アルジャジーラ

【日記/57】今週のアルジャジーラ〔サウジアラビア〕

平日毎日更新を目指しているのだけど、そんなに毎日毎日書くことがあるほど、私の日々は刺激的ではない。というわけで、今週より、毎週金曜日は「今週のアルジャジーラ」をお届けすることにしようかなと思う。「今週のアルジャジーラ」とは、アルジャジーラが報道したニュースのなかから、私がその週に気になったものをピックアップして触れるという週刊連載(?)である。

アルジャジーラとはご存じのとおり、カタール・ドーハに本社がある、アラブ・イスラム世界のニュースを報道するメディアだ。言語はアラビア語と英語があり、私は当然ながらアラビア語はわからないので、英語でニュースを聞いたり記事を読んだりしている。もっとも、英語でニュースを聞いたり読んだりというのは私のつるつる脳みそにだいぶ負担がかかる作業なので、「今週のアルジャジーラ」も週に1回が限界である。あと、私の語学はとてもかわいそうなレベルなので、事実誤認や訳ミスがあったらお手柔らかに指摘してもらいたい。

余談だが、自分は無知なので、ひと昔前「アルジャジーラ」と「アルカイダ」を混同していた。前者は公平を期したメディアだが、後者はテロ組織である。間違えないようにしたい。ちなみにアルジャジーラはTwitterアカウントももちろんあり、フォローしておくとイスラム圏のニュースがぱっと目に飛び込んできて面白いのでかなりおすすめだ。→ @AJEnglish あとiPhoneのアプリも超使いやすいし、PC用のサイトは、ぽちっとやるとなんと英語の記事を読み上げてくる! 英語学習としてもなかなか使える奴なのではなかろうか。

アルジャジーラのサイトより。Read to me!

というわけで早速今週の気になるニュース。今週、というか今日のニュースだけど、Hajj 2016 :Millions of Muslims start arriving in Meccaという記事に注目したい。

まずHajjという単語だが、これは知らない人も多いかもしれない。というか、私が初めて聞いた。このハッジとは、アラビア語でメッカへの巡礼のことを表すらしい。メッカの場所は、つい忘れがちだけどサウジアラビアだ。ハッジを目的に、世界中からイスラム教徒がメッカに到着し始めている、という記事である。

ご存知、ムハンマド生誕の地として知られる、イスラム教の最大の聖地であるメッカ。だけど、実はその場所の実際の情報は、日本にいるとなかなか耳に入ってこない(気がする)。理由はたぶん明白で、メッカはイスラエルの岩のドームとかイランのイスファハーンの大モスクなどとちがい、ガチ聖地のなかでもいちばんガチでガチな聖地なので、ムスリムにしか立ち入りが許されていないのだ。だから、私がのこのこと遊びに行っても入れてもらえない。

ムスリムには、健康であり財力もある者は少なくとも一生に一度はメッカを訪れる義務があるという。記事のなかには「pilgrimage(ピルグリメイジ)」という単語がしきりに出てくるのだけど、これは「巡礼、行脚、精神的遍歴、人生の行路」などという意味だ。日本人も、昔は「一生に一度はお伊勢さん」などといわれ、伊勢神宮へ参ることを、皆が心のなかで大切に思い憧れていた。だから、サウジまで行くの大変じゃね? などと思いつつ、「巡礼」という言葉の精神性みたいなものは、異教徒であっても決して理解できないものではないだろう。

今年は150万人もの人がこの聖地メッカを訪れるということだが、このハッジのなかでちょっと危険視されている儀式があって、それが「ジャマラートの投石」である。悪魔を象徴している25メートルの柱3本に向かって、石を投げつけて悪魔をやっつけるという儀式だ。何百万という人が一斉に石を一箇所に投げるもんだから、そりゃあまあ危険である。毎年、死者も出てしまっているという。今年は各所に監視カメラが設置され、セキュリティも厳しくし、この「ジャマラートの投石」その他諸々、ハッジ全体でトラブルが起きないよう管理体制を強化している、というのがたぶん記事のだいたいの要約だ。

メッカにあるカーバ神殿は、写真で見るととても壮麗で美しい場所だ。夜になるとライトアップされるみたいで、幻想的でもある。アラビアン・ナイトの世界だ。建物そのものもかっこいいのだけど、そこに何百万ものムスリムが集まる写真もまた圧巻である。

前に「【日記/35】マイルドヤンキーでもシティガールでもなく」で書いたように、私には「故郷」とか「ここが私の街!」みたいな概念があまりない。わからない。だけど、そういえば今日この日記を書いていて思ったのだけど、「聖地」はわかる。「巡礼」もわかる。今年の始めにイスラエルに行ったのは、「聖地」がこの目で見たかったからだ。聖墳墓教会、岩のドーム、嘆きの壁。それから、アメリカのメリーランド州ロックヴィルにある、スコット・フィッツジェラルドのお墓も、いつかお参りに行かないといけないなあと思っている。フィッツジェラルドが育った場所が、そして骨を埋めた場所が、どんなところなのか見てみたいのだ。フィッツジェラルドのお墓は、彼の文学を愛好する者にとっては紛れもない「聖地」だ。

「故郷」「聖地」「今わたしが住んでいるまち」。あなたにとっていちばん、心の拠り所になっている場所はどこだろうか。全部、という人もいるだろうし、1個もないよ、という人だっているだろう。

私の心の拠り所は、そう考えるとやはり「聖地」かもしれない。故郷も今の場所もよくわからないけど、聖地はわかる。上の日記では「世界に特別な場所なんてどこにもない」などと書いてしまったけど、やっぱりあるのかもしれない。

最後についでにメモ。KindleUnlimitedのなかに文藝春秋の特集『大世界史』が入っているのだけど、このなかに、『「イスラム国」指導者の歴史観」』という記事がある。

アラブ民族は、非アラブのセルジューク=トルコ、オスマン帝国からの支配を受け、さらに西洋列強による植民地支配によって分断されてきた。この屈辱は、アラブ民族が統一されていなかったからこそ受けたもので、革命を起こしてこの状態から抜け出さなければならない。まずは帝国主義によって操られる傀儡政権を打倒し、国王とその取り巻きから私有財産を取り上げ、国有化し、民衆に再分配しなければならない。

……みたいなことを、アラブ諸国の知識階級のなかには考えている人がいるらしくて、具体的な人物名をあげるとフセインとか、カダフィとかがそれに該当したらしい。だからなんか、社会主義の思想とマッチするのだとかなんとか。

メモだから今日の記事とは別に関係ないのだけど、どこかに書かないと忘れちゃいそうなのでここに書いておく。




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