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クリスの物語Ⅳ #81 決心

 ハスールの申し出は、アルタシアにとってまさに使命を後押しするものだった。
 やはり、自分が思っていたようにセテオス中央部にも闇の勢力のスパイがいるのだ。そのスパイをあぶり出し、地球上から闇の勢力を一掃するためにも、わたしが闇の勢力へと潜り込む必要がある。

 しかし、すぐに返事はできなかった。バラモスと、これから生まれてくる子供の存在があったからだ。
 任務を受けるにあたって、アルタシアとしての情報は任務完了まで抹消されるということだった。それにより、アルタシアという存在はこの世になかったものとされる。

 場合によって強い念を持つ人間の記憶に残ることも稀にあるが、実体のない、いわば夢の中に現れただけの存在というような記憶でしかなくなるという。
 もし、自分に子供が生まれて、自分の存在が忘れられるなんて耐えられるだろうか?バラモスからも忘れられるなんて・・・。

 返事は急がないと、ハスールはいった。生まれてくる子供のこともあるだろうから、じっくり考えてくれ、と。
 しかし、この任務については一切他言しないようにと念を押された。そしていつでも連絡が取れるようにと、ダイヤの指輪は与えられた。
 指輪はアルタシアにしか反応しないから、他の誰かに触れられてもばれる心配はないということだ。

 アラミスが去ってから、アルタシアはひとり考えた。
 闇に蝕まれ、イビージャは地底都市を追放されてしまった。同じような犠牲者が、今後地底都市からもたくさん出ることになるだろう。もしかしたら、バラモスも生まれてくる子供も、その被害に遭うかもしれない。

 いつか誰かがやらなければ、闇の勢力により地球が消滅させられ、大勢の犠牲を出すことになるだろう。
 そしてそれは今、わたしに与えられた役目なのだ。これは、わたしに与えられた使命なのだ。
 ここでやらなければ、きっと後悔するだろう。二の足を踏んでいるのは、わたしの存在が愛する人たちから忘れられてしまうことに対する、わたし自身のエゴだ。

 生まれてくる子供のためにも、愛する家族のためにも地球の将来のためにも、今わたしが立ち上がらなければいけない。
 アルタシアは、いても立ってもいられなくなった。
 家を飛び出し、バラモスのもとへと向かった。

 突然やってきたアルタシアに、バラモスは驚きながらもとても喜んだ。
 愛に溢れたその笑顔を見て、アルタシアは決心が揺らいでしまいそうになった。この人からわたしの存在が忘れられるなんて、耐えられない。

 突然やってきていきなり泣き出したアルタシアを見て、バラモスは戸惑った。抱きしめて、一体何があったのかと問い詰めた。
 しかし、アルタシアは何もいわずに泣くばかりだった。

 ひとしきりバラモスの胸の中で泣くと、アルタシアは顔を上げてバラモスに聞いた。
『子供の名前は、もう決めてるの?』
 バラモスは、優しく微笑んだ。
『ああ。もう決めている』
『なんていう名前?』
『ファロスだ』
『ファロス・・・。素敵な名前』
 そういってから、アルタシアはクスッと笑った。
『でも、女の子だったらどうするの?』
『いや、絶対に男の子だ』
 バラモスは、自信を持っていいきった。
『そう。それなら、男の子で間違いないわね』
 アルタシアは微笑んだ。そして、柔らかな光を宿したバラモスの瞳をじっと見つめ返した。どうかわたしのことを忘れないでと、願いながら。



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