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【エッセイ247】振り返ればやつがいた

「熊出没注意」のカンバンを初めて見た時は震えた。その日は山道を一歩一歩と進みながら、何かの物音が聞こえるたびに立ち止まって耳を済ませた。風があたりの草むらを揺らす音ですら怖かった。

二度目の山歩きには熊避けの鈴をぶら下げて行った。鈴のチリンチリンと鳴る甲高い音は頼りになるとはとても言えず、それでも無いよりはマシだろうとお守り代わりで持ち歩いた。

人間、色々と慣れるもので何度も山に足を運ぶうちに「熊出没注意」の文字に意味も怖さも感じなくなった。

熊避けの鈴の立てる音がうるさく感じるようになりカバンの奥底に音が鳴らないように仕舞い込んだ。以来、熊避けの鈴は一度も着けていない。

だいたい神奈川の丹沢山系に生息しているツキノワグマは30頭程度と言われている。絶滅危惧種で猟師にすら捕獲の自粛が呼び掛けられているのに、週に一回の山登りで遭遇する確率はどの程度のものだろう。ゼロではないにせよほとんど可能性はない。滅多にないから、稀に遭遇することがニュースになるのだから。そう考えると熊への怖さは薄れていく。

先日、霧と小雨の中を塔ノ岳に登った。霧で視界の悪い中では熊も辺りが見えずにバッタリ登山道で遭遇することもあるかも知れない。もしも熊に遭遇したら、なんて考えもどこか非現実的で怖さはもう感じなかった。

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霧の登山道を歩き続けて、山頂まで残すところ30分、

山小屋前のベンチで座って休憩をした。天気が良ければ登って来た山道から湘南や江ノ島が見え、反対の山側には富士山の景色が見える。残念ながらその日はいくら登っても霧が途絶えず景色は少しも見えない。景観の無い登山にも慣れた。運が良ければ山頂で霧が少しは晴れるかも知れない。

少し休んだら山頂を目指そう。

と考えていた時。

背後の草むらで何かの物音がした。

風が葉を揺らすような音ではない。
何かが草を踏む音。

草むらを踏み分けて、何かが近付いて来る足音。

人が山道以外から上がって来るのだろうか?

可能性はゼロじゃない。塔ノ岳の大倉尾根は登山道が明確でうっかりしても道を間違える可能性は低いが、ゼロじゃない。

ゼロじゃないが、それなら人以外が上がって来る可能性の方が高い。

神奈川に生息する熊はたったの三十頭前後。

偶然に出会う確率は滅多にない。
滅多に無いということは、稀にはある。

背後で再び草を踏み分ける音がした。

意を決して振り返ると、



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鹿でした。


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また新しい山に登ります。

ありがとうございます!明日が良い日でありますように!
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すっかり山男見習い。山のことや旅のこと、自分で撮った1枚の写真を載せて、様々なエッセイを書いています。2019年4月21日から開始。

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旅行記です。

コメント (6)
熊鈴付けて、山の中走ったことあります。笹をかき分ける音がして、本当に怖かったです。アイコンは、しろくまですけど、熊は怖い。
>はるさん
ありがとうございます😊
足音が聞こえた時はドキッとしました。霧のおかげで神秘的な雰囲気があったので、余計に(笑)振り返って鹿だったので安心しました( ´ ▽ ` )
>鳥裸族さん
まさか「水曜どうでしょう」で同じネタがあったとは! 観たことはなかったですが調べたら「シカでした」は人気の名言ですね。せっかくなので多用します( ´ ▽ ` )
>優まさるさん
最近はすっかり感覚が麻痺していたのですが、やっぱり熊は怖いですよね。足音で久々に恐怖を感じたので、これからはまたちゃんと熊避けの鈴つけて歩きます( ´ ▽ ` )
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