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豊島紀 ⑬おめでトヨピ

王将戦第3局金沢対局の「勝者記念撮影」はつまんなかったなあまったく。

カニのやっつけ具合もひどいが(やっつけてすらいない)(というよりもあれは勝者記念撮影じゃないのかも)、鏡のほうで「鏡の国のアリス」みたいなことをスポニチの人がつぶやいてたので(藤井王将の羽織の色がアリスの水色のドレスっぽかったから、らしい)、それなら藤井王将にアリスのコスプレをしていただくぐらいの気合いが欲しかった。ついでに羽生九段に時計を持ったウサギに扮していただき、となると主旨がちがってくるけど。初戦の「藤井王将うさ耳カチューシャコスプレ」が出たとき、「本来ならうさぎの着ぐるみに行くべきなのに、カチューシャでお茶を濁すとは。今回の勝者記念撮影はやる気がない。期待薄」と思ったら第二局の高槻で、羽生さん渾身の「タコヤキ屋」「バス運転手」が出て、一挙に評価値90パーセントまで引き戻した。タコヤキ屋もすごかったが、バス運転手の完成度には唸らされた。扮装だけでなく、路線バス運転手の「手慣れ感」「やさぐれ感」「ぶっきらぼう感」「でも案外親切感」、すべてを表現しきっていた。

ハニワ客の不気味さなども含めて、この扮装は素晴らしかった(羽生さんだからここまでの完成度になったのだとは思うが、藤井王将がやっても別の空間が創出されただろう)。これを企画できるのになぜ金沢ではあんなつまらないことになってしまったのか。等身大の鏡を何枚も用意してるので仕込みに手間はかかってるのに。金沢対局の記念撮影、まるで話題にならなかったが、そりゃ話題にならんよなあ。あれ見たって「王将戦でいろんなカッコさせるあの写真」だって気づかないですもん。投了級の緩手である。

しかし最後の最後まで諦めない、「千万人と雖も吾粘らむ」の豊島精神により次の立川対局の記念撮影について考えてみた。

立川といえば。今回対局をするのも立飛だから飛行機か。駅前のショッピングセンターにも飛行機が飾ってあるし。しかし飛行機だからといってパイロットの扮装でお茶を濁したりしてはいけない。最低でも、

ChiaPhotograph ~日々たんたん~ より

これぐらいはやってほしい。あるいは「立飛→タチヒ→タヒチ」でタヒチアンダンスとか。それぐらいのムリヤリがこういう撮影には欲しい。

知られざるタヒチアンダンスの物語 より

でも私は、「立川といえば、競輪!」と言いたい。立川競輪場といえば競輪グランプリの会場にもなる、日本一集客力のある競輪場! やっぱ立川は競輪ですよ! ってこないだ国立に住んでる人に言ったら立川に競輪場があることすら知らなかったが……でも立川は競輪の町なの! なので競輪コスプレを希望しておきたい。超文系仕事(体力も使うが)の棋士が、超肉体系仕事の競輪選手の扮装をするという、それぐらいの「ムリヤリ」を体現してくれてこその『王将戦勝者記念撮影』。競輪のユニフォームとヘルメットを装着してピストレーサー(競輪用の自転車です。ブレーキがついてない)の横で写真撮るだけでいい。ユニフォームは、SS級(競輪の、順位戦A級みたいなもの)の赤いレーサーパンツをはかせるというのは誰でも考えると思うけど(いないよ)、ここはあえての、

先頭誘導員コスプレ

でいかがでしょうか。こういうの。

藤井王将、羽生九段、どっちがやってもぜったい味が出まくる。羽生さんは「へんに似合う」だろうし、藤井王将は「似合わなくてヘン」だろうし衝撃度は高い。ご一考ください(くださるわけない)。


……………………。

と、2月1日はこんなことを書きながらA級順位戦8回戦を見たり聞いたりしていた。朝10時から豊島先生の対局があったからです。

2月1日は全A級棋士が一斉対局をする日で、順位戦も大詰め、「ここを勝てば名人挑戦権に一歩抜け出す」とか「ここを落とすとA級陥落」とかいろいろヒリヒリするような状況が出来する中で、「第81期順位戦A級8回戦佐藤康光九段ー豊島将之九段」戦は、両者とも「これに勝ったら」「これに負けたら」運命が決まる、というような対局ではなかった。佐藤(日本将棋連盟)会長はすでに降級が確定しているし、豊島先生は先日の藤井聡太戦で負けて3敗となり「挑戦者決定争いから一歩退く」形にになっていた(計算上は豊島が名人戦の挑戦者になる可能性は消えたわけではないが、いかにも厳しいにはちがいない)。

もちろんどんな対局だって、

この一局は絶対無二の一局なり されば心身を挙げて一指すべし この一指に今の自己を発揮すべし これを将棋する心といふ(大人気将棋マンガ『王手をねらえ!』より)(嘘)

なのであるが、「順位戦1敗でトップを走る藤井竜王と永瀬王座(3敗)との対局」や「広瀬章人八段ー斎藤慎太郎八段2敗対決」のほうが注目されるのもやむなし。

が。朝10時。豊島せんせいの対局が始まると「今、地球上で指されている将棋はこれだけ」「この将棋の決着が地球の今後を決める」みたいな気持ちになるものである。アタマおかしいのかと言われそうだが、そうなっちゃうんですよ! 棋士を好きになると! 地球の今後が決まるのを、ただガタガタ震えながら見守っているだけではあまりにも人間としてダメなので、王将戦の記念撮影案なんかを考えたのだった。いろいろな意味で間違っていると思う。しかし私は敢然と間違った人生を歩むのである。

夕方から、朝日新聞囲碁将棋TVのyoutube中継が始まった。このyoutubeの中継は、解説もつかず、評価値も出なかった(いつもは評価値が出るのに、この時は出なかった)。佐藤会長と豊島が盤面を中にして座り、駒音と、座り直したり立ち上がったり、飲み物をついだり飲んだりする音と秒読みの声だけの画面を、見ていた。私はまだ先を読む能力がない。指した一手の意味を考えることしかできない。朝日杯の、対菅井戦の時もそういうふうにして見ていて、「次は私ならそこに指す」と思ったところに豊島が指したりして「ええっいいのか!」と混乱したりしたが(いろいろな意味で失礼)、この佐藤会長戦は見ててもどこに指したらいいのかわからず豊島が指した一手の意味も理解できなくて、たとえば84手目の2四歩。見ながら「なぜここでこの歩を動かすのか」さっぱりわかりませんでした(たまにこうして棋譜を出すと、なんだか将棋がわかってるように見えるが)。

将棋連盟Liveより

あとから棋譜コメを見て「はあなるほど」と、わかったようなわからないような納得をしたが、この程度の人間がじいっと見てるわけですよ。評価値もわからぬままに。それでも何か見えるものはあるだろう、と思って、見る。

それで思うことだけど、対局を見れば見るほど、豊島将之がわからなくなっていくということ。理解できなくて困るというのではなくて(いや理解はできてないとは思うけど)、温泉にいって湯に浸かってみたら足がつかない、え、何これなんでこんな深いの? うそ背が立たないんだけど! やばい溺れる! みたいな驚きに毎回襲われ続ける(意味わかりますか)。

わかりやすいのは、見た目と、将棋の戦い方の乖離。

豊島将之ほど棋士としての佇まいが美しい人はいないと言われている。常に落ち着いている。物静か。どんな時も指先までぴしっと絹糸を張ったように神経が行き届いている。胡座をかく姿すら乱れがない。「対局中に魂を抜かれた時の写真」なんかを多くの棋士が撮られているが豊島にそういう瞬間はない。

そしてその美しさが崩れない。皆さん言ってますけど、朝10時からザブトンにずっと座りっぱなしで対局が終わるのが午前1時で感想戦終わるのが午前3時とか狂ったようなことやってんのに「げっそり」も「げんなり」も「どんより」もしない。まったく見た目にやつれがないのが豊島将之。将棋というものは肉体的にも精神的にもたいへん消耗をするもののようで、たとえそれが早指し戦の二時間決着であっても、終局後たいがいの棋士は顔色をドス黒くさせて「水気が失われる」か「脂がにじみ出す」かするし、着てるワイシャツやスーツもへろへろになって、髪の毛も逆立ったりしているのだが、豊島ひとり、午前3時でも「もぎたての果実」「糊付けしたてのハンカチ」みたいな風情を保つという脅威(藤井聡太もあまり乱れのない人だが、それでも対局終了後は「何回か洗濯をくぐったコットンTシャツ」程度にはくったりしている)。

そういう見た目の人だと、そういう将棋を指すような人だと思うじゃないですか。イメージとしては、キリッと先を見通して、勝つにしても負けるにしてもサッと美しく身を処す、みたいなさ。でも実際は、菅井さんが「豊島さんはファイター」だと言うように、「攻める人」なのだ。「針の穴がひとつでもあれば、それを潰す(orそこから突破口をひらく)ために一歩も退かない」という将棋をしている。「投げない」のもそう。インタビューで「理想の将棋は」ってきかれると、

「リードした後、守りに入るのではなく積極的に指していって、ある程度自玉が危険になっても攻めを緩めない、強い手を指していって最終的に勝ちまでつなげていく、という将棋が理想です」

【豊島将之名人】「負けて悔しい」ではなく、自然に将棋をやっている

この「攻めを緩めない」というのがほんと、豊島将棋。見た目は「延髄に針一本刺して殺す」っぽいイメージ(藤枝梅安か)なのに、足を払ったら次は脇腹に一太刀、次は頭をカチ割って、最後に心臓に出刃包丁を一突き、みたいな追い詰め方。負ける時も満身創痍で腕なんか皮一枚でぶらぶらになってるのに口に刀くわえてでも立ち向かうのはやめない、みたいな。これを「見苦しい」と見る向きもあるだろうが、たぶん誰かに何か言われたところで、気にしてないと思う(上記のインタビューの中では「本当は可能性がなくなったら、早く投げたほうが良いとは思うんですけど…」と言ってるが)、勝つためならなんでもするだろう。

この見た目と戦い方のギャップ。毎回新鮮に驚く。

この佐藤会長戦でも、あとで棋譜と評価値の表見たら徳俵に足をかけてこらえるみたいな状況になりつつ、こらえながらあたりをするどく見渡してきちっと地雷を仕掛け、反撃に転じたら確実にそれを炸裂させて追い詰めて勝った。それを終始一貫あの静かな佇まいで行う。終わった時にはドッと疲れがきたですよ。こっちは見てるだけですけど。でも目がぎんぎんに冴えて感想戦も最後までぎんぎんで聞けました。

もぎたてのフルーツ フレッシュで  なんてロマンティック♩


で、うちの夫に「勝った」ってメールをしたら返事にひと言、

おめでトヨピ


って書いてあって激しく気が抜けた。私は豊島さんをとよぴとは言わないし書かないでいたが、なんかそれ以降わが家では「おめでトヨピ」「ありがトヨピ」「心はいつもトヨ日和(ピヨリ)」などと言うようになった。豊島さんおめでトヨピ。カタカナなのがキモですね。

応援してくれてありがトヨピ


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