磐梯熱海温泉①~No more room in 磐越西線~

2019年5月。
父方の祖父の米寿を祝いに、妻と一緒に地元の福島県郡山市にやってきた。

ゴールデンウイーク真っ只中だった為か、私たち以外にも里帰りらしき家族連れが新幹線からたくさん降りていた。駅前は制服を着た学生たちが賑やかに歩き、活気があった。

自分の着ていた制服を見かけると、その瞬間タイムスリップしたような気持になるのは私だけだろうか。楽しかった学生生活を思い出し、自然と口元が緩みそうになる。

郡山駅に着いたのは昼過ぎで、今夜の宿がある磐梯熱海駅に向かう電車は1時間ほど先だった。

とりあえず昼食を取るために、駅前の店に入った。

無難そうな和食の店を選んで入った。そこは私が住んでいた頃には無かった建物の中にあった。
店内は駅前と同じで、里帰りらしき人たちが多くいて、その親族たちもいたりでぎちぎちに混んでいた。
慣れ親しんだ街だが、見知らぬ店内と賑わいに戸惑いつつ食事を終えると私たちはすぐに駅に戻った。嫌な予感がしたのだ。

駅のホームに着くと予感は的中した。

すでに来ていた電車は満員だった。

私たちはなんとか電車に乗ると、しばらくしてパンパンになった電車が動き出した。

私が住んでいた頃、この電車の車両は長かったが、上京してから短くなってしまったのだ。その為、毎回帰るたびに想像以上の混み具合を見せる。しかも、たちの悪いことに東京に戻る度にその事を忘れるのだ。ちなみに今回、この文章が書けているのはこれから起こる出来事の印象が強く残っているからだ。

郡山駅から磐越西線に乗り磐梯熱海駅まで約20分ほど、しかしギュウギュウ詰めになった電車内にいる私たちにとってそれはあまりにも長い時間だった。

ちなみ磐越西線は郡山駅から会津若松駅を経由して新潟の新津駅をつないでいる路線で、高校時代に毎日通学で使っていた。

福島の5月はそれほど暑くはない、そのはずなのに車内は人の熱が充満していてひたいから汗がポタポタと垂れてきた。

ふと目線を前に向けると、そこには大きく背の高いベビーカーを支えている外国人男性がいた。

ベビーカーは日本ではあまり見かけない作りをしていて全体が真っ黒だった。また席が真横に二つ並んでいて、そこに双子の赤ちゃんが周りの密度の高さとはまったく無縁といった具合に熟睡していた。

そのお父さんであろう男性は背が高く、2メートル近くあるのでとても目立った。ブロンドの髪は短く整っていて、黒いポロシャツにグレーのショートパンツを履いていた。身長の割に肩幅は狭かった。彼の後ろに奥さんらしき日本人女性が疲れた表所で壁に持たれている。

ちなみに、その時の私は階段を上るときに片足だけ上段に乗せている状態と言ったらいいだろうか、右足をドアの前にある溝にとられていてほとんど踏ん張りが効かない状態でなおかつ、キャリーバッグを左手で持っていた。バッグは安物でストッパーがついていなかったため、カーブがくる度に人から人に圧が伝わって私たちの壁際まで押し寄せてくる。それを左足と窓に押し付けられている右腕で支えなくてはいけない。

幸い、目的地までのカーブのタイミングはまだ体が覚えていたので何とか踏ん張って耐えた。
細かい話だが、郡山駅を出てから30秒から1分ぐらいで急に曲がるので注意がいるのだ。中学時代に行儀が悪かった私は、車内で食べていたシュークリームをその揺れで学ランにぶちまけたことがある。

しかし、目の前のお父さんはそんなことは知らないのでかなり揺れに翻弄されていた。磐越西線はそんなに急な揺れが多いわけではないが、高密度の車内は少しの揺れで踏ん張るのに体力を使う。

よく見るとお父さんは片足が私と同じように溝に入っていて頭と肩を窓に押し付けて踏ん張っている。
そして相変わらず、子供たちはそんなお父さんの頑張りのおかげで気持ちよさそうに眠っていた。

一方私たちは、次の駅に着いたら少しは少なくなるだろう、それまでの辛抱だと妻と自分に言い聞かせた。

隣の駅に止まると数名の人が降りて、やっと楽になれたと思ったその矢先、降りるよりも入る人の方が多かったため、車内はさらに密度を高めた。

その時、疲れた表情で目の前のお父さんが小さな低い声でこうつぶやいた。

「No more room(余裕がない)…」

思わず、「お疲れ様です!」と言いたくなるような光景だった。
貴方は本当によく頑張っているよ、この双子の赤ちゃんの安心しきった寝顔がそれを物語っている。

そんなことを思っていると新たな揺れで私とお父さんは対面した状態で窓に頭をこすりつけて踏ん張った。

人が入ったことでさらに密度が高まり右腕を使うスペースがない、そうなると肩と頭で踏ん張るのが一番効率的だった。

私が今よろめくと足に当たっているベビーカーが揺れてしまう。お父さんの努力も無駄になってしまう。あなた達の事、まったく知らないけどその瞬間だけは私が足を引っ張らないように頑張る、そう心に決めて窓に頭をこすりつけた。

しばらくたったころ、目的地の磐梯熱海駅に到着した。

窓に押し付けた頭と腕が少しひりひりしていたが、磐梯熱海駅に吹いてくる心地よい風とホームから見える新緑の美しさが私たちを癒してくれた。

今日は温泉につかってゆっくり休もう、と妻に話して宿に向かった。

宿に向かうまでの間、あの家族にとっていい旅になるといいなと思った。



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