見出し画像

アバンギャル・ドバイ

 ドバイにいた友人Aが、アバンギャルドな感じになって帰ってきた。

 半年ほど前、その友人A氏は奥さんと一緒にドバイへ突然行くと言い出し、戸惑いながらも私は友人たちと一緒にサヨナラパーチィを行って、涙を堪えて彼らを送り出した。いい感じに酔っ払いの友人Bが「ドバイへグッバイ」なんてよくわからない韻を踏み、同じく良い感じに酒の入った私たちは、そんなくだらない言葉にもケラケラ笑っていた。

 A氏は、てっきりそのままドバイに永住するのかと思っていたら、つい数週間前に突然「帰ります。ドバイ、グッバイ」というメッセージを送ってきて(全然面白くない)、気が付けば私の家でウェルカムパーチィを開く流れとなっていた。どういうことや。あなたがさよならしてどうするのよ。

 そして、久方ぶりに現れた彼とその奥さんは、以前私の部屋でサヨナラパーチィをやった時から時空を飛び越えてきたのかと思うような、まったく面影変わらない様子で再び登場したのである。唯一変ったかなぁと思ったのは、彼の髪型とファッションで、髪はメッシュが入っており、服装は誰に敵意を向けているのかわからないようなとげとげした服を着ていた。

「え、どしたの、それ」

「え、どういう意味?」

 家の外ではミーンミーンと蝉が鳴いていて煩わしい。

「や、服装が痛々しいなと思って」

「大丈夫だよ、見た目ほど尖ってないし、柔らかい素材なんだよね」

 微妙にちぐはぐな会話だと思いながらも、私は「そっか」と神妙にうなずいた。私が心理学者だったなら、彼の心理状態にさぞかし気を揉んだことだろう。だいたい友人Aとのパーチィには、私と彼との共通友人B(前出)が企画をする。その友人Bも、普段はあまり動揺することのない人なのだが、どう接したらよいものかどうか戸惑っているようだった。(あれ、ドバイへグッバイって、アッシは言ったような気がするんだけど……)

 まあそれはさておき、ドバイはどうだった!?と、推しの子のアイばりに目をきらびやかせて聞いたのだが、「いやぁ飯がまずくてね……」というコメントを発したまま、だんまりしてしまった。どうも、あまり外に出ることもなく部屋に閉じこもったきりだったらしい。へ、へぇー飯まずいんだ。でもドバイといえばもっとこう、高層ビルが立っててさ、噴水も高く上がるってイメージあるんだけど。聞くと、彼らはまともにドバイを観光していないようだった。まあ、とりあえず暑い記憶しか無い!と言って、その場はそのままスゥーと空気が流れてしまった。

 はぅーもったいない。私だったら、もう一生後悔のないように街中走り回って写真を撮りまくったるのに。どうやら、日本は日本でものすごい暑さだが、同じくらいドバイも暑かったらしい。彼によると、暑さを飛び越えて痛かったそうだ。

 終いには、パーチィ用に用意した寿司(所詮スーパーで見かけてとりあえず調達したもの)をポイポーイと自分の口の中に放り投げていくAを見てその場で妙な違和感を感じていた。ブラックホールの中に消えるように、次々と消えていく。

「あれ、寿司好きだったっけ……?」

「それがさ、向こうで刺身を食べようとするとさ、めっちゃ干からびてるし、衛生的に良くないんだよね」

 そこで初めて私は昔行った、回っていないお寿司屋さん(最近の回転寿司は、そもそも衛生面考慮して回っていない)を思い出して、きちんと大将が艶を出すために刺身を握っていたのは意味があったんだなぁと思い出してちょっぴり愕然とした。だってハケでわざわざ刺身をサラサラとなでるって意味深じゃないですか? なるほど、住んでみないとわからないことはたくさんある。理想と現実の間にはきっちりと狭間があるのである。

 その日、彼らは自分たちの実家にそれぞれ帰って行ったのだが、どうやら帰ったら帰ったで一悶着あったらしい。後日譚として、彼らか毎日ホテル暮らしで、時折私の家に半ば居候をするということを重ねて、ドバイはいろいろ大変そうどすなぁということをちょっと呑気に思ってしまった。まあ、住む場所を変えようとすると、それなりにリスクは確かにあるよね、と思いながら。

「ハローグッバイ」

 ジャケットを肩にかけ、A氏は玄関で私に向かって軽く手をあげた。心なしか爽やかな風が頬をすり抜けた気がした。フーテンの寅さんが今のこの世の中に登場したらこんな感じなんだろうなぁ。

 小さくため息をついて、まあ仕方ないか……と思って彼を家の中へと招き入れる。これが鶴だったら、さぞかし大きな恩恵を受けるのだろうけど、実際にそんなことはないのである(実際は毎朝セブンの朝ごはんを買ってきてくれた)。私の家が多少ゆとりあるため、彼は奥さんと一緒に眠りについた。なんとなく、誰かが家にいるという生活も久しぶりだったのでまあ悪くないかなぁと思ってしまった。

 で、1週間くらい経ってもその場所に止まっていて、割と仕事をしているとチラチラ気がいってしまうのである。そんなこんなでほぼ毎日彼らと顔を付き合わし、これももしや擬似家族みたいな感じかなぁと思いながら一緒の時間を過ごした。

 最初、私は安請け負しながらも誰かがそばにいる人生って、結構しんどいんじゃないかなぁと思っていたけれど、それが当たり前になってみると割と悪くないではないかと思った次第である。

 とまぁ、友人Aのことはまた別の機会に詳細をまた触れるとして、誰かと一緒に過ごす日々の時間を噛み締めた今日この頃。(その後、彼に貸したものが、なぜか彼の友人に勝手にあげてしまったことが発覚してちょっと険悪な雰囲気になりましたが、まあいっかーと最近は思いつつあります)

いいなと思ったら応援しよう!

だいふくだるま
末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。