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ブルーウィーク・フライオフ

blue(形)
 1.青い
 2.青ざめた
 3.憂鬱な、陰気な 
* https://eow.alc.co.jp/search?q=blue より一部内容を抜粋

 今回のゴールデンウィークは主要都市において緊急事態宣言が発令されたこともあり、できる限りあまり外出せずのんびりと日々を過ごしていた。毎年この季節になるといつも海外に行っていたことを考えると、口惜しい限りである。

 ただ、ずっとひたすら家にいると精神衛生上よくないとどこかの偉い学者さんが言っていたので、例の如く人波を避けてゴールデンウィーク最終日の2日間野外宿泊へ行くことにした。

 今回選んだのは、郊外にある海岸近くの野外宿泊場。周囲を緑が囲み、だだっ広い原っぱで決められた区画にテントを立てるスタイルである。

 午前中に最寄駅で友人たちをピックアップして、そのままの流れで目的地をひたすら目指す。3人目の友人を迎えにいくまではすこぶる順調だった。

 最初に立てたタイムスケジュールに沿って、恐ろしいほど順調に野外宿泊場への航海、ならぬ運転をしていた。そう、あれは今思うと嵐の前の何かの予兆だった気がする。私自身全てが完璧に進みすぎていて、若干恐怖すら感じていた。

*

 3人目の友人についても、時間通りにピックアップできる予定だった。途中通行止め(何かの行事が行われていたようだ)になっており多少の迂回を必要としたものの、そんな瑣末なアクシデントは織り込み済みである。

 が、駅に差し掛かった段階で妙な胸騒ぎを覚える。とりあえず友人がロータリーにすでに来ていたので、その場所まで行こうと車を進める。まるで、何かに誘われるかのように。それはまさに口を開いたブラックホール。

 バスやタクシーの後を追って、そのまますいっと右折。すると我々の航海を阻む者がいる。

 多少なりとも航海の途中では前を隔てる人間がいるものだ。ワンピースでも退屈なシーンを打ち消すかのように、別の船に乗ったキャプテンたちが現れるよな。なぜか駅で待ち合わせした友人は「あちゃー」という顔をしている。何だというのだ。

「はーい、こんにちは。」ゆったりと、それでいてニコニコしながら駆け寄ってくる1人の男性。

「どうも、こんにちは。」この時は単なる順回路を示してくれると思っている私。不思議と警戒感は全くない。

「実はですね、こちら侵入禁止になってるんですよ。あれ、入ってくるときに見えなかったかな?一応入り口と道路にも侵入禁止の表示があったんだけど。はーい、とりあえず私の後に従ってこちらへ来てくださいねー。」

(な、なんと…!)

 ゆっくりこちらへ帆を進めてきた男性の正体は、なんと「彼ら」だった。恐ろしき法の番人。待ち合わせしていた友人もそうだが、”正規の”一般乗降場所に待機している車の中に乗っている人の目を見ると「あーあ…」という顔をしている。奇しくも我々は、「彼ら」が網を張って待機していた巣にまんまと引っ掛かってしまった。

(オー、マンマミーア…)

 何故だかその場に場違いと思われる、ABBAの『マンマミーア』が車のカーステレオの中から流れてくる。後悔先に立たずとはこんな時使うのか!

I’ve been cheated by you since I don’t know when
So I made up my mind, it must come to an end
Look at me now, will I ever learn?
(いつからか、あなたに騙されていたのね
 だから決めたわ、終わりにしましょう
 私を見て、私ってバカよね?)

 そのまま「彼ら」の本陣へと誘われた我々はあれよあれよという間に運転免許証を見せることになり、その流れで罰則金の請求書を手渡される。「せっかくの旅行気分に水さして申し訳ないですねー。申し訳ないのですが、期日までにこちらの金額を支払ってくださいね。」警察官はどこか申し訳ない態度をしながらも、一方で喜色満面の顔を浮かべる。

(や、やられた…)

 これまで運が良かっただけなのか、幸いにも十数年無事故・無違反で通してきた私のゴールド(金色というよりは錫色?)免許証は、次回の更新時にブルーに変わることがこの時点で確定したのである。

「まんまとやられたな。何とかジェスチャー送ったけど、一歩遅かったようですまん。ちなみに駅に到着した時からみてたけど、その前に3台くらい捕まってたな。」

 ついうっかり忘れていたが、なるほど世はゴールデンウィーク。この時期になると「彼ら」はここぞとばかりに体制を増強し、組織における得点稼ぎにせっせせっせと汗水垂らしているという。

 棘のある表現になってしまったかもしれないが、ご容赦いただきたい。元を辿れば私の不注意が引き起こしたものである。だいたい一事が万事そうで、一旦自分は大丈夫だろうという過信が思わぬトラブルを引き起こす典型である。7枚の野口さんと引き換えに、私は初心を思い出した次第。

 ゴールデンウィークが、憂鬱なブルーウィークとなった瞬間だ。

(オー、マンマミーア…)

*

 とはいえ、いつまでの憂鬱な気分でいるわけにもいかない。急いで私は帆を開き直し、進路方向に向かって面舵いっぱいに切り替えて船を進める。中間地点の生鮮品売り場で補給活動を行い、そこからさらに小一時間程度突き進んでいく。

 私の気持ちとは裏腹に、頭上を眺めると雲ひとつない澄み切った青空が広がっている。同じ"blue"であるにも関わらず、雲泥の差である。文字通り、私の心は泥に塗れてドロドロの状態だ。

 現地に到着すると、急いでテントを組み立てる。先程の憂鬱な気持ちを吹き飛ばすかのように、いそいそと乾杯をして美味しい食事に舌鼓を打つ。少しずつ、雪解けの氷のごとく冷え切った私の心も溶けていった。

 少しほろ酔いになった状態で、我々は海の境界線を目指す。野外宿泊場から徒歩5分程度の場所にある海岸線。草原を抜けた後、突如聞こえてきた海の音に高まるテンションはマックスである。

*

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 砂浜を駆け上がると、そこに広がるのはどこに地平線があるかもわからないただただ広い海。その瞬間、長い航海を終えてようやく安寧の地に辿り着いた船員の気分になった。何もない海からは、「ザァザァ」とこの世に生を受ける前に聴いた音と同じ音が聞こえてくる。

 頭上高くには、優雅に飛び回る海鳥たちの姿。貝殻を拾ってはしゃぐ子供達。砂浜に書かれた文字は、やがて波によってさらわれて消えていく。自分の中に積み重なったモヤモヤとした気持ちも、同じように海を見ることによって次第に落ち着きを取り戻していく。広くて大きい海を見ると、何か自然の懐に飛び込んだ気分になってくる。

 ブルーによって足元を掬われた私の心は、雄大で懐の広い海の姿と空の深い青さによって救われたのだ。

*

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 最後に、次の日の朝食べたモーニングトースト。chumsのイラストがプリントされて、朝からついつい頬が緩んでしまう。chumsのキャラクターってずっとペンギンだと思っていたけれど、どうやらブービーバードというカツオドリを表現しているらしい。海に潜ることもできるし、空を飛ぶこともできる鳥。

 2日間を過ごして、私はカツオドリの如く自由になった。自分自身の気持ちの持ちようで、"blue"な景色は姿を変える。空から照らす日差しはどこか暖かく、それでいてとても心地よかった。

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