見出し画像

茶色の箱からクルッポー

母の実家は酪農家だ。
広大な土地にたくさんの牛がモーモー鳴いている。たくさんの牛に挨拶をしながら車を走らせ、その先に母の家があった。

 
牛小屋とは別場所に鳩小屋がヒッソリとあった。かなりの数の鳩だ。
鳩はクルッポークルッポーと鳴いている。神社でお馴染みの鳩だ。平和の象徴の鳩だ。
初めて見た時は鳩は飼うものなのかと衝撃だった。

酪農家はうちの近くにもいるし、牧場が遠足の定番だった為、牛小屋は特に珍しくはなかったが
鳩小屋というのはなかなかない。母の実家でしか見たことがなかった。

 
のちにジブリ映画「天空の城ラピュタ」にハマった私は鳩に憧れた。
そういえば母の実家もパズーの家のように少し高い土地の上に立っていて、すぐ真横が民家ではなかった。
もしかして母の実家の人達は鳩使いなのだろうか?
空に鳩を放してトランペットであのメロディーを奏でるのだろうか。
エサを掌にのせると鳩がつついて、掌がくすぐったくて思わず笑っちゃうのだろうか。
もしかしてもしかして口笛を吹いたりしたら鳩が戻ってきたりするのだろうか。
私の中で妄想は膨らんでいく。

 
しかし、母の実家に遊びに行っても鳩は話題にならなかった。
なんせ酪農家だ。主役は牛だ。乳しぼりや絞りたての新鮮な牛乳がなんといってもウリだ。
牛ばかりが目立つ。鳩は鳩小屋の位置のごとくヒッソリしている。
母の実家に泊まることもあったが、朝早く従姉妹がトランペットを取り出して吹く姿は見たことがないし、あの音を聞いたこともない。
口笛等で鳩を手に呼び寄せるといった姿も見ない。

 
あの鳩は小屋から出ないのだろうか。
パズーのように外に鳩を出すことがむしろ珍しいのかもしれない。

鳩小屋は母の実家とラピュタでしか見たことがなかった為、私の鳩知識は偏っていた。

 
 
私が6~7歳ぐらいの時だったと思う。

母の実家に泊まりに行った帰りにとある試みをした。
鳩を我が家に連れて帰り、逃がし、母の実家まで帰れるかどうかという
帰巣本能を見る試みだった。

小さい頃なので、それを誰が言い出したかは覚えていない。

姉や従姉妹の子どもの誰かが不意に口にしたのか、母の実家側か両親の誰かが企画したのか、覚えていないだけで実は私が言い出したかは定かではない。
おそらく、おじさんか母方のおじいちゃんが企画・実行者だったと思う。

 
その試みも何故行われたかは不明である。
純粋にうちの鳩はどのくらい帰れるのかという興味本位なのか、伝書鳩のような役割ができるか試してみたのか、実は鳩レースに出していてその一環だったのか、そこあたりは不明である。

 
 
とにかくその帰りの日にお泊まりリュックや荷物、渡されたお土産を車に詰め込んだ後、最後に渡されたのが茶色の箱だった。
確か茶色の正方形の箱で、段ボールか木箱かは記憶が定かではないが、そこに鳩が入っていた。
私は数十羽だったような気がするが、記憶違いで十羽程かもしれない。
母の実家にいた鳩全てを預かったわけではなく、ほんの一部の鳩が車に乗り込んだことは間違いない。

 
 
母の実家に別れを告げ、家に帰ることになった。
家族with鳩の車は安全運転で我が家を目指す。
走行時に運転席の後ろに私は座り、その後ろからはクルッポーと聞こえる。鳩の気配を感じる。

鳩がいるのだ。この車に、今確かに鳩がいるのだ。

その普段ではありえない状況に私はドキドキしていた。ワクワクもしていた。
走行中、私は後ろばかり見た。休憩時も鳩の様子が気になって見た。クルッポーは止まらない。どうやら鳩は元気そうだ。

 
 
家に着いた。
あの日はよく晴れていた。

長距離移動から解放され、荷物を下ろさずにまずは一人車から降りて大きく背伸びをして息を吸い込んだ。

あ~無事帰ってきた。お母さんの実家もいいけど、やっぱり我が家はいいな。

帰るたびにそう思わずにはいられない。
さて、いつもなら帰ってきたら荷物を家に運んで祖父母に元気よく「ただいま。」と言うところだが、一刻も早く鳩を解放してあげなければ。

 
車を車庫に入れずに庭に停めたまま、荷物を車に乗せたまま、車の後ろから茶色の箱を外に出した。
クルッポーは止まらない。鳩も元気にここまで来たのだ。長旅ご苦労様と言いたいが、鳩の旅はここからまだ続くのだ。
私達家族が見守る中、両親で茶色の箱を開けた。

先程まで大人しく箱の中でクルッポーしていた鳩は一羽も躊躇することなく
一斉に空へと飛び立った。
その光景はとてもキレイで見事だった。

ここではないどこかを目指して、彼等は勢いよく飛び立っていき、すぐに見えなくなった。

 
 
母の実家と我が家は県が違い、更に軽く100km以上離れているが
空へと放たれた鳩は1/3が実家へと帰ったらしい。それが一般的に多いか少ないかは分からないが、私達家族からしたらそれは奇跡的な数、素晴らしい成功率だった。

帰巣本能とはすごいものだ。

箱の中にいて外の景色も見えない中、初めての場所から家に帰れるなんて鳩は非常に賢い。
私なんて何度も行ったことがあったって、母の実家まで道を間違えずに行ける自信が全くない。
いや、それどころかいきなり連れ出された後、一人で何も恐れずにどこかを目指して行けるだろうか。

あの日私は鳩の逞しさを確かに見たのだ。

 
今年、地元の神社で桜に舞うたくさんの鳩を見た。
その鳩の中にはもしかしたらあの日帰りそこねた2/3の鳩の血を引くものも混じっているのかもしれない。

ずっと同じ場所にいることは難しい。
旅立ちの時は自分が選ぼうと選ぶまいといつかやってくる。
私もあの日の鳩のようにいつか力強く飛べるだろうか。人生の次のステージへと向かって。

この記事が参加している募集

我が家のペット自慢

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?