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音楽と人生

子どもの頃は音楽の授業が嫌いだった。太くて低い声のせいで、合唱曲のソプラノがうまく出せない。「自分は歌が下手だ」と思い込んでいた。

いつもソプラノが主旋律を担当してうらやましい。地声の音域に近いアルトパートはハモリばかりで楽しくなかった。

合唱の時間はかなり苦痛である。小学校5年生になると市内の合唱コンクールに出場するために、毎日歌の練習をさせられるのだ。「人目を気にする」という恥じらいが芽生えていない小学生は、いつでも一生懸命なものだから、リズムにのって体を揺らし、大きな声で歌う。

一方、太くて低い声しか出ないわたしは、棒立ちで口パクする思春期の男子中学生みたいになっていた。


中学2年生の6月が終わりかけの頃、コンプレックスの「野太い声」を忘れさせるほど歌が好きになった。もっといえば音楽が大好きになった「出会い」があった。

テレビの中で歌って踊るマイケル・ジャクソンに一目ぼれをしたのだ。彼は数日前に亡くなっており、追悼番組を偶然見たのである。歌もダンスもめちゃくちゃかっこいい。脳天からつま先まで雷に打たれたような衝撃が走る。

その日からマイケル以外のことが考えられなくなってしまった。そして、マイケルに出会ってから、自分の声で歌うようになる。上手い下手を気にせず、生まれながら持っている声で歌うのは楽しいのだ。


音楽とともに人生を歩み始めてからは、あの時どんな音楽を聴いていたのかを鮮明に覚えている。

受験勉強の息抜きに聴いていたThe Beatlesの赤盤と青盤。初めてレンタルしたのはQueenのアルバムだ。高校でUKロック好きの友人と出会い、おすすめのCDを貸し借りしたり、Pink Floydのアルバム『狂気』を正座しながら真剣に聴いてひどく感動し、4ページにわたるレビューを日記に書いたり。

大失敗した大学受験では、U2のアルバムをBGMにして中央線快速にぼんやり乗っていたこともある。どんなときにも音楽があって人生に欠かせないものになっていた。


しかし、大学浪人を機に音楽をパッタリ聴かなくなった。理由はふたつある。ひとつはウォークマンの容量が満タンで新しい音源を入れられなくなった。もうひとつは、音楽を聴いている余裕がなくなるぐらい必死に勉強して結果を出さなければならなかったからだ。

夏と冬を乗り越えた次の春、晴れて大学生となり、入学祝に父から新しいウォークマンをプレゼントしてもらった。また、音楽中心の生活に戻るつもりだったのである。だが、以前のように音楽を楽しめなくなっていた。

新規開拓しながら音楽を楽しむエネルギーがまったくない。映画のサウンドトラックや昔兄妹と見ていたアニメの歌。どこかできいた曲を「懐かしいな」と思いながらなんとなくきくだけ。咀嚼力がないから流動食しか食べられない。

電車に乗っているときにイヤホンで音楽を聴くのもしんどいし、音を小さくしても最終的には「うるさい」とスイッチを消してしまう日もあった。「もう、音楽が大好きだったあの頃には戻れない」とうすうす感じていた。


右耳からきこえるキーンと高くて不快な耳鳴り。深夜の真っ暗な自室で何度か耳を引きちぎりそうになった。

風邪でもないのに咳が酷い。医者からはアレルギー性の喘息と診断された。本当の原因はわからない。

眠れない夜は長い。太陽が昇ってくると心臓がバクバクしてまた苦しくなった。

急に涙が止まらなくなる。布団に入って静かになったとき、外を歩いているとき、電車に乗っているとき、仕事中。

怒りや悲しみ。どんなことでもへらへら笑ってごまかしてきたのに、この数年は笑えなかった。

死にたいとは思わないが、何も感じることなく早く終わって欲しい。


2019年10月。観測史上最大といわれる台風が日本列島を直撃した日、訳あって家族と距離を置き一人暮らしをしていた。

台風のニュースで不安になるからテレビは見ない。LINEを返す相手もいない。見知らぬ土地で完全な孤独になったが、案外元気だった。

星野源の去年のアルバム、初めて聴いたけどなかなかいいじゃないか、なんて思いながら音楽を一日中聴く。たったそれだけなのに、その日はとても楽しくて充実しており、音楽が大好きだったあの頃の自分が戻ってきていた。

同時に、大好きなことすら楽しめないほど体力と気力がすり減っていたのに気づく。思考力がかなり低下し、物事を前向きに考えられなくなっていたのである。


1Kの部屋にひとり。何をしても誰にも文句は言われない。だが、孤独と引き換えに裸の自分と向き合う。そして、その時初めて本当に好きなことがわかるだろう。

丸裸になった自分が選んだのは、テレビでもインターネットでもなく、音楽だった。昔も今も変わらず心の底から音楽を愛していたのだ。


結局、何者にもなれなくて、情けなくて、ちゃらんぽらんのままだけれど、そんなに悪くない1年だった。

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だいごろう

昼飯が豪華になります。

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暴れアルパカ