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鳳明館セルフ文豪缶詰プランの話

文京区にある旅館、鳳明館で文豪缶詰プランが発売された。缶詰になれば感染症の心配もないし、原稿がある人は筆が進むし一石二鳥だよねという旅行プラン。いいな、と思った。
小説や原稿の締め切りがある訳でもない。物は書くが焦る必要も缶詰になる理由もない人間だが、旅館の雰囲気の良さとなんか書きたいという気持ちで興味を持った。
残念なことに文豪缶詰プランは日程が決まっており、定められた日の都合が付かないことが販売前から分かっていた。
次回があるのならば、参加したい。だがしかし缶詰になるだけならプランの利用は必要ないのでは?との思いが浮かぶ。

聞けば、昨今のコロナ騒ぎでキャンセルが相次いだため企画をしたとのこと。そのプランに人が集まることはとても良いことだけど、別日にお客さんが集まるのも大事だ。缶詰プランは完売すると思った。事実、発売されて5時間で予定数に達したらしい。

人が多いのが苦手な私だ。空いているならそちらの方がいい。
自分の都合のいい日に、勝手に泊まって、勝手に缶詰になろう。

以上が今回の奇行の発端だ。

まず、宿を予約する。生憎、連休のない仕事なので泊まるにしても仕事帰りに飛び込む形の宿泊になる。職場から最短で行けるルートを探し、チェックイン時間を決める。ここら辺は普通の旅行と変わらない。
予約が確定したところで、ツイッターにて報告する。

「旅館に缶詰になるので、フォロワー全員私の担当編集になってください」

気が狂ったかと言わないのが、私のフォロワーの素敵なところ。ヤバイものには触れずにおこうという賢明な人たちと、可哀想だから付き合ってやろうと言う聖人君子たち。流石、ディストピアごっこで食事制限をしていた私をブロックしなかった方々だ。
最近相互になった人はごめんなさい。あなたのフォロワーは変な人です。

旅館に入ったら付き合ってくれるかな、と思ったら旅行前から担当編集さんになってくれる人も現れた。細やかな気配り、旅行の際のアドバイス。リアル編集者さんとお仕事はしたことない上に、所謂ビジネスマンとして働いたことのない人間は「これが社会人……」と感動した。勤め人やってn年目です。
とにかく、担当編集さんはバッチリだ。

本家本元の文豪缶詰プランさんにも編集さんが付くらしい。あちらは生身で現場にいらっしゃるそうなので、オプションで監視もあるとのこと。強い。私も強めに監視して貰うため、事前に
「私がツイートしたら『進捗は?』と聞いて欲しい」
とお願いをしておいた。ネット上の監視もリアルに負けないぞ、という意気込みだ。

宿の予約、編集担当者さんへの依頼、あとすべきことは原稿の準備。
文豪ということなので、ロフトで原稿用紙と万年筆を買った。普段小説を書くのはパソコンだが、時折ノートに下書きをする。宿で下書をし、家で清書のスタイルにしよう。古くからの老舗の旅館に原稿用紙は似合うし、何よりパソコンの持ち歩きは面倒だ。
ついでなので布の筆入れも手縫いで作った。

文豪らしい服装ってなんだろう?と考えた。着物や袴、そこまでいかずともハイカラーシャツなんかが良いと思った。なんとなく。
職場から向かうのだから、あまり奇抜な格好はできない。考えに考え、でた答えが柄シャツ。朝ドラに出てくる人が着ていた気がするという理由だ。見ていた朝ドラに文豪が出ていた記憶はない。柄シャツは1枚も持っていないので初めて購入。ベージュのパンツも買った。
もはや文豪関係ないが、確実に経済を回している。


決戦当日は定時退社。今日から缶詰だよと呟けば、様々な出版社、掲載雑誌の編集者もといフォロワーさんからのリプ。優しめ、厳しめ、しっかりめ、様々なエア編集者さんが見張ってくれる。
目標は短編二本。理想としては400字詰め原稿用紙10枚分。20時チェックイン、10時チェックアウト。どこまでやれるか分からないが、とりあえず追い詰められた作家ごっこにはちょうど良い長さだと思った。


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鳳明館森川別館は東大前駅から歩いて約5分。利用した日は自分以外に二組のみ。玄関入ってすぐの帳場で宿帳を書き、説明を受けた。この時期の朝食ではオプションで免疫力アップメニューとして納豆とヨーグルトがつくとのこと。凄いね。
お部屋に行く前にお風呂の案内を受ける。普段は二つの大浴場を男湯女湯交互に使用してるが、今回はお客さんが少ないので家族風呂のみ利用可能とのこと。一人には十分広い。

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お部屋について、荷物を置いてすぐすることは撮影。なんでも写真を撮る。部屋全体、床の間、ちゃぶ台、内線用電話、とにかく撮る。用意されたお茶も淹れる。二人分。あたかも誰かがいるような体で撮る。
別に「彼氏とお泊まりデート♡」を偽りたいのではない。いつか推しカプの本を出すとき、表紙に出来るのではないかという思いから撮るのだ。本の表紙でなくても、ピクシブ、ピクブラに上げるときにも有用。そう信じて撮る。

撮影会が終われば、そろそろ執筆作業……と思うが、退社から数時間。ご飯を食べていないので何かを食べなければいけない。お夕飯は付いていないので、外で食べるか持ち込みになる。なので『作家 差し入れ』『文豪 食事』など事前に検索をしてみた。大変美味しそうなお菓子や、老舗のすき焼きやら天丼やらが出てきた。お菓子はご飯ではないし、すき焼きなんてものは持ち込めない。大人しく、駅ビルでちょっといいおにぎりを買った。これが編集さんからの差し入れだ(セルフ) セルフ差し入れは無事、私のお夕飯になった。

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本物の文豪缶詰プランも有料オプションで差し入れをしてくれるとあった。どんなものが差し入れられるのか少し気になる。栄養ドリンクとかだったらどうしよう……

撮影会をした。ご飯も食べた。となれば、することは一つ。
執筆ではなくお風呂。やる気あるのかと聞かれれば、ありますと答える。
しかしながら、貸し切り風呂には先客がいたので踵を返し、大人しく原稿用紙に向かうことにした。

一本目。それなりにサラサラと書く。400字詰めで1枚は書けた。小学校低学年の作文なら多分褒めて貰える。2枚目に入った辺りから、書いては止まり書いては止まりが増えてくる。話が書けないのではない。漢字が分からないのだ。久しぶりの手書き原稿。メモや下書きよりもしっかりと書こうという気持ちが生まれて、その都度漢字を調べるので毎回手が止まる。作中に何度か「原稿」の文字が出てきたが、翌朝起きて執筆を再開するまでずっと「原縞」と書いていた。違和感を覚えていたのに調べなかった私が悪い。
現代人は漢字に弱い……と嘆きつつ、合間合間に写真を撮ってはツイッターに上げる。夜の深い時間になるとお相手してくれるフォロワーさんも増えてくるから、ついつい調子に乗って写真を上げまくる。鳳明館さんの館内の雰囲気がとても良いので、見て欲しいからいっぱい上げた。
大変どうでもいい話だが、途中でデータ容量が規定に達しましたとキャリアからメールが来た。鳳明館さんにはWi-Fiもあるけれど、私の泊まった部屋はだいぶ弱かった。部屋によるらしい。

家族風呂はそこそこの広さだった。成人男性でも足を延ばしてゆったりできそうな浴槽。全面タイル張り。翌日、女将さんから聞いたお話では、近年はタイルよりも性能の良い素材を使う場所が増えてきたが、補修しながらタイル張りを続けてきたとのこと。ところどころタイルの色や形が違うのも味なんだそうな。
実際、鳳明館のお風呂もトイレも洗面台もタイル張りで、どれも違ってどれも美しかった。流石にトイレを撮る勇気はなかったが、お風呂は許可を得て撮らせてもらった。

お風呂上りのお酒は飲めないので、自販機でジュースを買って再びセルフ缶詰。
0時を回る頃にはウトウトし始め、そう言えば昼間は普通に働いていたのだと思い出す。旅館が非日常的でつい忘れがちだが、祝日でもないただの平日だった。
応援のいいねや、編集者さんのリプを眺めながら、一旦離脱と布団に入る。布団に入ってからも写真を撮りまくる。これがSNS世代。

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寝たのが恐らく0時半。起きたのは5時前。3月の中旬の東京は5時過ぎればうっすら明るい。寝ることも考えたが、締め切り当日の作家ならば起きるだろうと思い直し、起床。
夜中に到着した時には気付かなかった中庭やご近所の様子などを眺めつつ、追い込み原稿。旅館の方が動いている気配を感じられる朝はとても楽しかった。
夜は明かりが落ちていてトイレに行くのが怖かった。鳳明館が月に一度、妖怪の宿というイベントをやっているという紹介記事を見たせいもある。なんだあの妖怪。クオリティ高いぞ。

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7時に朝食をお願いしていたので、それまでにちゃぶ台の上を片付ける。原稿はまだ終わらない。
お膳いっぱいの朝ご飯は幸せそのものだった。程よく塩辛い紅鮭や甘い卵焼き、たくあんと梅干、、きゃらぶき、そのほかとにかくいっぱい。おかずに合わせてご飯をおかわりしたら、少々お腹が苦しくなった。梅干し以外は残さず食べた。

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食事が終わったのは7時半。チェックアウトまで2時間半。
あとはとにかく書いた。昔の作家の原稿が走り書きだった意味をこの時知った。文字なんて読めればいいんだよ。形になってればそれっぽく読める。それを記念館に残されていることを思うと少し可哀想だとも思った。
右手が痛いなぁとか思ったりもしたけれど、締め切りを前にそんなことは気にしていられない。書いた。とにかく書いた。お隣の敷地で工事をしている音も振動も気にせず。古い建物だから揺れる。だが、それもまた良い。
特筆すべきこともなく、9時半には書き終えた。チェックアウト30分前。中を見て歩く時間もある。良かった。

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TL上の編集者さんたちに完成を伝えれば、お疲れ様ですとのリプ多数。ノリの良い方たちに恵まれて私は幸せだ。明るい館内を歩いて回り、帳場に鍵を返したところ、女将さんに声をかけて頂き、改めて館内を案内して貰った。応接室風の観光案内場には前回の東京オリンピックの写真がはめ込まれたテレビがあった。前回のオリンピックがこの宿が出来たのと同時期だと教えて貰った。今回は利用できなかった大浴場を見せてくださったりと大変親切にして頂いた。

案内の中で、コロナの影響でキャンセルが相次ぎ、利用客がとても減っているということ。鳳明館は大きい建物ではない分、換気もしっかりしており感染症対策をしているということ。朝食も栄養士さんの監修のもと免疫力を上げる食事を用意しているということ。一人でも二人でも何人でも対応できるからいつでも来て欲しいということ。色々お話してくださった。

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今回は思い付きで決めた弾丸ツアーだったが、周りには観光地や昔ながらのお店も多くある。東京ドームも比較的近くなので、何かに参戦する機会があればまたお世話になりたい。そうでなくても、普通にのんびり過ごしに行きたい。

仕上がった原稿は封筒に入れ、自宅に持ち帰った。これは第一稿なので、今度は作家から編集にジョブチェンジして赤を入れる。加筆修正して形にすることを思うと、まだ先は長い。


本物の文豪缶詰プランの話もとても気になるので、そちらのレポが上がるのを楽しみに待っている。『本妻と愛人が鉢合わせ』オプションの目撃談とか読みたい。


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