【ジャーナリスト/評論家・武田徹のオススメ本】美談としての戦後史観を覆すタブー破りの近代史セレクション

――中公新書から出された『応仁の乱』がバカみたいに売れている。日本史関連の書籍としては異例のことだというが、知られざる史実をつまびらかにしたような本当に面白い書籍は、ほかにもあるのではないか――。そんなヤバい“日本史”本15冊を、歴史学者や社会学者、ジャーナリスト、お笑い芸人らに紹介してもらった。

武田徹(たけだ・とおる)

1958年生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科卒業。恵泉女学園大学教授などを経て、専修大学文学部教授。著書に『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』『日本ノンフィクション史』(いずれも中公新書)など。

国内メディアを牛耳った正力松太郎。(写真/近現代PL/アフロ)

 日本の戦中戦後史というと、軍部=悪、庶民=善というふうに単純化されがちですが、それだと当時を生きていた人間の厚みは見えてこない。もっと重層的なものの見方が必要だと思うんです。そこでまず紹介するのは『もの食う人びと』【1】。作家の辺見庸が、「食」を人類に共通する普遍的なテーマと考えて、世界の辺境を旅しながらバングラディッシュの残飯食やタイにある日本の猫向けの缶詰工場など、さまざまな食の現場を取材していくルポルタージュです。その中に「ミンダナオ島の食の悲劇」というエピソードが収められていて、これが太平洋戦争のタブーを考える上でとても興味深い。何が書かれているかというと、戦後もフィリピンに残った日本兵たちが、現地の農民を食べる人肉食を組織的にしていたという話なんです。この事実は92年に一応共同通信で報道されたそうなのですが、あまり知られていない。それだけタブー意識に触れるテーマだったのだと思います。そんな話を扱いながら、辺見をかつての現場に案内する現地の村人たちは、あまり告発するスタンスに立っていない。南京大虐殺はあれだけ日中間の重大な問題であり続けているのに、日本とフィリピンの間でなぜこの人肉食があまり問題になっていないのかということは、きちんと考えないといけない。

 実は日本とフィリピンも戦後すぐは関係が悪く、ボクシングを通じた外交で関係が回復していった経緯があります。また、日本もフィリピンもアメリカ陣営に属していることは、戦争犯罪への追及が曖昧にされる要因としてあるかもしれません。しかし、やはりアメリカ陣営である韓国との関係にはその法則はあてはまらないわけで、実は日本がいまだに戦後の決算ができてないということと併せて、よく考える必要があるテーマです。

『ひめゆり忠臣蔵』【2】は、大宅壮一ノンフィクション賞作家の吉田司が沖縄を訪れ、戦後沖縄からアメリカに留学した人たちの話や、ひめゆりの塔のエピソードがどう受け止められてきたかを取材・考察した本ですが、取材対象者から度重なる抗議を受け、改訂再版、増補新版と改訂版が出されるごとに、文章の中に削除された空欄がどんどん増えていったといういわくつきの書物です。特に与那国島の住人の性的奔放さについて書いた最後の章は、増補新版では空白だらけになっています。吉田司の文章は確かに露悪的で、対象を揶揄しすぎるきらいもあるのですが、この本で彼がこだわったのは、平和の美談化は時に本質を隠し、戦争の事実関係を見えなくしてしまっているということだったと思います。戦後の歴史観ではよく戦前は軍部が戦争に反対する言論を弾圧して伏せ字にしたということが強調されますが、この本のケースは平和が大事だと主張する人も言論の自粛を求めることがあるということを如実に示しています。

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