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『僕が影と並んだ日のこと』

 最近は全然だ、と影は青黒い顔をして俯いた。
「大丈夫、タイムリミットは月末だろ」
 僕は軽く笑った。

「優は天気予報を見てないのか?だからそんな呑気なことを言えるんだ。今週は、ずっと雨なんだよ!」
 突然、影が吠えた。
「もっと手伝ってくれたっていいじゃないか!毎日同じ道、学校と家の行き帰りだけじゃ集められないんだよ!千人分集めなきゃ、僕は優から離れられないんだ!」

 幼い頃、影と話している僕を祖母が見て言った。

 ばあちゃんと一緒だな。
 お前も、お前の影も特別だ。
 二十歳の誕生日から百日の間に他人の影を千人分切り取れば、お前の影は人間になれる。その代わり、切り取られた人間は大切な事を一つ忘れる。
 二人でようく考えな、と。

 嘘だと思った。
 でも影は挑戦したいと言った。

 集めたら影は離れてしまう。
 ずっと一緒に生きてきたのに。
 喜びも悲しみも同時に味わって来たのに。

 でも僕は、影の願いを叶えたいとも思った。
 人間になった影と並んで歩けるなら、それも悪くないな、と。

「君の言いたいことはわかった、年じゅう晴れてるところに行けばいいんだろ。幸いパスポートも金もここにある。海外で集めちゃいけないなんてルールはないはずだ」
 影がじっと見つめる中、僕はネットで一人分のチケットを予約した。

 翌日、僕はジェット機に乗り、日付変更線を越えた。
 空港でアロハを唱え、ハイウェイを走るバスに乗り込む。窓越しにホテルのジャングルが見えた。
 バスを降り立ち、僕は溢れる太陽光を脳天に浴びて、青空に感傷を投げ捨てた。

「さぁ、思う存分集めるといいさ。ワイキキビーチにもカラカウア通りにも観光客が溢れてる。切り取り放題だ!」
 背後で色濃く縮む影に声をかけた。
 影は僕を見あげてぽつりと呟いた。

「なぁ優、ダイヤモンドヘッドに行かないか?」

 え、

 口を開いた瞬間に、僕は観光客に思い切りぶつかられた。


 頭を振る。


 僕は……どうしてこんな場所にいるんだ。

 一体ここで何をして、

(続く)

#逆噴射小説大賞2021