クリスの物語(改)Ⅳ 第54話 憎悪と遺恨
その後、アメリアはルキウスからすべてを聞いた。
イビージャから聞いていた話は、全部イビージャの作り話だったこと。それにアメリアのことについても、イビージャはルキウスに対して嘘をついていたことなど全部。
最初、ルキウスがイビージャと別れて、わたしに乗り換えるために適当な嘘をついているのではないかとアメリアは勘ぐった。
しかし、そうではないことはルキウスの心から読み取れた。
純粋で誠実なルキウスは、心の中を読み取られないよう防御する術を持ち合わせていなかった。
ルキウスが話すことは、真実だ。
そして、自分への思いも嘘偽りのない純粋な愛だと、アメリアは分かっていた。
でも、なぜイビージャはそんなことをしようとしたのか?
そんな嘘をついてでも、イビージャはルキウスを手放したくなかったのではないだろうか?
それほどまでに、ルキウスのことを愛していたのではないだろうか?
それを思うと、アメリアはルキウスの気持ちを素直に受けるわけにはいかなかった。
しかし、そんな思いとは裏腹に、ルキウスに急速に惹かれていく自分がいた。中央部の仕事も辞めて、一緒にここでルキウスと暮らすのもいいのではないかとさえ思った。
ルキウスが父親の工房で働くことになったのは、まったくの偶然だった。
父親も仕事が忙しくなり、工房での働き手がほしいと思っていた。ちょうどその頃、地表から迷い込んできた若者が仕事を探しているという話を人伝に聞いた。
そして実際にその若者と会ってみたところ、とても誠実で真面目な人柄だったので父親もすぐに雇うことにした。
それがルキウスだった。
ルキウスは飲み込みもよく手先も器用だったので、仕事にもすぐに慣れた。
そんなルキウスのことを父親も大変気に入って、家にもよく呼ぶようになった。
ルキウスは、まさかそこがアメリアの実家だとは夢にも思わなかった。しかし、アメリアの両親から中央部で働く娘の話を延々と聞かされている内に、もしかしたらという思いが芽生えた。
そして実際に写真を見せられて驚愕した。
『君のことを忘れようとしてセテオスを去ったのに、まさかこんな偶然があるなんて信じられなかった。そのとき僕は、心から運命を感じたよ』
優しく微笑むルキウスを見て、アメリアは自分の気持ちに抗うことができなかった。
そしてアメリアは、ルキウスにすべてを委ねた。
セテオスに戻り、アメリアは真っ先にイビージャのもとへ出向いた。ルキウスのことを正直に伝えるためだ。
ルキウスによれば、イビージャの気持ちはすでにルキウスにないとのことだった。その証拠に、ルキウスがイビージャの部屋に滞在していた間も、他の男とよくデートをしていたと話した。
しかし、イビージャの場合、それでルキウスに対する気持ちがなくなった証拠にはならないだろうとアメリアは思った。
他の男とデートすることと、愛する男を思う気持ちはイビージャの場合別の物なのだ。
しかし、アメリアはルキウスの言葉を信じることにした。自分のした行為によって、イビージャを傷つけたくなかった。
イビージャは自宅にいた。玄関に上がると、リビングのクテンサに座る長身の男が目に入った。
見覚えのある人だった。たしか、イビージャと同じ監視局の人間じゃなかったか。
それはともかく、イビージャが男といることでアメリアの気持ちにも少し余裕が生まれた。
『どうしたの?』
玄関に立ったまま、イビージャが聞いた。
『うん。ごめんね、突然。イビージャには正直に伝えておこうと思って』
それからアメリアは、ルキウスとの成り行きを包み隠さず全部話した。
イビージャは腕組みをしたまま、壁に寄りかかってアメリアの話をただ黙って聞いていた。
『それで?』
アメリアが話し終えると、顔色ひとつ変えずにイビージャが言った。
『え?』
思わず、アメリアは聞き返した。
予想していた反応と違って、イビージャの態度があまりにも冷めていたからだ。
『なんでわざわざそんなこと言いに来たの?』
『えっと、イビージャにはやっぱり知らせておかないと、と思ったから』
『そう。それだけ?』
『あ、うん』
『それならもう帰ってくれる?ちょっと今忙しいから』
『あ、ごめんね。それじゃあ、またね』
引き返そうとすると、イビージャが呼び止めた。
『良かったじゃない。あなた男性とおつき合いするの初めてだったわよね?』
『うん・・・まあそうだね』
『最初の相手としては、ちょうどいいんじゃない?あのくらい一途な感じの男が。ちょっと遊んであげたけど、初心すぎてやっぱりわたしには無理だったわ。でも、あなたならお似合いよ』
完全な負け惜しみだった。何か言ってやらないと気が済まなかった。アメリアを帰した後、イビージャはその場にいた男に八つ当たりした。
悔しかった。すべてにおいてわたしの方が優れているのに、なぜアメリアばかりが思い通りにいって幸せになっていくのか。
父親の工房にルキウスが偶然勤めていた?
そんなことあるわけがない。そんな見え透いた嘘を信じるとでも思ったか。
わたしの知らぬ間に、二人は逢瀬を重ねていたに違いない。そして、父親に頼み込んで工房で働かせてもらうことにしたのだ。
今回、ルキウスと一緒だから実家には帰省できないとアメリアの誘いを断ったことも、わたしが見栄を張った嘘だと二人でこそこそ笑っていたに違いない。
悔しい。許せない。わたしを笑い者にして、幸せになろうとする二人とも許せない。何とかして二人を不幸に陥れなければ・・・。
イビージャは、これまで感じたことのない憎悪と遺恨の念を抱いていた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!