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新千夜一夜物語 第32話:セラピストと念の問題

青年は思議していた。

彼が知る限りにおける、セラピストたちが心身の不調を訴えている件についてである。
※この話では、セラピストとは主にマッサージ師、気功師、話を聞くことで心を癒すヒーラーを意味します。

他者の心・体をケアできる術に精通しているのであれば、自身のケアもできるはずなのに、なぜ、当の本人たちまでもが心身を病ませてしまうのだろう。
ひょっとしたら、彼らの不調の原因に、霊障が関係しているのかもしれない。

一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。


『先生、こんばんは。本日はセラピストの不調について教えていただけませんか?』

「ほう、セラピストの不調とな。それはまた、意味深なテーマじゃの。して、具体的にはどのようなことを聞きたいのかな?」

そこで、青年はセラピストたちに多くみられる心身の不調について、陰陽師にざっと説明した。
陰陽師はいつもの笑みで青年の話を聞いた後で口を開いた。

「結論から言うと、セラピストが不調を感じる主な要因は、“霊障”ということになるのじゃろうが、そのあたりを詳しく説明するためにも、“霊障”についてのそなたなりの説明を、まず聞かせてもらえるかの?」

陰陽師の言葉に対し、青年は小さくうなずいてから口を開く。

『霊障には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈の先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSを通じて他者から受けたり、心霊スポットなどから拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎。雑霊や人の念による霊障となり、二つ目と四つ目が“お祓い”の対象となっています』

「ふむ。基本的なことは、しっかり押さえておるようじゃの」

青年の回答に小さくうなずいた後で、陰陽師が口を開く。

「では、いくつか質問させてもらうが、まず、霊脈と血脈の違いについて、そなたの考えは?」

『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合は、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります』

「今の説明で基本的に問題ないが、 “霊統”、 “血統”という言葉もあり、それらは地縛霊化している先祖が本人にかかろうがかかるまいが、そう呼ぶことも忘れんようにの」

『そうでした。そのことをすっかり忘れていました』

ばつが悪そうに言う青年に対し、陰陽師はいつもの笑みを向けながら続ける。

「いずれにしても、基本はしっかり押さえておるようじゃから、もう一度だけ、霊障について整理しておくとしよう」

そう言いながら、陰陽師は紙に霊障の種類を書き記していく。

《霊障の分類》
・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
・土地/法人の霊障(地縛霊)
・グッズの霊障
・念

※以下、神の眷属や動物霊など
・龍神
・龍霊
・稲荷
・狐霊
・熊手/狸霊
・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

納得顔でうなずきながら紙を眺める青年に、陰陽師は声をかける。

「一口に霊障と言ってもこのように様々な種類に分類できるわけじゃが、基本となる四つの神事を済ませたという前提で、一番問題となってくるのは、人が発する“念”じゃ。実際、日々ワシのところに“お祓い”を依頼してくるクライアントの心身の不調の原因の大半はこの “念”じゃ」

『なるほど、そうなのですね。僕の同僚たちへのヒアリングでは、腰痛など体の痛みが患者の症状の大部分を占めているわけですが、見えない“念”が、物理的な身体に影響を及ぼしていたわけですね?』

「そなたの同僚ということであれば、勢い、魂の属性3の人間がほとんどのはずじゃから、 体の不調が“先祖霊の霊障(霊脈と血脈)”、“天命運の乱れ”、“チャクラの乱れ”に起因していることが基本とはいえ、“念”を中心とした霊障による体の不調は、決して見過ごすことのできない大きな問題といえるじゃろうの」

『特に魂の属性3の場合、先天性疾患や重篤な病を患っているとしたら、そのあたりの影響をまず疑うべきなのですね』

陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情でうなずき、そう言った。
そんな青年の様子に微笑みかけ、陰陽師は続ける。

「ところで、そなたは“念”について、どのように理解しておるのかな?」

そう陰陽師に問われ、青年はしばらく黙考した後、口を開く。

『“念”は、人間の感情を起因として生じます。たとえば、“呪い”のように誰かを憎んでみたり、逆に、好意を寄せている人物に恋い焦がれて強い想いを抱いても生じます。つまり、ポジティヴ/ネガティヴを問わず、強い感情が“生き霊”となって相手に届いてしまう現象と認識しています』

青年の説明を微笑みながら聞いていた陰陽師が、言葉を添える。

「基本的にはその通りじゃが、もう一言だけ付言すると、“呪い”と“生き霊”の区別だけはしっかりとつけておくようにな」

『とおっしゃいますと?』

「人が発する“念”をさらに大別すると、“邪神”、“呪い”、“生き霊”の三つとなるわけじゃが」

そう言いながら、いぶかしげな顔をしている青年のために、陰陽師はそれらの言葉を紙に書き足していく。

邪神:既存/新興の宗教が新たに作り出した「神(もどき)」
呪い:誰かが相手を呪った場合に生み出される
生き霊:たとえば社会全体といった、不特定の対象に向けて発せられた念

書き終えた後、陰陽師は再び口を開く。

「“邪神”は今回の件とは関係が薄いことから別の機会に話すとして、“呪い”と“生き霊”は誰に対して“念”を発しているかで異なるとは言え、これらの“霊障”の問題点は、“霊媒体質”の強弱によって被害者が変わってしまうところにある」

『とおっしゃいますと?』

「つまりじゃ、“霊能力”持ちの人物が“呪い”を生み出した場合、対象の人物に直接影響を及ぼすのに対し、“霊能力”を持たない人物が“念”を飛ばした場合、往々にして、“霊媒体質”を持つ赤の他人に、無差別に影響を及ぼすことが起こりえる」

『え、まったく無関係な赤の他人がとばっちりを受けると。それはたしかに迷惑な話ですね』

「たとえば、誰かがSNSで特定の人物に対する恨み言を投稿した、つまり、“念”を飛ばしたとして、その投稿を偶然見かけた赤の他人がその“念”を拾い、心身に変調をきたすことは、以前(※第29話参照)にも説明したと思うが、記憶に残っておるかな?」

陰陽師の言葉に対して青年は真剣な表情でうなずいて見せ、口を開く。

『そのあたりの話は、よく覚えています。かく言う僕も、木村花さんに向けて発信された投稿内容を読んでいて、赤の他人であるにもかかわらず、気分が悪くなりました』

「そなたが体験した通り、実際に目の前にいない人間が何らかの“念”を飛ばしたとしても、“霊媒体質”というだけで、その“念”を無関係な人間が拾ってしまい、その結果、心身に何らかの良からぬ影響を被るという構図が成立するわけじゃ」

『なるほど。近くで赤の他人が口喧嘩していると、関係ない僕まで気分が悪くなってしまうのは、その当事者たちの“念”を拾ってしまったからなのですね』

「さよう、そなたの言う通りじゃ」

青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

「さらに厄介なのは、“念”というものは元来霧のように人間にまとわりついており、その人物の心身の中でもっとも弱っている部位に集まるという性質があることなんじゃ」

『ほう、心身の中でもっとも弱っている部位に集まると。そのあたりのことを、もう少し具体的に教えていただけますでしょうか?』

そう問いかける青年に対し、陰陽師は小さくうなずいて見せ、紙に人型を描き、さらにその周囲を覆うような輪郭線を描く。

「つまり、“念”を拾った人物にとって弱い部位が肌であると仮定した場合、肌の症状が悪化し、腰が弱い人物には腰痛が増幅する形で現れることになる」

陰陽師の言葉に対し、青年は納得顔でうなずきながら口を開く。

『今は完治していますが、僕は昔アトピー性皮膚炎に悩まされていて、むしゃくしゃした時に、いけないと思いつつも八つ当たりのように肌を掻き毟ってしまった原因に、“念”の可能性があるわけですね?』

「基本的にはその通りじゃが、もっと詳しく説明するにあたり、そなたの鑑定結果を確認しよう。少し待ちなさい」

そう言い、陰陽師は鑑定結果を保存しているファイルをめくり、青年のページを開く。

note用霊障による精神疾患

青年は鑑定結果に目を通してから口を開く。

『アトピーに関しては、15の項目で納得しました。そして、SNSでネガティヴな内容の投稿を見かけた際に、自分には関係ない内容であるのに怒りが湧いたのは、13あるいは14の相が関係しているわけですね?』

「うむ、その理解で問題ないじゃろう。つまり、霊的に、見るべきではない記事に目を通したことによって、拾わなくてもよい“念”を拾ってしまったわけじゃな」

『なるほど。そういうことだったのですね』

「それと、この件でよく覚えておくべきは、たとえば温厚な性格の人物が、突然、別人のように言動が悪変した場合なども、それはその人物の内側から湧いてきた激情というより、他者の“念”を拾ったために生じた悪変である可能性が極めて高いという事実じゃ」

『そのお話は、とてもよく理解できます。若かりし頃、物に八つ当たりしたり、暴言を吐いたりした後に激しく後悔したものでしたが、当時もなんらかの“念”の影響を受けていたのでしょうね』

「そなたの属性を見るかぎり、その可能性は高いじゃろう。そして、そなたに限らず、そのような言動は本人の責任というよりも、霊障が原因と考えるべきなのじゃろう」

『そう言っていただけると、少しは気持ちが安らかになります』

そう言って微笑む青年に、陰陽師が言葉を続ける。

「ここで冒頭のそなたの質問に戻るわけじゃが、マッサージ業界の場合、セラピストの“霊媒体質”度が80点、患者の“霊媒体質”度が90点だった場合、セラピストにかかっていた“念”が、施術を通じて患者の方に移ってしまう」

陰陽師は紙に二つの人型を描き、一方の頭上に90を、もう一方の頭上に80と書き足した。そして、後者から前者に矢印を描き、説明を再開する。

「すると、本来であれば施術を受けた患者の体の不調が解消されるはずが、セラピストにかかっていた“念”が患者に移動することで、セラピストの方が元気になり、むしろ患者の不調が増幅するという逆転現象が起こることになる」

『逆に言えば、“霊媒体質”の患者にとっては、より“霊媒体質”度が高いセラピストに巡り合えることができれば、単に施術の効果だけではなく、セラピストに“念”を引き受けてもらうことも不調の改善に一役買っているというわけですね?』

「その通りじゃ。より“霊媒体質”度が高いセラピストに巡り合うことができれば、そのセラピストが持つスキル以上の恩恵を患者は享受することができるわけじゃな」

『ちなみに、セラピストと患者が互角の“霊媒体質”同士だった場合はどうなるのでしょう』

「もちろん、その場合は、魂の属性7同士がセラピストと患者である場と同様、セラピストの腕がそのまま治療結果となるじゃろうな」

『なるほど。リラクゼーションの仕事をしていた時に、少しでも施術が向上するようにと試行錯誤を繰り返していましたが、その努力は無駄ではなかったのですね』

安堵の息を漏らす青年に対し、陰陽師は青年を安心させるように微笑みかけ、再び口を開く。

「いずれにしても、今まで長々と説明してきた理由によって、“霊媒体質”であるセラピストが日頃、仕事後に感じる心身の不調の原因の大半が、患者が拾ってきた“念”であるという結論に至るわけじゃ」

陰陽師の話に身に覚えがある青年は、表情を引きつらせながら小さくうなずいて見せる。
陰陽師は湯呑みの茶を一口飲み、説明を再開する。

「さらにもう一言だけ補足しておくと、“霊媒体質”には二つのタイプが存在する。つまり、“念”を引き受けた後に体に入れてしまうタイプと弾くという二種類のタイプのことじゃな」

『今の説明をお聞きするかぎり、僕の場合は霊障を体内に入れてしまうタイプだと思いますが、弾くタイプの人間の場合、具体的には、どのような現象が起こりえるのでしょうか?』

「“念”が人体に影響をあたえるのと同様、その場合、弾いた念を近くの物に転写させることになるわけじゃが、電子機器や蛍光灯の調子が悪くなるのが最も一般的なのじゃが、めずらしい例としては、車の調子がおかしくなってみたり、警報機やスプリンクラーが誤作動して、大騒ぎになってみたりする」

『え、そんな事例まで存在するのですか?』

「真夜中に、自室の電子ピアノが鳴り出したなどという、オカルト映画にも出てきそうな事件まであるにはあるが、それとて原因が理解できていれば、恐れることは何もないわけじゃ」

そう言って笑う陰陽師を横目で見ながら、青年が口を開く。

『そうはおっしゃっても、私物であるならばともかく、施設にまで影響がでてしまうのは困りますね。このような問題は万人のコンセンサスを得ることは難しいわけですから、その結果、変な噂が立って、客足が遠のく可能性だって考えられるわけですし』

「霊障を体内に取り込んでしまう人物に比べて、弾くタイプの人物の比率はそう多くないとしても、たしかにお主の言う通りでそのような事態が頻発するようでは、たしかに商売にも悪影響を及ぼすじゃろうな」

『おっしゃる通りです』

青年は一つ頷いた後で、陰陽師に問いかける。

「この件について、緊急時における“特効薬”のようなものは存在しないのでしょうか?」

「少なくとも、マッサージなどの治療院に話をかぎるとすれば、問題となる特定の患者が来た時に、霊能力者に結界を張るように依頼することも検討してみるのは一考かもしれんな」

陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情でうなずき、疑問を口にする。

『ちなみに、“唯物論者”である魂の属性が7の人物の場合はどうなのでしょう?』

「もちろん、魂の属性7の人物の場合は、先程も説明したように、純粋に施術の効果で症状が改善する可能性がはるかに高い。また、引き寄せの法則によって、魂の属性3のセラピストには魂の属性3の患者が、魂の属性7のセラピストには魂の属性7の患者が集まりやすいことから鑑みても、“霊媒体質”の人間の方がこの手の治療において“効きがいい”といわれる由縁も、実は、魂の属性3のセラピストと患者の場合、通常の施術に加え、霊障のやり取りがあることがその要因ともなっておるわけじゃな」

陰陽師の説明を聞き、青年は手を打ってから口を開く。

『なるほど。患者とセラピストの相性には、“霊媒体質”か“唯物論者”かも関係があるのですね』

「もちろんじゃとも」

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずくと、言葉を続ける。

「その結果、“霊媒体質”の点数が高いセラピストは患者にかかっていた“念”を次々と拾ってしまうため、心身の不調が出やすいということになるわけじゃ」

陰陽師の説明に納得顔で青年はうなずき、しばらく黙考した後に口を開いた。

『ちなみに、体による接触がない、電話での霊視カウンセリングなどにも“念”の影響はあるのでしょうか?』

「もちろんじゃとも。そなたがSNSで体験したように、“念”に物理的な距離は関係ない。客が電話越しに誰かに対する恨み辛みを話していたとしても、電話をしている時に最も関わっている人物、ここで言う聞き手に“念”が影響を及ぼすことは間違いない」

『ということは、霊視カウンセリングといったスピリチュアルな手法を売りにするセラピストは、当然優秀な“霊媒体質”なのでしょうから、客の“念”をダイレクトに拾ってしまう可能性が極めて高いわけですね』

「もちろんじゃとも。優秀な“霊媒体質”の人間が、そうした職業で生計を立てている場合、心身を蝕まれる可能性は魂の属性7の人間とは比べ物にならず、一定期間“念”を大量に引き受けていたりすると、人によっては、白髪になりやすかったりする」

『え、髪の毛が白くなってしまうのですか』

「昔から、(古来の教えを正しく受け継ぐ)神道でも、霊力は髪の毛を媒介してやり取りされる、と言われておるくらいじゃから、霊的な疲弊は髪の毛に一番出やすいということは当然の帰結なんじゃ」

『なるほど、それで納得しました。実は、僕の知人も、年齢の割に白髪が明らかに多かったので、かなり“念”を拾いながら仕事をしていたわけなのですね』

「もしそのような人物がおるのであれば、おそらく、間違いあるまい」

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

「さらに言うと、リラクゼーションの場合と同様に、“念”が“霊媒体質”の度合いが高い方に移動することから、電話カウンセリングだけでなく、遠隔ヒーリングといった施術にもじゅうぶんな注意が必要であることは言うまでもない」

『最近では、水泳の池江璃花子選手が“手かざし療法”を受けているようですが、あれも“念”の移動という理解でよろしいでしょうか?』

「“手かざし療法”は、現代では、世界救世教の開祖、岡田茂吉のエネルギーワーク、そして岡田茂吉の後継者を名乗っている三派の“真光”教団が有名じゃが、あれは岡田茂吉が“霊能力”持ちだったから一定以上の効果があったわけであって、多くの人間にとっては“手かざし療法”は、“念”の移動に過ぎないといっても間違いではないじゃろうな」

『なるほど。参考までに、岡田茂吉氏の鑑定結果を教えていただけますでしょうか?』

「あいわかった」

そう言い、陰陽師は鑑定結果を紙に書き記していく。

岡田茂吉SS

『やはり“霊能力”持ちなのですね。しかも、(±5)とかなり強力ですから、多くの命を救ったことでしょう。ただ、(±1〜3)ではないため、先祖供養や天命運とチャクラの正常化はできなかったようですね』

「以前(※第24話参照)も説明したが、“霊能力”と一口に言ってもいろんな種類があり、彼の“霊能力”は病気治しに特化していたと言うことができよう。1961年(昭和33年)に国民健康保険法が改正され,国民皆保険体制が確立されるまでは、短期間で死に至る病ならまだしも、糖尿病や心臓病を患ったにもかかわらず、一命をとりとめ、その結果、ずるずると生き永らえてしまった場合、高額な医療費のために一族郎党が経済的に壊滅状態に追い込まれてしまうことも決してめずらしくはなかったのじゃ」

『今では大多数の人々が健康保険制度を当たり前と思っていますが、当時の医療は現代の常識からは想像ができないくらい高額だったのですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

「実際に彼が救った命は相当な数に上るのじゃろうし、当時の彼がいくらくらいの謝礼を受け取っていたか定かではないものの、病院から請求される高額な治療費を支払えない貧しい信者からしてみれば、まさに命の恩人、崇めるべき教祖だったわけなのじゃよ」

陰陽師の言葉に対し、青年はしばらく黙考した後、口を開く。

『なるほど。彼自身は“17:天啓”の相を解消できずに大変な思いをしたかもしれませんが、それだけの偉業を成し遂げたのであれば、この世に未練はなさそうです。ちなみに、彼の魂は無事にあの世に戻っているのでしょうか?』

「確認しよう。少し待ちなさい」

青年の問いに陰陽師は短く答え、鑑定を始める。

「うむ。たしかに、無事にあの世に戻っておるようじゃな」

『それはよかったです』

安堵の息をもらす青年を横目に、陰陽師は続ける。

「ところで、彼の鑑定結果を見て、他に気づいたことはないかの?」

陰陽師にそう問われ、青年は食い入るように鑑定結果を眺める。
しばらくして、青年は首を傾げながら自信なさげに口を開く。

『精神疾患の項目に“13:読心・暴力衝動/諸事に支障(物)”しかないことが気になります。多くの人は“14:予知・口撃衝動/諸事に支障(人)”とセットだったような気がしますので』

「いいところに気がついたの。この項目の数が極端に少ない場合、特に13しかない人物は、その項目の現れ方が激しくなる。たとえば、とある人物が“霊障”を100拾ったとして、13と14の項目が共にある人物の場合、わかりやすく説明すると、各々50ずつに相当する症状が顕在化する」

そう言い、陰陽師は青年が話についてきているのを横目で確認し、続ける。

「一方、霊障13しかない人物が“霊障”を100拾ったとすると、その全てが13に集中し、100に相当する症状が顕在化するため、非常に激しい荒れ方をするわけじゃ」

『つまり、日頃とのギャップに周囲がドン引きするような変貌ぶりをする人などは、13だけを持っている可能性が高いわけですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、再び口を開く。

「加えて、岡田茂吉氏の場合、先祖霊の霊障と天命運の両方に“17:天啓”の相があり、チャクラの6番目と7番目が乱れておることからも、精神的にかなり不安定だったことが想定されよう。また、晩年の彼は信者から得た莫大な資金で、世界中の様々な美術品を買い集めることに執心しておったのも、そのあたりが作用しておったのじゃろうな」

『ちなみに、それらの美術品は、実際に素晴らしいものだったのでしょうか?』

おそるおそる問う青年に対し、陰陽師は小さく笑いながら首を左右に振る。

「ワシは美術の専門家ではないから断定的なことは言えんが、熱海のモア美術館にある品々を見る限り、玉石混交の観は免れんと思うがな」

陰陽師の言葉を聞き、青年は腕を組み、眉根をひそめて言う。

『“17:天啓”の相とチャクラの乱れ(6・7)によって誤った方向に導かれ、その結果が精神疾患の13の“諸事に支障(物)”として顕在化したのでしょうね』

「その可能性は決して低くはないようじゃな。それにじゃ。そもそも、何らかの“霊能力”を持っていたとしても、結局はそれを使う人間の心次第ということになる。霊能力者が自らの力を行使するにあたり、自分なりのしっかりとした世界観とか価値観を持っておらんと、“正義の剣”で悪を切ったつもりが、実はその正反対であったなどということも、じゅうぶん起こりうるわけじゃ」

『なるほど。霊能力を持っていても、結局は、それを扱う人物次第ということなのですね』

青年の言葉に小さくうなずいてみせ、陰陽師は続ける。

「さよう。新興宗教のほとんどが、怪我や病気や犯罪がない、“地上天国”を理想として掲げておるが、この世が“地上天国”を希求するものではなく、“魂磨きの修行の場”であるとするならば、400回の人生において、今世の宿題としてあえて病気で苦しむことを選ぶ可能性だって、当然あるわけじゃから、そもそも、その能力があるからと言って、目の前の人物の病気や怪我を安易に治していいものかどうかという形而上的な問題も存在しているわけじゃ」

『以前(※第25話参照)もご説明いただきましたが、池江選手が白血病になった原因がプロのスポーツ界における“排除命令”の一環だったとすると、彼女の病気を治し、水泳の選手として復帰させることは、この世の厳然たる“2−3−5−5…2”のルールの中に再び彼女を返してしまうという結果となるわけで、考え方によっては病気を治すことそのものが好ましくないことという考え方もできるわけですね』

「そなたの言う通りじゃ。病にかかることや死を不幸だと思う人は多いと思うが、病気になることで体験できることもあるし、身近な人物の死から気づかされることもある。つまるところ、当人の魂磨きの修行にとって必要だから起きている場合だってあるわけじゃからの」

『つまり、霊能力者たるもの、そこまで考えて己の能力を使うべきだとおっしゃるわけですね』

「その通りじゃ」

青年の言葉に頷きながら、陰陽師が言葉を続ける。

「仮にワシがあの時彼女と知り合っていたとすれば、治療を始める前に彼女にこの世のルールについてよく説明し、たとえ白血病が治ったとしても、選手として復帰しないこと、とは言え、あれだけの才能の持ち主であるわけじゃから、指導者として後進を育てることが今世の宿題であることを事前に了解してもらった上で、治療に関わらせてもらっておったじゃろうな」

『たしかに。いかに才能に恵まれていたとしても、2(4)-3-5-5・・・2でない以上、選手に復帰したらまた病が再発する可能性がありますし、仮に病が完治していたとしても、今度は麻薬に関する事件を起こし、別の形で排除命令が発動するかもしれませんからね』

自分に言い聞かせるようにそう言い、青年は居住まいを正してから続ける。

『また、現世利益的に何不自由なかった人物でも地縛霊化することがありえるということは、池江選手にとって、選手として復帰することばかりを目標にするのではなく、いかに最期に悔いなくあの世に還ることが重要だというわけですね』

「簡単に言うと、そういうことになるの」

青年の言葉に同意を示すように陰陽師はうなずき、口を開く。

「池江選手を治療しておるという件(くだん)の霊能力者も、本来であれば、そこまでの大局的な視点を持って自らの能力を使ってもらいたいところじゃが、“霊能力”(±7)の件の“手かざし療法”にそこまでの要求をするのは酷と言うもんなのじゃろうし、そもそも、彼に“血脈先祖”の霊障を祓えと言うのも、無理な相談なのじゃろうしな」

想定外のことを聞いた青年は、目を見張りながら陰陽師に問う。

『池江選手自身は“唯物論者”である魂の属性が7の人物だったと記憶していますが、そのような人物にも“血脈”の先祖霊の霊障がかかるのでしょうか?』

思いがけない言葉にちょっと目を大きくしている青年の問いに対して、陰陽師は小さく首肯し、続ける。

「魂の属性7の人物の場合、魂が同一である“霊脈”の先祖霊はかからないものの、“血脈”の先祖霊がかかる可能性は当然のこととして想定できたのじゃが、困ったことに、令和になって以来、それ以前と比較して、“血脈”の先祖霊の霊障が顕在化し始めたようなのじゃ」

『え、そうなのですか?』

「それだけにとどまらず、最近の事例を見ている限り、魂の属性3の人間よりも魂7の人物の方が、霊脈の霊障がない分、より強く霊障を顕在化させるようになっているようなんじゃ」

『なんと…。令和の時代に入って何らかの“パラダイムシフト”が起きたとお聞きしましたが、今まではさほど問題視されていなかった血脈の先祖霊(※第6話参照)が、魂の属性7の人間にまで影響を及ぼし始めたとは、想定外としか言いようがありません…』

「“令和”についての問題は、話し出すと長くなってしまうので、また別の機会に話をするとしよう」

陰陽師の言葉に青年はうなずいて見せ、再び口を開く。

『ちなみに、気功師である僕も含め、霊能力が満たない人物が重病や精神疾患を持っている患者に施術を続けると、どうなってしまうのでしょうか?』

恐る恐るそう問う青年に対し、陰陽師は笑みを消して口を開く。

「“霊媒体質”のタイプによるが、体に入れてしまうタイプの人物の場合は、当然のこととして心身不調がひどくなり、長年そのような患者と関わり続けていると、最悪の場合、セラピスト自身が癌などの重篤な病気や精神障害にかかる可能性が考えられる」

『そうなると、あるところからは信頼できる霊能力者に引き継ぐ必要があるのでしょうか』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく首を振って口を開く。

「もちろん特に重篤な患者の場合は相談してもらうことも必要じゃろうが、必ずしも患者と距離を置く必要はない。そもそも、“霊障”は当人の弱っている部位の症状を増幅させるわけじゃから、そなたのような人間たちが、患者の弱っている部位を改善するという現代医学の最も不得意な分野を補完することは、とても有益なことじゃとワシは思う」

『それを聞いて安心しました。誰が担当しようが、結果的に患者が元気になって天命を邁進してくれるのが僕の一番の願いなので、僕の気功が一人でも多くの方々のお役に立てるのであれば本望です。実際、先生のお力添えもあり、神事を受けてくださった僕の患者の回復は早いと感じています』

青年の言葉に対し、微笑みながら相槌を打つ陰陽師を見、青年は続ける。

『そして生きている人間以外にも、何年もあの世に戻れなくて苦しんでいる、地縛霊化している魂を一名でも多くお救いしたいと思いますし、それらの活動の結果、一人でも多くの方が霊障から解放されて本来歩むべき人生を歩んでもらえたらと思っています』

青年の言葉に陰陽師は満足そうに微笑みながらうなずき、口を開く。

「ちなみに、魂の属性3の人物に比べたら、魂の属性7の人物が受ける“霊障”の影響は少ないが、今日話した内容は、令和になって以来、魂の属性7の人物にもより頻繁に起こりうる問題だということをぜひ頭の片隅に留めておいてもらいたい」

『ということは、魂の属性7の人物には“精神疾患”の項目が存在しないとしても、魂の属性3の人間と同じような症状が現れる可能性はあるというわけですね?』

「いつも、人間とは“多面体”のようなものじゃと話していることからも明らかなように、たしかに、魂の属性7の人物の場合、魂の属性3の人間に比べて“霊障”による心身の不調が生じにくいとしても、その影響がまったくないということはない。ワシのクライアントを見ていても、特に令和に入ってから、その傾向が顕著なようじゃ」

『なるほど。ということは、たとえ魂の属性7の人物であっても、霊障とは無縁ではないと』

「もちろんじゃとも。先程の、“精神疾患”の項目が存在しないという話も、霊障を“主因”とした“精神疾患”がないというだけの話であって、魂の属性7の精神疾患患者が世にあふれていることはあらためて説明する必要もあるまい。そして、そのような意味で、霊障が仕事運などの本人を取り巻く環境に悪影響を及ぼしていることは、程度の差こそあれ、魂の属性3のケースと何ら変わりはない」

『とは言え、彼らが見えない世界のことを迷信だと言って信じない分、その原因に気づきにくいわけですね』

顔を引きつらせながらそう言う青年に対し、陰陽師は小さくうなずき、口を開く。

「そなたの言う通りじゃろうな。“霊障”を非科学的だと断言するのは一向にかまわんが、であるのであれば、心霊スポットなぞに近寄らねばいいようなものじゃが、魂の属性7の人間の場合、魂の属性3の人間と違って“実感”という意味で霊障を感じることがまずないことから、興味本位で心霊スポットなぞに出かけ、知らぬ間にとんでもない霊障を拾うなどということも現実に起きておる」

『魂3であっても魂7であっても、“霊障”を拾う時には拾ってしまうのだとすれば、日頃“免疫”がない分、そのあたりのことにはじゅうぶん気をつけないといけないのでしょうね』

青年はそう言い、真剣な表情で何度もうなずいてから続ける。

『とは言うものの、四つの“神事”はまだしも、日常的に拾ってしまう“念”に関しては、いつまでも先生の“お祓い”のお世話になるのは気が引けますが、どうしたらいいのでしょう。“霊障”の列ができてしまい、何度も繰り返し依頼している人もいるわけですし』

「ワシもクライアントがいつまでも“霊障”で辛い思いをしていることに苦慮していたが、色々と検討を加えてみると、実はそうでもないようなんじゃ」

『え、そうなのですか?』

身を乗り出して問う青年を片手で制し、陰陽師は続ける。

「もちろん個人差はあるものの、人間が生涯で拾える“霊障”の限界値は、大方、決まっているようなんじゃ。今は四六時中“お祓い”を依頼しているクライアントがいるとしても、“お祓い”を受け続けてその限界値を迎えれば、その人物が“霊障”によって被る被害が激減するのは間違いないことのようじゃ。もちろん、まったくなくなるということはないとしてもな」

『なるほど。霊的な世界には、そんな決まりがあるのですね。たしかに、“霊媒体質”である我々は生きている限り“霊障”を拾うわけですが、長い目で見れば、今のうちにどんどん“霊障”を拾っては祓うを繰り返すほうがよいというわけですね』

「端的に言うと、そういうことになるのじゃろうな。それ故、積極的にお祓いを受けることによって、“霊障”によって生じる辛い時間が減ってくれることを、ワシも切に願っておるわけじゃ」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った


帰路の途中、青年は過去の自分の不調を振り返り、陰陽師の言葉を反芻した。
同時に、無闇にセラピーやセッションを行なったり、受けたりすることの危険性を痛感していた。
今までの青年は、どうにもならない時に“お祓い”の依頼をしていたが、今後は自らが生涯で拾える“霊障”の量を早くクリアするため、何らかの不調を感じたら、我慢せずにその時に“お祓い”を依頼することを決意するのだった。

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