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創造力を捨ててはいけない。クリエイティブな仕事をする上で、いちばん大切な気概の話

しとしとと梅雨の小雨が降る2019年7月11日。朝日新聞東京本社 朝日浜離宮ホールで行われた第67回朝日広告賞の授賞式は、僕にとってとても価値あるものとなった。

一般公募の部の審査員を代表して登壇された、業界を代表するCMディレクター・中島信也さんのスピーチが最高すぎたからだ。

信也さんのユーモアたっぷりに聞き手を引き込む話術は有名で、彼に次いで広告主参加の部の審査員代表としてスピーチをしたコピーライター・国井美果さんの「頑張って、やっとのことで出場を果たしたウィンブルドンの1回戦でナダルに当たったような気持ち」とのコメントが言い当て妙で鮮やかだったのだが、更に輪をかけその日のスピーチは、ユーモアを超越した、その場にいるすべてのクリエイターの心に響く金言となった。

そこで、文章では伝わりきらない部分や、うろ覚えな部分など多々あると思うが、あまりに素晴らしかったその内容を、こうしてnoteに書き残しておこうと思う。

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壇上に上がった信也さんはこう切り出した。(イントネーションはコテコテの関西弁でお願いします。)

「本当はですね、審査講評に書いたようなことを少し話そうと、数日前までは思ってたんですが、3日前くらいに見た、ここ(朝日新聞本社)で言うのもアレなんですが、日経新聞の記事に、え〜〜〜、ホンマか〜〜〜〜!? と目を疑うようなニュースが載ってあって、度肝抜かれたんで、急遽切り替えて、ちょっとその話をしたいと思います。大切なことなので。」

朝日新聞で開口一番、他社の記事の話を始めた審査員代表の姿に、祝賀ムードだった場の空気がひっそりと揺らめくように変わっていくのを感じた。

「記事によるとですね、20代の7割が安倍政権を支持してるって書いてあったんですね。7割ですよ? え〜〜〜、ホンマか〜〜〜〜って。」

(*注:おそらくこの記事のことだと思われる。)

祝いごとの場で聞き慣れない政治的なニュアンスをはらんだその切り出しに、会場はいっそう張り詰めたような空気となった。

「何もね、政権をどうこう言う意図はないんですけどね、驚いたんは、ここにいる皆さんと同じくらいの若者の大多数が現状に満足してるという事実なんですよ。この課題や問題だらけの現状にです。」

声色に熱がこもり始める。

「年金ももらえるかどうかわからない。今ある課題を全部背負って立つことになる若い世代が、このまま現状維持でいいと感じてしまってる。ホンマかと。」

受賞した若手クリエイターのたくさんの視線をシャワーのように気持ちよく浴びながら言葉は続く。

「今日ここにはね、いろんな人がいると思うんですけどね。少なくともここにいるような人は、こうなったらアカンて、思うんです。」

「広告、クリエイティブ、アートディレクション、デザイン、コピー、いろんな仕事がありますけど、現状に満足してる人や無関心な人にそういう仕事は向いてません。いいモノは作れません。」

心にグッと力が入るのを感じた。

「なにも、怒りや憤りを原動力にしろとまでは言いません。言いませんが、未来をこうしてやりたい、社会をこんなふうに変えてやりたいという気概と意志がないと、本当にクリエイティブなことはできません。これを今日、伝えたかった。」

今、世の中で何が起きているか。学び、考え、自分なりの意志を持って仕事に変える。「クリエイティブ」という、アイデア性だけが独り歩きしそうな言葉の裏に隠れた本当に大切なエッセンスを、信也さんは僕たちに伝えてくれた。

信也さんは、2011年のインタビューの際も、このように語っている。

とくに広告という仕事は社会との関連性や影響力が強いわけですから。人間はどう生きていけば幸せなのか、世の中がどうなっていけばみんなが幸せになれるのか、といったことをいっしょに考えていきたいです。

2日後、毎年自分を”清める”場として足を運んでいる東京都写真美術館の世界報道写真展を訪れた。

そこに映し出されている、思わず目を背けたくなるこの世界の現状は、日本のマスメディアで報道されることはなく、自分にとっての快適空間にカスタマイズされたSNS上にふいに流れてくることもない。自分の日常の外側にあるフィクションと何ら変わらない。中東の自爆テロも、ミャンマーのロヒンギャも、アメリカ国境で捕まる中米移民も、アフリカの内戦も、芸人の闇営業と芸能事務所への忖度には敵わない。

そんな日本の現状とは逆に、世界情勢と記者たちの姿勢を辛辣に伝えた今年のカンヌライオンズ フィルム部門グランプリ作品「The Truth Is Worth It」がふと頭をよぎった。この世は不都合な真実だらけだ。

翌日、立て続けに話題の映画「新聞記者」を観た。

フィクションとノンフィクションを織り交ぜる半ば扇動的な構成はどうかと思う部分もあったが、今、この瞬間の日本に必要なエンターテイメント作品であることは間違いない。錯綜する情報と歪んだ世の中を眺める両目の曇りが取れる程度の涙は流れた。

日曜日には参議院選挙の投開票が行われる。

日本の路上に目を移せば、「皆さんは、自分たちが何かしたところで、どうせこの世の中は変わらないと思い込まされているんだ」という、ある候補者の涙まじりの叫びが、街頭演説に詰めかけた何百人もの人々の胸を打っている。その模様は、テレビではまるで無かったことかのように報道されていない。

投票に行こう。候補者の名を書くことは、一行のコピーを書くより遥かに重い。

僕たちは創造力を捨ててはいけない。


<このnoteを書いた人>
Daiki Kanayama(Twitter @Daiki_Kanayama
1988年生。大阪大学経済学部を卒業。在学中にインド・ムンバイ現地企業でのマーケティングを経験。ソフトバンクに新卒入社後、新事業部門に配属。電力事業や海外事業戦略など、様々な新規事業の企画、事業推進に従事。創業メンバーとしてロボット事業の立ち上げを経験後、専任となりマーケティング全般を担当。2017年からは事業会社を支える側に身を移し、ソニー新規事業のマーケティング業務を1年間常駐支援。その他、著名企業のCI戦略、SDGsプロジェクトの企画開発などに従事。現在はビジネスインベンションファーム・I&COの一員として、大手企業の新規事業、ブランディング、商品サービスの企画開発に携わる傍ら、個人としてスタートアップの支援も行なっている。

受賞・入賞歴に、Clio Awards、Young Cannes Lions / Spikes、Metro Ad Creative Award、朝日広告賞、グッドデザイン賞など。

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