますよ。まあ、証拠もないのでたぶんですが。証拠もないのに人を疑うなって? 探偵は人を疑うのが仕事ですから。

 そんなわけで私は竹中氏の悪事のシッポを掴んでやろうと足繁く彼の元へ通っていたのです。よく誤解をされますが彼の金を目当てに懇意にしていたのじゃありませんよ。たしかに竹中氏は金払いは良かった。難事件を解決した話を聞かせると大喜びで高級な食事や酒をご馳走してくれましたからね。私が逆立ちしたって支払えない食べログ4以上の名店を竹中氏はたくさん知ってました。まあずいぶん良い思いをさせてもらいました。嫌いでしたけどね。だって、解決済みとはいえ殺人事件の話を嬉々として聞くのですから。まったく悪趣味な成金ですよ。

 とはいっても個人的な好き嫌いで探偵たる私が人を殺したりはしません。探偵の名誉に懸けて誓いましょう。

 私の個人的な感情はさておいて、その日まで竹中氏とはできるだけ友好的な関係を築いてきました。もちろんいつか悪事の証拠を掴む気でしたので警戒心を抱かせないためというのもありましたが、ぶっちゃけると私にお金が無いからですね。私はね、貧乏なんですよ。探偵なんて職業が儲かると思いますか? 殺人事件の謎をいくら解いたって一円にもならないのに。警察官は給料が出るでしょうがたまたま居合わせた探偵はタダ働き。やってられません。

 だから竹中氏のようなパトロンは大切なのです。時には事件解決のご祝儀としてポンと大金をくれることもありましたからね。こちとら食い扶持にも困る日々なもんで……でなけりゃ誰が屈辱に耐えてまであんな野郎にヘイコラするものですか! この屈辱がわかりますか? 私は探偵です! 高名な探偵なんです! 本来なら三顧の礼を持って迎えられるべき存在じゃないですか!? 何が悲しくて赤べこみたいに頭をペコペコ下げてアイツのご機嫌を伺わなけりゃならないんだ! 許せないのはあの男、私があれだけ頭を下げて頼んだのにこれ以上は金を貸せないと断りやがったんですよ! 確かに今まで借りた金も返していないし返すアテもないですがそれでも氏と私の仲であれば借用書だの期限だの言い出さず百万、二百万は包んでくれるのが人情ってもんでしょう! はした金みたいなもんですよあの成金にしてみれば! それを、それをあの男は! 借金の精算ができないのなら交友関係はこれきりだなんて言い出して、あまつさえ私を過去の栄光にすがる哀れな男だとまで言いやがった! この高名な名探偵である私に対してですよ!? 探偵の名誉に懸けてそんな侮辱が許されるものですか! だから殺したんですよ!

 気付けば私は、執務室に置かれていた純金のトロフィーで彼を殴りつけていました。ハッと我に返った時には、竹中氏は血塗れでカーペットに横たわっています。

 数々の殺人事件を解決して来た私にはすぐにわかりましたよ。床に倒れている竹中氏が死んでいることが。そして犯人が(私ですが)あっさり捕まるであろうことも。

 舞台は孤島に建てられた別荘の一室。容疑者は8人。竹中氏の長男、次女、それから誕生日パーティーに招かれた友人が3人。竹中氏に雇われている屋敷の管理人とコック。そして探偵(かつ犯人)である私を入れて8人。折り悪く嵐が重なり数日は誰も別荘のある島に近付けない。つまり犯行は屋敷内部の人間の手で行われた。

 ちなみに私にアリバイはなく、動機はあります。とくにひねりも何もなく一番怪しい私が犯人です。

 何もかもお仕舞いだとその時は思いました。私が必死に築き守り続けた探偵の名誉も終わりです。私はことあるごとに『探偵の名誉』という言葉を口にしてきました。それもこれもやがて私の半生が書籍化ないし映画化された時に主人公の決め台詞にしようと思っていたからです。『探偵の名誉に懸けて真実を語りましょう』とか『隠された謎を最初に解く、それこそ名誉なことではないですか?』とか、探偵であることを誇りに思っている風に話すワケです。まあコナン君でいうところの『真実はいつもひとつ』みたいなものですね。

 そんな地道な努力もすべて無駄に終わります。何せこの日は私が犯人ですから名誉も何もありゃしません。積み上げてきたものすべてが崩れ落ちるのを感じました。もはやここまでとなれば、落ちるところまで落ちるだけ。さっさと頭を切り替えて(昔から立ち直りは早い方でした)殺してしまったものは仕方ないので、逃亡生活に入ることを早速考えました。執務室の戸棚や机の引き出しを片っ端から漁ります。竹中氏は金持ちですから、何かしら金目の物があるだろうと踏んだのです。

 現金、貴金属、宝石、何でも良いから金になりそうな代物はないかと探します。こうなれば腹をくくり嵐の海へ漕ぎ出すしか逃げ道はありません。嵐を耐えて本州に戻り警察の手が回る前に現金化できれば、しばらく身を潜めることもできるでしょう。海外に逃げるのも良いかも知れません。物価の安い国へ逃げれば盗んだ金で静かな余生が過ごせるかも……そのためにはとにかく金です。金が手に入らなければ逃げてもすぐに捕まります。

 しかし、竹中氏の部屋に手っ取り早く金に代えられそうなものは何も見つかりませんでした。

 唯一の金品といえば執務机に置かれている数百から数千万円はすると噂の高級腕時計。盤面に無数の宝石が散りばめられた一品で、世界で数点しかない特製だとか自慢を聞いたのを覚えています。天井のシーリングライトの明かりを盤面がキラキラ反射させて、一目で高価だとわかります。いかにも成金といった感じの本当に悪趣味な時計です。

 盗品を扱ってくれる質屋にツテはありますが、こんな足のつきそうなものを持ち込めば買い叩かれるに決まっています。まぁ何もないよりはマシだろうかと私はそれをポケットにしまいました……その時です。

 あるひとつのアイディアが、私の脳裏に突如として閃きました。さながら稲妻が夜の海をまばゆく照らすような一瞬の閃きが……絶体絶命に追い詰められた時に灰色の脳細胞が最大の活動を見せる。それこそが探偵です。

 そう、私は名探偵。この程度の困難に負けるはずがありません。私はポケットから腕時計を取り出すと、もと置かれていた通り机の上に戻しました。

 計画。脳裏に浮かんだあの計画さえ実行すれば私は清廉潔白のまま島を立ち去ることができます。それどころか探偵としての名声もさらに高めて。

 近付く嵐で逃げ出せないのは不幸なんかじゃありません。これは幸運です。誰も近付けないのですから警察だって現場である無人島に近付けません。意図せずに推理小説で言うところのクローズド・サークルが完成したワケです。嵐が去り警察が来るまでにかかる時間を40時間と想定しました。

 罪悪感があったかどうか? まさか、そんな気持ちは微塵もありません。私はただ己の計画の完璧さに酔いしれていました。

 なんと言っても……この危機を乗り切れば私の名声はまた高まるわけですから。その為の試練が天に与えられたのだと思えば、これは名誉なことではないですか? 

 ■■■

「では皆さん。犯人の名を告げる前に、もう一度竹中氏の執務室へ。密室の謎を解いてみせますよ」

 密室の謎。そう、密室です。竹中氏を殺害したあと私は現場を密室に仕立て上げました。ちょっとした小道具とトリックがあれば密室を用意するくらいは簡単です。何しろ私は名探偵、今まで何度も密室トリックを暴いて来たわけですから。ついでに竹中氏からカッパの呪い伝説を聞いていた私は(島の開発で住処を追われたカッパの呪いで住民が次々と亡くなり、ついに島は無人島になったとかなんとか、そういう類の良くある話です)戸棚に書き置きを残しました。

『皆殺しだ 河豚』

 と、観音開きの扉に赤いペンキで書き残してあります。これは金目の物を探して戸棚を荒らしたのを隠す偽装です。戸棚を荒らした痕跡が目立てば金目当ての犯行が疑われ、金銭トラブルが原因ではと気付かれる恐れがあります。そうすると貧乏な私が疑われる可能性も出て来るので、殺人の動機を隠す為にカッパによる呪いを強調する脅迫文を残したのです。戸棚の中より外に皆の意識が集中するように。

 もっと気の利いた脅し文句があるかも知れませんがこういうのは雰囲気作りですからね。大事なのは視線を外させること。トリックの基本です。

「やっぱりカッパの呪いだ!」

 それにしても効果は絶大で、竹中氏の長男だけはすっかり怯えています。他の皆さんはただただ困惑しているようですが。

 さて、これから私が事件を解くわけです。『これは呪いなんかではありません……殺人事件です』とか何とか前置きをして華麗なる解決編が始まります。

 竹中氏の死を計画殺人に仕立て上げ、自ら推理して解決する。それこそ私の思い付いた計画でした。もちろん犯人が私だと彼らに開示しては本末転倒ですから、他の容疑者へ罪をなすりつけるワケです。

 あの悪趣味な高級腕時計を金に換えられないのは残念ですが、人殺しの汚名を被るよりは貧乏に耐えていた方がまだマシです。普段は冴えない金欠の三枚目、しかしその正体はIQ200の名探偵。こんな風に思われていた方が名誉なことじゃないですか?

「では皆さん。犯行の全容を解明するにあたりまずは状況を整理……」

「これカッパじゃなくてフグでしょ?」と、私が口火を切るのとほぼ同時、竹中氏の次女が言いました。
「ほら戸棚の漢字」

 次女氏が指差す先には『皆殺しだ 河豚』の文字。

「カッパは河に童。河に豚ならフグだよ」と。
 竹中氏の次女は続けます。

 ご承知の通り戸棚にメッセージを残したのは私です。本来なら河童と書くところを河豚と書いていた。それは何故か。つまり……まあ、誤字ですね。

 言い訳をさせてください。人は一度でも言葉を間違えて覚えるとなかなか頭の中で訂正できないものです。エレベーターとエスカレーターを言い間違えることってありませんか? 私にとってはカッパも同じで、河豚も河童も一瞬同じモノを指しているように思えます。特にこの時は焦っていましたから(竹中氏殺害に気付かれる前にコトを為す必要がありましたからね)誤字には気付きませんでした。決して私がバカとか、そういう話じゃないのです。私はIQ200くらいありますよ。たぶん。測ったことはないですが。

「……ええ、その通り。よくお気付きになりましたね。今からそれを語るところでした」

 私はまるで『最初から気付いてましたけどね』と言わんばかりの態度をとりました。この時、決して取り乱したりせず声色も変えないのがポイントです。動揺を悟られてはいけません。いいですか探偵に必要なスキルは洞察力でも推理力でもありません。自信とハッタリです。

 だいたいどんな事件だろうと警察による科学捜査を無視して状況証拠だけで犯人を暴き立てるのですから『私の推理には一点の穴もほころびも無い』と自信満々な口振りで語らなければならないのです。自信を持って話すことがいかに大切かわかりますか? しどろもどろに真実を話す人よりも堂々と嘘を話す人が信用されます。

 そう、大事なのは印象です。

 間違いを恐れる必要はありません。人間ですから誰だって間違いはあります。大事なのはあくまでも印象です。その場に居合わせた人々が私の名探偵に相応しい堂々たる振る舞いに感銘を受け『真実を語っている』と信じてくれること。それさえ達成できれば事件は9割解決したようなものです。あとは事件に対して辻褄の合う説明をひねり出せばそれで事件は解決。犯人が連行され私の探偵としての名声が高まれば真実や真相なんてものはどうでも良いのです。周囲に真実だと信じ込ませればそれで。

 自信とハッタリ、私はこの探偵の奥儀で今まで何人もの犯人を言い当てて名探偵としての地位を確立しました。結果、冤罪だったこともありますけどね。ですが考えてみてください。私は推理をして犯人と思わしき人物の名を告げただけです。それを信じたのは現場にいる人々で、逮捕したのは警察。最後に判決を出すのは裁判所。

 さて、だとしたら私に何の責任がありますか? 仮に裁判で証拠不十分になり無罪が言い渡されたとしても、私の知ったことじゃありません。

 もう一度言います。大事なのは印象です。自信とハッタリさえ覚えればどんな難事件だって解決できます。皆が納得すればそれで良いのです。真実なんてものには一銭の価値もないのですから。

 さぁ、解決編を続けましょう。

「犯人は竹中氏の殺害後、カッパの呪い伝説に見立てて戸棚に文字を書いたのでしょう。しかし犯人は字を間違えた。犯人は、つまり……」

「焦っていたんじゃない?」またも口を挟む次女氏。
「探偵さん、たぶん犯人に父を殺すつもりはなかったと思う。突発的に殺してしまって、くだらないカッパ伝説を思い出して殺害の動機をウヤムヤにするために戸棚に文字を書いた。でも焦っていたから字を間違えた」

「ですから……」

「犯人は相当なバカってことね」

「それは違います」咄嗟に私は言い返しました。

「なんでよ?」

「いや、その、つまりですね……」

「だってこんな幼稚な文章で人を怖がらせようとするなんてバカでしょ? カッパの呪いで人が死ぬって、マジで意味わからなくない? しかも字も間違えてるし」

「つまりですよ」ごほん、と私は咳払いをした。
「つまるところ、貴女の指摘された通りです。稚拙なバカ……そう思わせるために犯人はわざと、字を間違えたのです

 沈黙。全員の視線が私に集まります。そうこれで良いのです。会話の主導権は私が握っていなくては。なんと言っても探偵ですからね。いちいち金持ちのお嬢ちゃんに邪魔されたんじゃたまりません。仕事の調子が狂うというものです。ちょっとかき回されて予定外の展開にはなりましたが、自信とハッタリ! 私が名探偵たる理由をこの小娘に見せつけてやりますよ。

「犯人はわざと字を間違え、幼稚な脅し文句を書いた。私はその点から犯人は相当な知性と緻密さを持った人物だと想定しました。何故ならこれは計算された上でのことだからです。犯人はあえて、焦ったバカと思われるよう仕向けたのです」

「どうしてそんなことを?」

「真の動機を隠すために。つまり戸棚の字を間違えたのは、計画的殺人であったことを隠すため。犯人は我々に事件を突発的な殺害と思わせたかったのですよ。導き出される結論として竹中氏殺害の真の動機は……」

「探偵さん、そこまで深読みする必要ある? 犯人は殺害のついでで金目の物を探そうと戸棚を漁ったんじゃないの? それがバレないように目眩しで戸棚に文字を書いたとしか思えないんだけど。でも焦っていたから字を間違えた。犯人はバカだから」

「いや犯人は高い知能を持っています」

「なんでよ?」

「現にこの脅迫文が有効だからですよ。犯人の声明によって貴女のように間違った推理をする人があらわれました。それにアナタのお兄さんは本気でカッパの呪いだと信じています」

「兄はバカだからね。もしかしたらバカを装ってるだけで父を殺した犯人かも」

 あっさり実兄を疑う次女氏。実の父が死んだというのに(まあ私が殺したのですが)この冷静さ。冷血という他ありません。親子仲が悪いとは聞いていましたがここまでとは。

「違う! 俺は親父を殺してなんかいない! どうして俺を疑うんだ!」

「その通り、彼は犯人ではありません」

 私は長男氏をかばうように立ち、容疑者たちの顔を見回しました。こほん、と咳払いをして仕切り直します。

「容易く掴める安直な答えを正解だと思い込むのは人のサガです。しかし探偵が求めるのは事実……暗闇の底に隠された真実だけです。真実とは、幾重にも張り巡らされた嘘や誤魔化しの先に見つかるもの。嘘という名の暗闇は時に人々を疑心に導き惑わせますが、どれだけの嘘を重ねても闇の底には必ず真実が隠されています。虚構の暗闇に閉ざされたこの事件、私が真実という名の光を見つけてみせますよ。そう……」

「探偵の名誉に懸けて?」

「そう、探偵の……まあ、そうです」

 まったくこの女は! いま私が『探偵の名誉に懸けて』と言おうとしたのに! 私は冷静を装っていましたが内心ハラワタが煮え繰り返る思いでした。彼女には常識というものが無いのでしょうか? 実の父親が何者かに殺害されたというのに(私ですが)ふざけている場合ですか? 彼女は周囲に疎まれていると聞いていましたが納得です。やはりちょっと一般的な感性とはどこかズレているなと思いますね。礼儀を知らないというかなんというか。探偵の決め台詞を横取りするなんて社会に出てからは許されませんよ。

 しかし我慢です。どうせすぐにこのストレスとも解放されます。この先の人生で次女氏と関わることはないわけですから。何故なら、事件の犯人になってもらうのはこの次女氏ですからね。せいぜい塀の中で後悔すれば良いのです。この私を怒らせたことを!

「さて、とにかく! 真相解明を続けましょう。犯人には真の動機がありました。犯行をカッパの呪いに見せかけ、あまつさえ偽装を見破れるようにわざと誤字を残した犯人の動機。そう、真の動機です……それは」

「そういえば探偵さん密室の謎はどうなってるの? 最初にこの執務室に戻る時に密室の謎を解いてみせますよとか言ってなかった? もしかしてまだトリックが解けてないとか?」

 努めて冷静、無表情を装っていた私ですが、顔面が引きつるのを止められませんでした。どうして黙って人の話を聞いていられないんだ? 

「もちろん、謎は解けています。それも説明するつもりでした。物事には順序というものがあるのですが、まぁ、良いでしょう。どうしても密室の謎が気になるというのなら、わかりました。先にお話しします」

 次女氏にいちいち口を挟まれるのはたまりませんが、ここで無視をして話が前に進まないのも困ります。私は手早く密室のトリックを話しました。

「糸とセロテープ。必要なのはそれだけです」

 勿体つけるほどもない単純な方法です。糸をテープでドアの内側にあるサムターンに貼り付けます。外へ出たあとに扉の下にある隙間から糸を引けば、簡単にサムターンは回り鍵は掛かります。強く紐を引けばセロテープから紐が外れて、密室の完成。私が実演して見せると何人かは「おお」と感心の声をあげました。そう、それで良いのです。私に感心なさい。探偵たるこの私に。

 もちろん、このトリックではサムターンに貼り付けたテープが残るので現場を観察すればすぐにトリックはバレます。でも部屋に突入した時に死体が転がっていたら、わざわざ部屋の状況をじっくり観察しようなんて考える人普通はいませんよ。皆さんが竹中氏の死体に驚いている間に私はセロテープを剥がしておきました。もちろんわざとテープの跡は残して。だって、そうしないと密室トリックを見抜いた根拠がなくなりますからね。

「すごく簡単なトリックね。セロテープと糸くらいすぐ手に入るし」私の説明を受けて、次女氏が言います。
「行き当たりばったりって感じ」

「そう、まさにそれです。犯人は行き当たりばったりで突発的殺人のような印象を残したかったのです。つまり計画殺人であることを勘付かれたくなかった。この殺人は実に巧妙に仕組まれたものです……そして犯人は」

 またも次女氏にこの流れを断ち切られる前に、さっさと犯人を告げた方が良さそうです。私はビシッ、と効果音でも鳴りそうなほどの鋭さで次女氏を指差しました。

「犯人は、貴女です」

 私の宣言と同時、人々の視線がいっせいに次女氏に集まりました。何度やってもこの瞬間は快感ですね。

 ちなみにこの『犯人はあなたです』ポーズは鏡の前で毎日練習をしています。プロ野球選手が自分の投球フォームを日々チェックするのと同じですね。探偵の見せ場ですから無様な指の挿し方はできません。どの角度から見ても様になるポーズというのはけっこう難しいのですが、こういった地道な努力が探偵としての名声に結びつくわけです。

 さて、私が彼らに語った事件の真相はこうです。竹中氏は以前から次女との折り合いが悪く、莫大な資産があるにも関わらず金を次女氏に与えることはなかった。自由奔放で何をやらかすか知れない次女氏に大金を握らせれば、ロクなことにならないと思っていたからです。次女氏も父親を露骨に避けており、大学の学費すら親に頼らずアルバイトで稼いでいました。何年も顔も会わせていなかったと言いますからその親子仲の悪さは相当だと思います。竹中氏は自分が死亡したとしても遺産は次女に渡さず、長男と長女の二人に分け与えるつもりで遺言状を書くつもりでいました。そのことを知った次女氏は怒り狂い、竹中氏を殺害し遺産の分け前を得ようと計画したのです。ちょうど竹中氏の誕生日、カッパの呪い伝説が残るこの別荘地で。

 次女氏にとって計算外だったのは、招かれた客の中に名探偵たる私がいたこと。そして名探偵たる私が事件のすべてをこうして暴いてしまったこと。

「私の推理が間違いであって欲しいと、思いました。ですが……論理的思考で真実を追い求めれば、導き出される結論はひとつ。探偵の名誉にかけて、真実はこうです。竹中氏は娘である貴女の手で殺されたのです」
 
 まあ、ほとんどデタラメです。真犯人は私ですし。

 代わりに犯人になっていただく方は誰でも良いのですが、やはり次女氏は罪を被せやすかった。何しろ彼女にはアリバイがありませんし、親子仲が絶望的に悪く何年も顔を合わせていないのは事実でしたから。現に父親が死んだと言うのに次女氏は動揺すらしていません。自由奔放な次女氏は家族や親類からも疎まれていたと聞きます。兄である長男氏ですら『こいつならやりかねない』みたいな恐怖の目で妹を見ています。やれやれいくらお金があってもこうも家族仲が悪いのであれば幸せとは言えませんね。

 犯人と名指しされた次女氏といえば、眉ひとつ動かさず私の推理を聞いています。普通は冤罪だとしてもこんな時は慌てるものですが。

「竹中氏は以前から、遺産の相続について頭を悩ませていました」私は推理の説明を続けました。
「何せ竹中氏の資産は莫大な金額です。それこそ、金を手にするために誰かが自分の命を……」

「ちょっと良い?」と、次女氏は私の推理を遮って言いました。まったく人の話は最後まで聞きなさい。貴女が塀の外で聞く最後の話なんですからね。

「もしも私が犯人だとしたら、どうして犯行が今日なの?」

「都合が良いからですよ。孤島の別荘地では竹中氏が死亡しても本島から警察が来るまで時間が掛かる。その上この嵐です。警察の介入はより遅れ、証拠隠滅の時間はいくらでも取れます」

「いやおかしいでしょ」自身が犯人と疑われているにもかかわらず、次女氏は物怖じもせず言います。
「父が今日、誰かに殺されたら私が疑われるに決まってる。アリバイがなくて動機があるんだから。しかもこの嵐のおかげで外部犯の犯行にも見せかけられない。そんなタイミングで計画的犯行って無理がある」

「その通り。しかし貴女にはどうしても今日、殺さなければならない理由があった。竹中氏に遺言状を遺されては困るからだ。竹中氏は以前から引退をほのめかしていた。今年の誕生日を節目として隠居し、終活を始めるとまで。もちろん莫大な資産を持つ竹中氏だ。まず真っ先に考えるのは自分に万が一があった場合の遺産相続でしょう。もし竹中氏に遺言状を用意されては、貴女に遺産が入らない恐れがある。だから貴女は何としてもその前に犯行をしなければならなかった。大学進学をしてから一度も竹中氏と会っていなかった貴女が何故、今日という誕生日に限ってわざわざお祝いに来たのですか? それは今日、この場で父親である竹中氏を殺害するつもりだったから。違いますか?

「違うけど。今日ここに来たのはつまらない意地を張って父と険悪な仲でいるのも馬鹿馬鹿しくなったから。仲直りのためってところね。あいにく父は殺されたから、もう二度と仲直りはできないけど」

「あくまでシラを切るのですね? であればもうひとつ証拠をお見せしましょう。貴女はお気付きにならなかったようだ。倒れている竹中氏の身体の下に、貴女が無くしたと言っていたパスケースが……」

「探偵さんの推理はアテにならない」と、こともあろうに推理をさえぎって次女氏は言いました。

「パスケースが無いのに気付いたのは父が死んだあと。私以外の誰だろうと、盗んでから父の遺体の下に置ける。そんなの証拠にならない」

 まあ、正論です。実際、次女氏のパスケースを切り札として仕込んだのも私ですし。こちらとしてはパスケースを発見して次女氏が取り乱してくれれば、あとはいつものハッタリで彼女を犯人に仕立て上げる腹づもりだったのですが。なかなかにしぶといではありませんか。

「だいたい私が父を殺すなら、もっと簡単に強盗殺人に偽装する。金目当ての犯行なら私が疑われる可能性も下がるからね。せめて父の腕時計……高価なあの腕時計だけでも盗んでいけば金目当ての犯行に見せかけられるのに、犯人はそれもやらなかった。きっと真犯人は金目当ての犯行だと思われたくなかった人」と、ここで次女氏が私を冷たい目で睨みました。
「金目当ての犯行だと、金の無い人が疑われるから。そうしたら都合が悪いんでしょ? ねえ、探偵さん」

「どういう意味でしょうか?」

「遠回しに言ってもわからないみたいだから言うけど、私は探偵さんが父を殺したんじゃないかって疑ってる。この中でお金に困ってそうなのは探偵さんだけだし」

 流石の私も次女氏のこの発言は頭にきました。こともあろうに私を疑うとは! それも私が貧乏であるというだけで! これはあまりにも失礼な話じゃありませんか? 実際、犯人が私である点は置いておくとして。

 確かに私は屋敷に集まった竹中氏の親族やご友人たちに比べれば貧乏です。何しろ収入は不安定で貯蓄はゼロ。借金の総額は把握もしておらずもはや闇金でさえ私に金を貸してくれません。時々手に入る現金はすべて酒とギャンブルに溶かしていますし財布の中身が二千円を超える日は滅多にありません。

 しかし、かのシャーロック・ホームズだって平時は薬物中毒者。探偵とは普段は冴えない三枚目でも難事件に遭遇した時こそ輝くもの。私も同じで貧乏であることは一種ステータスでさえあるのです。それを、公衆の面前で貧乏人と揶揄するようなことを言われるのは私の名誉が許しません。探偵の名誉は守られねばならんのです。

「見苦しい言い訳ですな。高名な探偵であるこの私を逆に犯人に仕立て上げようとするなど」

 しかし、腹を立てたからといって取り乱してはいけません。あくまで犯人である次女氏が最後の抵抗で言い逃れをしていると、他の人たちには思わせなければならないのです。私は探偵ですよ? 探偵であるこの私が推理のアラを指摘され、あまつさえ論破されるなどあってはならないのです。探偵であるこの私に……そんな無礼は許されません。高名な探偵であるこの私が、たかが小娘ひとりにやりこめられるなど!

「でも探偵が犯人だなんてパターン、推理小説じゃ良くある話だと思うけど」

「これは現実です! フィクションと混同しないでいただきたい! 現実の事件は推理小説なんかじゃないんですよ!」

「現実だから、真相が単純なんでしょ。複雑に考える必要なんてない。父は金目当ての犯人に殺された。現場の偽装が適当で荒いのは時間がなかったから。私はそう思う」

「ふん、素人丸出しの推理ですね。安直で馬鹿げている! たしかに私は金に困ってます。しかし仮に私が竹中氏を殺すならついでに金品を奪うはずです! これが金目当ての犯行なら貴女の言う通り、竹中氏の腕時計を盗んでいかないのはおかしいでしょう! 素人目に見ても数百万円はするであろう代物が机の上に置かれているのに、それを名探偵である私が見落とすとでも!?」

「探偵さん?」次女氏が言った。不思議そうに。
「父の腕時計がどこにあるって?」

「だからそこの机の上に!」と、私が指差した先に。たしかに腕時計が置かれていた。100円ショップで売っているような、オモチャじみた腕時計が。

 何をどう勘違いしても、数百万なんて値は付かない安物の腕時計が。

「探偵さんの言ってる時計ってもしかして」

 次女氏はジーンズのポケットから腕時計を取り出す。宝石が盤面を埋め尽くし、シーリングライトの冷たい光をきらびやかに照り返す成金じみた悪趣味な時計を。

「もしかして、私の持ってるこれのこと?」

「え……バ、バカな! 確かに机の上に!」

「そう、確かにこの腕時計は机の上に置いてあったわ。私たちが父の部屋で遺体を発見した時にはね

 ゴト、と音を立てて、次女氏が腕時計を執務机に置いた。

「部屋の状況を一目見て、父が死んでいるのを見て……私はこれが怨恨じゃなく物盗りの偽装だって気が付いた。だって戸棚には明らかに金目の物を探して荒らした形跡がある。なのに高価な腕時計は盗まれていない。もしかしたら犯人は戸棚を漁っている最中でトリックを思い付いて、自分の罪を誰かになすりつける為に物盗りの犯行である線を隠そうとしたとか、まあ、そんなところじゃないかって思ったわけ。私の推理が正しいなら罪を誰になすりつけるつもりなのか? そんなの私に決まってる。私には動機があるから、罪を押し付けやすい……誰かが私に対して罠を張っている。だから私はみんなが死体に注目している間に父の腕時計を私の物と入れ替えた。どうしてそんなことをしたかわかる?」

 次女氏が冷たく鋭い眼差しで、私をジッと睨みます。

「父を殺した犯人を自分の手で捕まえるためよ」

「それは……そんな、それじゃ、つまり……!」

「つまり、逆に罠を張ったってわけ。あの時、父の腕時計が机に置かれているのは誰も見てもいなかった。目の前に死体があるのにわざわざ部屋の状況をじっくり観察するような人は普通いないからね。腕時計の場所を見ていたのは生前に自ら時計を外した父と、こうして死後にすり替えた私と……殺害現場で腕時計を見ていた真犯人だけ。そうでしょ、探偵さん

 沈黙。全員の視線が私に集まります。彼らはもはや私の推理に感銘を受けてなどいません。彼らの目に尊敬の色など微塵もなく、むしろ怒りと憎しみのこもった目で私を見ています。

 いったい誰が悪なのか。次女氏が真実を言い当てていることを、彼らは信じたのです。


■■■


 まあ、悪いことというのは出来ませんね。私がこうして塀の中に居るのも、そういった事情なわけでして。

 それにしても追い詰められて初めて悟ることもあります。いつも犯人たちがベラベラと犯行の裏話を聞かせてくれるのをなんでだろうなぁと不思議に思っておりましたが、もはやここまでとなると隠していたものを暴露したくなる性質が人間にはあるのでしょうね。観念した私は自らの凶行を彼らに白状しましたよ。あの瞬間のことは思い出すと今でも背筋が凍ります。私が犯行を認めた時の彼らの表情ったら! 殺されるかと思いました。この世でもっとも恐ろしい景色でしたね。

 ところで私が罪をなすりつけようとした次女氏ですが、風の噂に聞くところでは行く先々で不思議と事件に巻き込まれては颯爽と解決しているとかで。今じゃ私に代わって彼女が伝説の名探偵ですよ。私の名声は地に落ちて悪党呼ばわりですが、何しろ自業自得ですからね。

 でも、あの時のことを思い出すのもこうして語るのも、悪い気分ではありません。

 何故って?

 彼女は伝説の名探偵、私は最初の事件の犯人ですから。それは名誉なことじゃないですか?

(終わり)

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また新しい山に登ります。

ありがとうございます!また読んでもらえたら嬉しいです!
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すっかり山男見習い。山のことや旅のこと、自分で撮った1枚の写真を載せて、様々なエッセイを書いています。2019年4月21日から開始。
コメント (4)
おお!

(⌐■-■)スゴイ♥
>鳥裸族さん
ありがとうございます☺️
なんだか急に書きたくなって久々に書きましたが、やっぱり楽しいです( ´ ▽ ` )
面白い!もっと読みたいです~♡
>陽菜ひよ子さん
ありがとうございます😊
久々に書くやる気が出たのでまたちょくちょく書いてらnoteに載せようかと思います。また読んで貰えたら嬉しいです( ´ ▽ ` )
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