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自転車に君を乗せて ① 長男篇

 私は車の運転が苦手である。普段は夫が車を使い、私は自転車を使っている。幼稚園、習い事、スーパー‥。基本、移動は近いところに限られる。

 長男が幼稚園に入園した当時、下の子はまだ1歳だった。電動自転車の前座席に次男を、後ろに長男を乗せての送り迎え。

 4月、初めての通園に、長男は泣いて抗議した。なぜ弟は行かなくてよくて、自分だけが行かなくちゃいけないんだ。教室に入ってしまえば、泣き止んで活動に参加できるのだけれど、お着替え時、家を出る時、園の玄関でバイバイする時。毎朝必ず、どこかで泣いていた。
 私は育休中だったので、幼稚園を休ませることも可能だったが、ここで、上の子が不憫だと休ませれば、次はもっと泣いて登園拒否されるのも分かっていた。

 先生に渡してしまえばそこはプロである。はーいと笑顔で、かつ素早く力強く、ママが見えないところまで連れていってくれる。
 とりあえず、私の仕事は幼稚園の玄関まで送り届けることだった。できれば、お互い(子どもも私も)ストレスがたまらぬように‥。
幼稚園へ向かう道中は、楽しいお出かけの時間だと錯覚させよう。そう考え、まっすぐ向かえば6、7分で園に着くところを(ほんとに近所なのだ)しばらく遠回りして通うことにした。

 遠回りと言っても所詮は自転車の行動範囲内。最終、幼稚園に向かっていると気づけば、長男はやはり泣いた(それもしばらく毎日のように)。

 だが泣くタイミングは、次第に、お着替えする時や家を出る時ではなく、駐輪場に着いた時・ママとバイバイする時に限定されていった。そしてその時には、顔見知りのママさんや先生たちが、代わる代わる声をかけ、我々親子を助けてくれる。私にとっての「朝、長男を幼稚園へ連れていく」憂鬱は、そのことによってだいぶ解消された。

 そして、彼は泣かずに登園できるようになった。何週間か何ヶ月かは覚えていない。だがその後も、楽しい自転車の寄り道は続いた。

 長男の好きな道は、幼稚園の手前にあるスーパーの横を抜け、小さな田んぼや畑を両側に見ながらゆくコース。とんぼ、ちょうちょ、てんとう虫を探しながら行く。ネコがよく出入りしている小径も見つけた。
 田んぼに水が入ってからは、たにし、ガガンボ、おたまじゃくしが彼のお気に入りになり、家を出る合図は、「幼稚園行くよ」ではなくて「今日もおたまじゃくしいるかな?」になった。

 幼稚園にすでに子どもを送ってきたママとすれ違い、あれ、おうちこっちだっけ?ううん、ちょっと寄り道ー、なんてやり取りをしたり、時には寄り道が長引き過ぎて遅刻したりしながら、自転車に2人の息子を乗せての旅は、いつしか私にとっても楽しいお出かけの時間になっていた。

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 車でも、自転車のように、好きなルートをその日の気分で、遠回りしたり新たに開拓したりできるようになれば、運転はきっと楽しいに違いない。
 だが、スーパーの横っちょの道を、対向車も気にせず進入していくことは、私の運転技術ではおそらく無理だ。ましてやおたまじゃくしを見つけるために、いちいち足を止め、田んぼをのぞき込む、なんてことは。

 長男が卒園して、数年が経つ。彼は、自分で自転車を漕いで、友だち同士、近所の公園まで行くようになった。次男もじきにそうなるだろう。
 私は、と言うと、相変わらず車の運転が苦手だ。むしろ今の方が、苦手意識が強まっている気がする。スーパー、銀行、図書館‥。私は今日も、自転車を漕いでいる。

 我が家の自転車には、まだ子供用座席が前後についたままである。息子2人を同時に載せることはなくなった今、自転車での楽しいお出かけの日々は、ますます美化されて、私の脳に刷り込まれている。

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