言葉が手からこぼれ落ちそう

自分の感情さえままならないのに、人の感情を動かすことなんてできるのだろうかなんてことを思ってしまう。揺れ動く蜃気楼のように、それはとても朧気でとてもとらえることが難しい。相手に伝えたいと思っている感情の塊と、相手に伝わる温度感が微妙に違うことに違和感を持ち続けながらもその修正方法が分からない。

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密かにじぶんのなかでステキだな、と思った言葉は何か白紙のページに書き殴ってどうにかこうにかじぶんの血と肉の糧にしたいと考えている。映画でも小説でも、そして人から受けた言葉でも言葉の波は寄せて返すかのごとく、じぶんの中でずっと浮浪している。

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昔留学をしていたときに、なんて日本語って英語なんかに比べると難しい言葉なんだろう、と感じたことを今でも覚えている。日本語を使うと友人や家族との距離とのはかり方が全く分からなくて、じぶんの思いをきちんと伝えられないのだったら黙っていた方がましだ、とわたしは自らの口をつぐんだ。すると勝手に周りはわたしが何も発していなくても勝手にこの人は消極的な人なんだな、と判断してある人は興味本位に近づいてきてくれる人もいたし、逆にまるで空気かのように見て見ぬ振りをした人もいた。

一方でわたしが学生の頃、1年ほど留学をした。そのときは折角行くのだから英語を日常語と同じくらいに上達させると決意し、外の世界に飛び出した。その努力もあって半年くらいたった頃には、それなりに現地の言葉を話せるようになって言葉も通じるようになって、英語がそれなりに上達した。

その頃から、日本では味わうことのできない大胆さ、というものも次第に感じるようになった。言葉の表現の大胆さ。英語はそれなりに同義語は存在するが、日本語ほどではない。だから、と言う訳でもないだろうが、相手に対して言葉をダイレクトに表現するには長けていることに気付いた。

たとえば、日本人だとあまり交わすことのない「愛している」という言葉も、「I LOVE YOU」という言葉にしてしまうことで、あら不思議。相手にその思いを伝えることが何ともたやすくなってしまう。男女の関係に限らず、相手に感謝をからだ一杯使って表現をする。

わたしは言葉を伝えるということに対して次第に大胆になり、見ず知らずの人にも誰彼構わず話しかけることができるようになっていた。昔はあんなにも知らない人に対して話しかけることを躊躇していたのに。じぶんが伝えたいことを伝えられずにもがき苦しんでいたのに。新しいじぶんと言うものを発見したような気分だった。

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そんなふうにしてこれまで自分がかぶっていた表現の殻はすっかり破り捨てられて、どこか外交的になったじぶんが頭をもたげていた。その頃からじぶんは新しく生まれ変わったような奇妙な感覚がわたしの周りを取り巻いていた。

そして1年たった後、日本に帰国した。しばらくこれまでの知り合いや友人と言葉を交わしていくと、不思議なことに再びかつてのどちらかというと内省的なじぶんに戻ってしまっていると言うことに途中で気付いた。魔法は解けてしまったのだ。

かつての頃と同じように、海外であれほど口にすることをためらわなかった「I LOVE YOU」という言葉も、日本語で改めて「愛している」と口にしようとするとまるで石になってしまったかのように固まってしまったのだ。ああ、これがそれぞれの国の言葉が持つ言葉の魔力なのか、ということを改めて思い知った。頭をがつんと殴られたかのようにゆらゆら揺れた。

今なら分かるが、日本語は一つの言葉に対して限りなく無数の表現の仕方がある。英語のように一つの言葉がいくつもの意味を持つ言語スタイルと違ってその思いがダイレクトに伝わってしまう。それが日本語を発するときにわたしが躊躇してしまう原因の一つかもしれない。

ひとつひとつの言葉の意味が重い。軽薄的に使おうものなら、周りの人からの誤解を招く恐れがある。じぶんの感情が、正確に伝えられないことがもどかしい。そして、確実に日本では日本人同士にしか分からない空気の壁がある。最近テレワークで仕事をするようになって、久しぶりに出社したときに同僚の人たちと言葉を交わすと微妙な空気の質の変化にたじろいでしまう。

正直、窮屈だし畏怖さえ感じる。一方で,綺麗な言葉で正しくじぶんの思いを伝えられる人に憧れも感じてしまう。そんな二律背反の思いが被さってくる。

日本語は知ろうとすればするほど、迷宮入り。
『男はつらいよ』シリーズの、第24作目となる『男はつらいよ 寅次郎春の夢』に出てきた寅さんの言葉が、何となく胸に残る。

日本の男はそんなこと言わないよ。
何も言わない。目で言うよ。
「おまえのことを愛してるよ」
すると目で答えるな。「悪いけど、わたしあんたのこと嫌い」
するとこっちも目で答えるな。
「わかりました、いつまでもお幸せに…」
そのままくるっと背を向けて黙って去るな。
それが日本の男のやり方よ。

わたしもいつか、目で思いを伝えられる人になれるだろうか。

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