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科学技術・イノベーションで未来を共創する――2024年度「STI for SDGs」アワード受賞団体の取り組み

科学技術・イノベーション(Science, Technology and Innovation:STI)を用いて社会課題の解決に挑む、日本発の取り組みを表彰する「STI for SDGs」アワードの表彰式が、2024年10月26日、東京・お台場で開かれた科学技術イベント「サイエンスアゴラ2024」で行われた。医療、福祉、環境、交通など、さまざまな分野で社会課題の解決に挑む5団体が受賞した。本稿では、各団体の取り組みを紹介する。

「STI for SDGs」アワードは、科学技術振興機構(JST)が運営する表彰制度である。STIを活用した地域課題の解決への取り組みを表彰・発信・共有することで、同様の課題を抱える地域への水平展開を促し、SDGs達成への貢献を目指している。
2019年度の創設から6回目となる2024年度は、2024年4月23日~7月8日に公募を実施。外部有識者などから構成される選考委員会による書類および面接審査を経て、文部科学大臣賞1件、科学技術振興機構理事長賞1件、優秀賞3件が決定した。

『STI for SDGs』アワードの表彰式は、科学技術と社会をつなぐイベント『サイエンスアゴラ2024』で開催された。©科学技術振興機構

受診のしやすさと医療従事者の働き方改革の両立を目指す遠隔心臓リハビリテーションの実現

榊原記念財団附属榊原記念病院は、遠隔心臓リハビリテーションのためのアプリケーション「TeleRehab(テレリハブ)」の開発・運営により、文部科学大臣賞を受賞した。日本では心臓の治療後に行う心臓リハビリテーション(以下、心リハ)に9割以上の患者が参加できておらず、その現状の改善とともに、医療従事者の働き方改革の実現を目指した取り組みである。

距離的あるいは時間的な制約など個々の事情にかかわらず心リハに参加できる環境を実現したTeleRehabには、医師、看護師、理学療法士、管理栄養士、公認心理師、ソーシャルワーカー、アプリの技術部門など、多職種のメンバーが協力して取り組んでおり、その効果も実証されている。また、島しょ部への展開やフィットネスクラブとの連携も進められており、今後のさらなる展開を目指す。

選考委員会は、病気の再発防止や患者の健康寿命改善を目的とした医療介入の新しい形として、また、「誰一人取り残さない」医療の提供手段として高く評価した。地域格差や時間的制約などの解消に寄与し、患者の受診のしやすさと医療従事者の働き方改革の両立を実現している点などを選考理由とした。

「心臓リハビリテーションをみんなが参加できるようにし、心臓の病気の人を"笑顔"に」というメッセージが伝えられた、サイエンスアゴラ2024での榊原記念病院によるピッチの様子。©科学技術振興機構

3Dプリンターで実現する自助具の共創プラットフォーム――暮らしに「困難」がある人に必要な道具をより簡単に

ICTリハビリテーション研究会とファブラボ品川は、3Dプリンターを活用して自助具を作製するプラットフォーム「COCRE HUB(コクリハブ)」の開発・運営により、科学技術振興機構理事長賞を受賞した。高齢者や障害者など、個別の困り事を抱える人々が必要とする自助具を、より簡単に入手できる仕組みの構築と、環境に配慮したものづくりの実現を目指した取り組みである。

COCRE HUBのウェブサイトには3Dプリンターで作製可能な自助具の作製モデルが200種類以上掲載されており、二次元バーコードの読み取りで製作プロセスを進めることができる。特殊なソフトを使わずに寸法調整ができるサービスや、作製後の加温で簡単に加工できる材料の活用など、使いやすさを追求している。さらに、良品計画などと連携したリサイクル材料を用いた3Dプリンタ工房の運営や、当事者と共に自助具を作製する「インクルーシブ・メイカソン」を国内外で開催するなど、活動の幅を広げている。

国内外でワークショップやメイカソンを開催し、活動の幅を広げるCOCRE HUBの取り組み(サイエンスアゴラ2024で開催されたピッチより)©科学技術振興機構

選考委員会は、利用者側の視点を持つ作業療法士と技術を保有するファブラボの連携により、これまでになかった価値を生み出し、SDGsの理念をよく反映した活動として評価した。特に、困り事を抱えた当事者を“Need Knower(ニードノウア)”と位置付けて共創している点や、誰もが使いやすい形で展開され多様な人々が平等に活躍できる場の提供に寄与している点などを選考理由とした。

COCRE HUBのウェブサイトには、200種以上の自助具作製モデルが公開されている。https://cocrehub.com

暮らしの課題を技術で解決――海洋環境から地域交通、介護まで

最後に、優秀賞を受賞した3団体の取り組みを紹介する。

海洋プラスチックごみのアップサイクル(buoy)

buoyは、漂着プラスチックごみを分別不要で再生可能にする製造方法を開発し、全国30団体以上から漂着ごみを買い取って付加価値のある製品に加工し販売している。製品には採取地と採取団体の情報を入れた二次元バーコードを付け、原料となったごみを回収した団体の情報を追跡可能にしている。加工製品は、美術館やサーフショップでの販売、ホテルのアメニティーとしても利用されている。将来的にはごみの流出地に加工施設を造り、プラスチックごみが海洋に流出する前に製品化することで、各地でごみが再生・循環する仕組みの構築を目指している。

buoyによる、持続的に海ごみ問題に取り組むための仕組み(サイエンスアゴラ2024で開催されたピッチより)©科学技術振興機構

低速電動バスによる地域課題解決を大学、企業、自治体、地域で協働(群馬大学 次世代モビリティ社会実装研究センター、群馬県桐生市ほか)

群馬大学が保有する技術を活用した低速電動バスを、一般企業、自治体、地域の高校生など多様なステークホルダーとの協働で開発・運行している。2012年から桐生市での導入を開始し、現在は全国20か所以上の地域に普及している。近接学に基づいた車内空間の設計により「移動するコミュニケーション空間」を創出し、高齢者のQOL(生活の質)向上にもつなげている。今後は、行政などと連携し、過疎地域でのより持続的な運行モデルの構築を進め、さらなる展開を目指している。

多様なステークホルダーとの協働で「低速電動バス」を導入し、高齢者の移動手段の不足や地域の公共交通サービスの縮小、CO2排出など複数の社会課題に取り組む(サイエンスアゴラ2024で開催されたピッチより)©科学技術振興機構

介護タクシー配車アプリの開発・運営(IT FORCE)

IT FORCEは、介護タクシーに特化した配車予約のためのマッチングアプリ「よぶぞー」を2013年4月から首都圏や関西圏で運用している。同アプリでは、予約時のユーザーインターフェースや、予約情報の配信方法、データの管理方法などを独自のアルゴリズムで工夫し、利用者が数回スマホをタップすることで予約依頼を行える。各種データや地図アプリとの連携、ケアマネジャーとの連携や信頼できるドライバーの指名ができる仕組みなど、介護タクシー特有のニーズに応える機能を実装し評価を受けた。今後、需要増が予測される介護タクシーの予約の利便性を向上させ、タクシー利用を必要とする人々が取り残されずに活動できる社会づくりに取り組んでいる。

介護タクシー予約アプリ「よぶぞー」は、App StoreとGoogle Playからダウンロードできる。

現場の具体的課題に科学技術でアプローチ──実践と協働の成果に評価

今回の「STI for SDGs」アワード受賞団体に共通するのは、地域や生活の現場で直面する具体的な課題に、科学技術を活用してアプローチしている点である。また、いずれの取り組みも、数年をかけた実践の積み重ねの上に成り立っており、多様なステークホルダーとの協働や連携を通じて展開されている点も特徴的だ。医療アクセスの向上、自助具の共創、海洋環境保護、地域の移動手段の確保、介護サービスの利便性向上など、それぞれの分野で、持続可能な社会の実現に向けた取り組みが着実に進められている。本アワードは、そうした地道な活動の成果を評価したものと言えるだろう。

文:遠竹智寿子
フリーランスライター/インプレス・サステナブルラボ 研究員

トップ画像:iStock/metamorworks
編集:タテグミ

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