【無料公開中】『風と木の詩』『地球へ…』の竹宮惠子が商業誌引退宣言!? マンガ教育で見た業界の未来

――2014年に紫綬褒章を受章したマンガ家、竹宮惠子。現在、京都精華大学の学長を務める少女マンガ界の巨匠は、マンガ教育を、業界の未来を、どうとらえているのだろうか? そして、タブーと戦ってきた彼女が選ぶ、ボーダーラインに踏み込んだマンガとは?

(写真/西木義和)

 2014年11月、少女マンガ家としては、「花の24年組」【編註:昭和24年頃の生まれで、1970年代に少女マンガの革新を担った、竹宮惠子、萩尾望都、山岸凉子ら女性作家たちのこと】として共に切磋琢磨した萩尾望都に続く2人目の受章者として、紫綬褒章を得たマンガ家、竹宮惠子。“少年愛マンガの金字塔”とも評され、現在のBLマンガの原点ともいわれる『風と木の詩』【1】をはじめ、同じく少年愛とクラシック音楽を描いた『変奏曲』シリーズ【2】、自身最初のアニメ化作品であり、環境汚染から地球に住めなくなる未来を描いたSF作品『地球(テラ)へ…』【3】、製品マニュアルや会社紹介などの用途を持つ“実用マンガ”でもあるエルメス公式の社史マンガ『エルメスの道』【4】など、彼女の作品はマンガ業界に多大な影響を与えてきた。

 そんな竹宮氏が、京都精華大学芸術学部マンガ学科の教授に就任したのは00年4月。06年には、日本で初となるマンガ学部として認可され、08年にはその学部長に、そして14年にはついに、同大学の学長にまで上り詰めてしまった。

 新たな才能を育てる教職者となった竹宮氏に、マンガを通じた教育のこと、業界のこれから、そして自身の今後について話を聞いた──。

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──学長に就任されて、もうすぐ2年がたちますね。教授に就任されてからは実に15年。就任当初から心境の変化はありますか?

竹宮惠子(以下、竹宮) 最初は、教員みんなで合宿をしたりしながら、試行錯誤してカリキュラムを作ったり大変だったんですが、実は、就任して1年目の段階ですでに、「あ、そもそも私は先生をやることが好きだったんだな」と実感したんです。

──思想家の内田樹さんとの共著『竹と樹のマンガ文化論』(小学館)の中で、もともとマンガ家は「職人」であって、徒弟制度ならまだしも学校で教えることは無理だと思っていた、とおっしゃっていました。でも、もともとアシスタントさんを抱えて仕事をされていたわけですから、ある意味、ずっと「先生」ではあったわけですよね?

竹宮 マンガ家のアシスタントについては、技術は教えるんですけど、マンガを作り上げる方法を教えたりはしないんです。どちらかというと、その人の生活を保障してあげる、下支えをしてあげる、という関係性です。その中で下手に教えてしまうと、その人自身を育てることになるのか、自分の仕事を手伝ってもらう上での良いアシスタントを育てることになるのか、難しい。

──その点、学生たちは学費を支払って「教えてもらうこと」を前提として集まっているわけで、手取り足取りになるのですか?

竹宮 もちろん、4年間では短いですが、原稿用紙の使い方などの基礎的なことから、技術的なバックアップはします。対面で「なぜここをわかるように描けないのか」といった、細かい話もするんですよ。ただ、作品づくりにおけるその人の個性にかかわる部分に手を添えたり、自分の個性を出してアドバイスをするようなことは、学生にもしないように気をつけています。

──これまで、『うどんの女(ひと)』(祥伝社)のえすとえむさんや、『日々ロック』【5】の榎屋克優さんなど、卒業生から話題のマンガ家さんたちを輩出されてきましたが、最近では、中国や韓国、インドネシアなどからの留学生も増えているそうですね。

竹宮 中国からは、熱意のある方がたくさん来ています。ただ、中国ではそれが職業として成り立つほど、まだ市場が成熟していません。なので、「これからの人生を考えると、あくまで趣味として置いておくしかないのだけれど、うまく描けるようになりたいから教えてほしい」というようなケースが多いんです。彼らにとってマンガは自己実現の手段であり、存在意義を示すことなんだろうと思います。1作でも上手く描き上げられたら、次にいけるんじゃないか、という感覚があるんでしょうね。また、中国は表現規制も厳しいので、日本にいるうちにマンガの中で言いたいことを思いっきり表現して、母国に帰ったら、趣味の範囲でウェブなどにアップする、という留学生が多いですね。

 対して、マンガが盛んな韓国では、どちらかというと日本のマンガを学ぶことから離れて、自分たちのマンガスタイルを構築していこうとしている印象です。自国の業界そのものを育てていかなければダメだ、という意識が強くあるんですよね。そんなこともあり、彼らは縦スクロールのマンガをよく描いていますよ。韓国発のウェブコミックサイト「ウェブトゥーン」や、日本なら「comico」などで見られるスタイルです。その原稿っていうのは、当然細くて縦に長いデータなんですけど、卒業制作本に載せるため、あらためてそれを紙の原稿の形に作り変える、ということもやっていました。

──「comico」の連載も単行本化されているので、実践的ですね。

竹宮 一部の先生の中には、もうそれを中心に据えていくべきなのではないか、という考えを持つ人もいるんです。出版社のビジネスモデルがウェブ中心に変わるだろうということは強く考えていますし、ネットで流してそれが面白かったから持ちたい、という人のために紙媒体は使われていくんじゃないでしょうか。

 私は、知財戦略委員会の委員などもしているんですが、そこに集まる方々から、オールジャパンでマンガを世界に発信していくにあたって、まずは紙媒体ではなくウェブで作品を配信していると聞きます。その中で『聲の形』【6】という、難聴の障害者といじめの問題を取り上げた作品が、何週間も全米の人気ランキングで5位以内にランクインし続けたんです。結果、単行本としてもアメリカで出版されることになりました。

──日本の社会派作品が、アメリカでも受けるんですね。

竹宮 そうなんですよ。最近の作品は、切り取られる設定がとてもピンポイントになっているでしょう。『聲の形』は、いわゆるマイノリティと呼ばれる人たちに対する接し方の問題と、いじめる、いじめられるという問題が紙一重だということを訴える作品ですよね。昔は、例えばいじめにしても差別にしても虐待にしても、一般に共有されるラインというのがあって、みんなそこで話をしていたと思うんです。ところが今は、それぞれの問題がもっと細分化されていて、虐待ひとつとっても、ただ強い者が弱い者に暴力を振るうというだけではない。一見弱者である娘が、父親を言葉で虐待する、ということもあるんです。社会の複雑さをみんなが理解しているからこそ、テーマのピンポイントさにつながっているし、それは日本だけでなく、世界でも必要とされている、ということだと思います。

──その分、よりセンセーショナルな作品も増えたように思います。

竹宮 最近、子どもを持つ親御さんに「必読です」と言って、『僕だけがいない街』【7】という作品を貸しているんですよ。彼らが置かれている環境を理解してほしくて。性的な嗜好の問題ではなく、単純に「殺したい相手」が子どもであり、その殺人を繰り返さずにはいられないという、犯人側の心理を見せている作品ですよね。自己実現で殺人をするのかと思うと、怖くなりました。

 しかし、そこまではっきり描くことができるのはマンガだから。もしそれが事実だったら、報道規制がかかりそうなことも、マンガであれば、あくまで“仮のこと”だから出せるわけですよね。そのへんの鋭さみたいなものがマンガの力だと思います。

 あ、あと、ぜひ読んでほしいのは『弱虫ペダル』【8】。内声的な、モノローグを多用する少女マンガの手法で、少年マンガを描く人が出てきたんだ! と思って買って読んだ作品なんですけど。正直、『弱ペダ』って、自転車で走ってるだけじゃないですか(笑)。でも、走りながらも葛藤や後悔など、さまざまな内声があって、それを文字で見せているわけですよね。その中で、自転車がコミュニケーションツールになるということを伝えているんだと思うんです。熱中するものを介してコミュニケーションを取る方法もあるんだ、と教えているのでしょう。

──今のマンガ家さんたちは、多岐にわたる複雑な社会問題を背負わされる世代なんですね。

竹宮 だから今後、彼らがどこに結論を持っていくのかが、大事なんですが……それはもう、私たちがすることではないので、自分たちの時代の答えを見つけていってほしいなと思いますね。

「少年愛」を立ち位置に…『風と木の詩』のタブー

竹宮氏の代表作のひとつである『風と木の詩』は、ベッドで男女の足が絡まっているだけでも騒がれた時代に、ベッドで体を重ねる少年たちのシーンからスタートした。(『風と木の詩』1巻より)

──ご指摘の通り、マンガも細分化され、多種多様なジャンルが生まれています。そんな中、一大ジャンルとして急成長を遂げたのが、先生が原点だとも言われているBLです。

竹宮 そんなジャンルを作ったつもりはないんですけどね(笑)。今思えばなぜかわかりませんが、あの当時、「少年愛」というものを自分の立ち位置にすると決めただけなんですよね。ほかの作家さんたちとの違いは、「少年愛」というものを理解している、ということしかないと思っていたので。

──当時、大泉サロン【編註:竹宮惠子と萩尾望都が同居し、「花の24年組」と呼ばれたマンガ家たちが集っていた、女性版・トキワ荘】では、それも日常会話だったとおっしゃっていましたが、ここまで市場が大きくなると思ってましたか?

竹宮 それは結局、ジェンダー的な問題ですよね。女性にとって、「自分の性」というものに触れずに「性」というものに触れられる舞台というのが、この分野しかないんです。自分たちの性を介すと、虐待やらレイプやら被害意識やら、さまざまな問題が入ってきてしまって、単純に「性」そのものを楽しむことができない。だからこの分野が成長しているというのは、まだ、今はそれ自体を楽しんでいる、知ろうとしている段階なんじゃないかな、と思います。

 今後、自分たちの問題として受け入れるようになると、『先生の白い嘘』【9】のような作品も増えていくのでしょうけど。

──そういう意味では、『風と木の詩』は「性を楽しむ」ものではなかったですよね。

竹宮 私は、性的な世界の危険性を子どもたちに知らせたいと思って、あの作品を描きましたから。

──連載されていた「少女コミック」(小学館)の対象年齢というと、中学生くらいですよね? 『風と木の詩』に対象年齢を付けるとしたら12歳以上と公言されていましたが、現在に置き換えても、同じですか?

竹宮 私の中では、第2次性徴期前でなければダメ、という思いがあるので、今でもやはり、12歳くらいの子どもたちに読んでほしいですね。ただ、父兄会などで親御さんたちにお話を聞くと「うちの娘には見せられません」と、よく言われます。でもね、体の成長や、世間の少女たちに対する見方を考えたら、12歳でも遅いくらいじゃないですか。今の子どもたちは、性の成熟も早い。マンガは、「伝える」ということにおいて有効な分、描き手としては、子どもたちにとって教育的なコンテンツでありたいと思って描いていますから、ぜひ読んでほしいですね。まあ、京都でも、一部の図書館では置いてもらえていないんですが……(苦笑)。

──『風と木の詩』は、父と子の近親相姦や、大人が子どもを愛欲のために傷つけるという、ボーダーに触れる作品でした。そんなタブーに挑んできた先生から見て、この作品は踏み込んでいるな、と思うマンガってありますか?

竹宮 そうですねえ……私は、わりとそのボーダーラインが緩いので。そもそもこれは絶対にダメ! というものはないんです。

──「東京都青少年の健全な育成に関する条例」に対しても、永井豪先生らと、一緒に反対表明をされてましたもんね。そう言えば、その永井先生の『ハレンチ学園』(集英社)も有害図書指定騒動がありましたね。

竹宮 あれは、「え! それで有害?」って、笑いましたけどね(笑)。これのどこがハレンチなんだ、と。

 でも、『聲の形』のような作品は、ボーダーラインに踏み込む作品ですよね。作家自身が耳が聞こえないわけではないからこそ、間違ったことに触れる可能性もある。それを描くのは、すごい緊張感だと思いますよ。

──では最後に……学長としての任期はあと2年ですが、先生はその後も大学には残られるんですか?

竹宮 いえ、ちょうど4年間の任期が終わると、2期目はない、という年齢になりますので。さすがに、教育現場からは離れられるかな、と思っているんですけど。専任教授になって、学科、学部運営というのをやってたら、マンガが描けなくなっちゃいましたからね。

──では、また作品の執筆活動に戻られるのですね!

竹宮 そうですね。でも、紙媒体のほうには、今さら邪魔しにいこうとは思っていませんよ(笑)。締め切りを守って描くって、それなりに体力がいるので、さすがにもう難しいかなと思うんですよ。

──ということは、もう、商業誌では描かないと……?

竹宮 はい。退任後は、個人活動としてネットにマンガを描いて、欲しいという人がいれば本にする、くらいのスタンスでゆっくりやっていこうと思ってます。だからそのために、もっとネットを勉強しないとね!

(文/編集部)

竹宮惠子(たけみや・けいこ)
1950年、徳島県生まれ。石ノ森章太郎作品に影響を受け、マンガを描き始める。68年、17歳でデビューし、上京後は萩尾望都と共同生活をスタート。同世代の女性マンガ家たちがそこに集うようになり、後に「花の24年組」と称される。2000年に、京都精華大学芸術学部マンガ学科の教授に、08年にはマンガ学部の学部長に就任。12年には全作品と活動に対し、第41回日本漫画家協会賞の文部科学大臣賞を受賞。14年、同大学の学長に選出され、その秋の紫綬褒章を受章した。

【1】『風と木の詩』
竹宮惠子/白泉社文庫(95年)/全10巻/607~700円
舞台は19世紀末のフランス。ラコンブラード学院の寄宿舎で繰り広げられる、思春期の少年たちの、愛欲や嫉妬、友情などを描いた。その過激な描写は読者に衝撃を与えた。

【2】『変奏曲』シリーズ
作画・竹宮惠子、原作・増山法恵/マガジンハウス(07年)/全2巻/各1296円
クラシック音楽と少年愛を描いた名作。天才ピアニスト・ウォルフは、スペインからやってきた天才ヴァイオリニスト・エドナンと出会う。ヴィレンツに集った2人の運命は……。

【3】『地球へ…』
竹宮惠子/中公文庫(95年)/全3巻/各741円
環境汚染から住めなくなった地球を離れ、植民惑星アタラクシアで育った少年ジョミーは、14歳の誕生日に成人検査を受け、その運命に翻弄されていく……。竹宮氏初のSF作品であり、初のアニメ化作品となった。

【4】『エルメスの道』
竹宮惠子/中公文庫(00年)/596円
フランスの高級ファッションブランド・エルメスの本社社長から依頼され、同社の社史をマンガ化。「職人の物語」として、竹宮氏が描いた。この作品がきっかけで、京都精華大学の教授に就任したというエピソードも。

【5】『日々ロック』
榎屋克優/集英社(10~15年)/全6巻/各555円
いじめられっ子だった日々沼拓郎がバンドを組み、ロックスターを目指す物語。連載は不定期ではあったものの、14年には実写映画化されるなど、人気を集めている。

【6】『聲の形』
大今良時/講談社(13~14年)/全7巻/各463円
聴覚障害によっていじめられるようになった少女と、彼女へのいじめが原因で孤独になっていく少年の触れ合いを描く。新人漫画賞に入選したものの、テーマの難しさから、当初は掲載が見送られていた作品。

【7】『僕だけがいない街』
三部けい/KADOKAWA(13年~)/1~6巻/605~625円
売れないマンガ家・藤沼悟は、母親が殺害されたことをきっかけに、18年前にタイムスリップしてしまう。そこで見た、連続小学生誘拐殺害事件の真相と母の死との関係とは?

【8】『弱虫ペダル』
渡辺 航/秋田書店(08年~)/1~42巻/各452円
千葉県立総北高等学校の新入生・小野田坂道はオタク少年。高校入学後、同級生の今泉俊輔から自転車レースを挑まれたことをきっかけに、自転車競技の魅力にのめり込んでいく。

【9】『先生の白い嘘』
鳥飼 茜/講談社(14年~)/1~4巻/各606円
24歳の高校教師・原美鈴は、思春期の生徒たちを高みから観察する日々を送っていた。そこに、友人の婚約者・早藤が現れ、美鈴の平穏な毎日は崩れていく。男女間の性の不平等を生々しく描く。

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