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俺の自転車だけ倒れてる

風の強い土地に住んでいます。
書き出しとしては「風の強い土地に住んでいる。」とした方が、なんかそれっぽいし有名ブロガーっぽいのだけど、やはり見ず知らずの人にタメ語では話せないんです。
正しくは常体と敬体ね。知ってるよ。
知ってるけどさ。
常体ってタメ語やん?
新聞とか全部タメ語で喋ってくるやん?
こっちが金出してんのによ。
まあ僕は20代なんでえらい記者のおじさんたちにタメ語使われるのも分かるんですけど。
うちのおばあちゃんなんて80年以上生きて、戦争も経験して、子ども育て上げて、働いて、稼いだお金で毎月新聞代払って、あげく、タメ語ですよ。

うん、で、風が強いところに住んでるんですよ。
だからよく帰ってくると自転車が倒れてるんですよね。
僕のだけ。
まあ確かに倒れやすい自転車を選んだ僕が悪いですし、もっと言えば倒れる自転車が悪くて僕は何にも悪くないです。
ここで大切なのは誰が悪いかではなくて、ぼくがどんな気持ちになるかです。
ここでも大切ですし、いつでも大切です。
ぼくの気持ちが。
マイフィーリングイズオールウェイズインポータント。
ドントシンク、ファイア。

人と比べる必要はない。
誰かが言いました。
でも自分だけ、自分の自転車だけ、辛い目にあってもそう言えますか?
みんなの自転車は強風の中でもしゃんと胸を張っている。
それなのに僕ら人間は。

しかも倒れてる自転車は車生活の僕にとって1年に数回しか乗らない存在なのです。
ほとんど使われない倒れた自転車。
それに自分を重ねるのは悲しすぎるでしょうか。

朝、僕が眠い中出勤している時も自転車はひとり倒れています。
昼、なんやかんや仕事している時も自転車はただ横たわるのみ。
夜、暖かい布団の中でサンクトペテルブルグの夢を見ている時も自転車は冷たい地面に頬をつけているのです。
サンクトペテルブルクの夢は見たことがありません。

倒れた自転車を起こしたことはほとんどありませんが、いつもいつの間にか立っています。
倒れやすい自転車と起こしてくれるどこかの優しい人、そして倒れた自転車を横目に家に入る僕。
ひとりひとり、違う種を持つ。
ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン。

おわり

東大出てても馬鹿は馬鹿