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「軽石」「苦いお茶」「下駄の腰掛」が私の考える木山捷平ベスト3


『駄目も目である 木山捷平小説集』岡崎武志編、ちくま文庫、2024年10月10日
カバーデザイン=松本孝一、カバー装画=牧野伊三夫

駄目も目である 木山捷平小説集』読了。久々に木山節を堪能した。かつての一時期、木山捷平を熱心に読んでいたことがあって、本書に収められている短編もいくつかは「そうそう、これこれ、これだよ、これ」と激しく頷きながら当時の感動を思い起こさせてくれた。

編者岡崎武志によれば、つぎのような方針でこのアンソロジーは編まれた。

これ一冊で木山捷平の全体像を表すのはあきらめ、あくまで好みの作品を集めることに集中した。発表年で言うと、一九五五年から没年の六八年までになる。ここに私の好きな木山捷平がいる。

p378

木山作品は次の四つの時期に分けられるというのが岡崎説。本書はこの(三)を中心に選ばれた。

 一、故郷(現・岡山県笠岡市)での幼少期を含めた回想
 二、満州に渡り難民生活、敗戦から帰国までを叙述
 三、作家生活が軌道に乗り、分身たる「正介」ものほか代表作を書く
 四、晩年近く、一種の流行作家となり旅ものなど中間小説を多作

 このうち、「三」を中心に選ぶこととした。著者自身を写した分身が、単独で散歩、あるいは町を移動する。「散歩」と「東京」を裏テーマに据えた。そこから「正介」ものを中心に、「駄目も目である」ーーダメおやじ木山のエッセンスを見出す。
 まずは「軽石」「苦いお茶」「下駄の腰掛」が私の考える木山捷平ベスト3。どうしてもこれははずせない。まんじゅうならこれをアンコにし、外の皮でくるんでいった。

p378-379

そして、これらは何度でも繰り返し読める、いい温泉やいい音楽と同じだと言いつのり、「耳かき」や「釘」や「下駄」や「軽石」や「竹筒」などの平凡なものとるにたりないものが木山文学の世界ではその存在の上位を占め揺るぎない、とする。たしかに、平々凡々たる日常を(ただし令和の今日となっては想像もつかないほど変化した風景や風俗もあるが)こう上手く飽きさせずに読ませる作家はごく限られているだろう。見事なものである。

個人的には、木山捷平が馬橋(まばし)に住んでいたことに注目した。「下駄にふる雨」にはこうある。

 ついでだから書くが、その家のあった場所を、その頃は東京市外杉並町馬橋とよんでいた。もっと正確に言えば、東京府豊多摩郡杉並町馬橋というのであったが、そこんところに私たち夫婦は新婚以来はじめての住居を構えていたのである。

p86

また「太宰治」のなかに小林多喜二の死亡記事を見て小林が馬橋に住んでいたことを知るくだりがあった。多喜二も馬橋住人だったのだ。

 この朝刊記事を見た私は、多喜二の葬式に行って見ようと考えついた。それまで私は全然知らなかったが、多喜二は私と同じ馬橋の六十五番地違いに住居を持っていたことが新聞記事でわかったからである。多喜二は私よりも歳が一つ上だという年齢的な親近感によったのか、解剖を拒絶した医者への反感が手伝っていたのか、滅多にない葬式の様相をこの目で確かめておきたかったのか、うまく行けば線香の一本もあけたいものだと思って私は家を出た。

p214

岡崎氏がイチオシの日常小説もむろん良いが、久々に読んでみて、小生には「太宰治」がいちばん面白かった。太宰の風貌姿勢を余すところなく(と思えるくらい)うまく捉えてわれわれに見せてくれる。絶妙と言える。

例えば、太宰が西鶴を下敷きに書き始めたことについては、こんなきっかけがあった。昭和十八年の秋頃、井伏鱒二と太宰治が連れ立って木山の家にやって来た。木山と井伏が将棋を指している間、太宰は木山の本箱から本を取り出して読んでいた。

 いつしか夜があけて帰る段になって、
「君、この本をちょっと貸してくれね」
 と一冊の本をちらりと私に見せた。その本というのは、高校生のためにどこかの出版社が出した、西鶴の文章を抜粋した受験参考書みたいな本だった。私がきまぐれに古本屋から一冊五銭で買ってきておいた本だった。
「どうぞ」
 というのも気がひけるほど、とても一流文士に貸せるような本ではなかった。
 ところが太宰はそれから間もなく、『武家義理物語』の中から材を取った『裸川』を皮きりに、後に『新釈諸国噺』の一冊になった一連の作品を続々と書き出した。

p232-233

その冬にも太宰と井伏と木山はおでん屋で飲んでいた。そのとき太宰が小山書店から「新風土記叢書」の『津軽』を頼まれているが、どうやって書けばいいのか弱りきっていると弱音を吐いた。それを聞いた井伏がぽつりと言った。

……さて、どう言ったのかは本書を読まれよ。


ご参考までに馬橋住人についての過去ブログ

阿佐ヶ谷ビンボー物語
https://sumus.exblog.jp/19951356/

ある「詩人古本屋」伝 2
https://sumus.exblog.jp/15188074/

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