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『魂のゆくえ』(2017)  ポール・シュレイダー版『生きる』

Reformed Church(改革派教会)は、改革派といっても急進派や進歩主義ではなく、16世紀の改革派、ようはローマ・カトリックから分離したプロテスタントである。アメリカで一番多いのがプロテスタントで、その中でも一般的なのはイギリス発祥のバプテストである。チューリッヒで始まった改革派教会はドイツ系やオランダ系が多いようだ。アメリカの主流派のバプテストでもないし、ヨーロッパ系でも後から来たアイリッシュやイタリアンのようにカソリックでもない。妊娠中絶は反対である。自殺(安楽死や尊厳死)については立場を明確にしておらず、この問題については研究中なようだ。

ポール・シュレイダーは母方がオランダ系、父方はドイツ系である。改革派教会の大学であるカルヴァンカレッジで神学が副専攻だったということで、おそらく両親は彼に牧師になること望んでいたのだろうし、主人公にはシュレイダー自身が投影されているのだろう。

First Reformed Churchは、First Reformedという教派の教会という意味ではなく、その地におけるReformed Churchの第一の教会という意味であり、First Reformed Churchという名の教会はアメリカ各地にある。劇中の教会は1776年に建設が始まったということだから、独立戦争の最中、アメリカ独立宣言が採択された年で、ニューヨークとニュージャージーで戦闘が繰り広げられたころである。

日本ではポール・シュレイダーというと『タクシードライバー』『レイジング・ブル』『最後の誘惑』『救命士』等、「スコセッシ作品の脚本の人」ぐらいに思われがちだが、どちらかというと評論家肌のところがあり、小津安二郎、ロベール・ブレッソン、イングマール・ベルイマンや、溝口健二、成瀬巳喜男の影響を受けている。

画面サイズはいわゆるスタンダード・サイズでサイレント時代の古い映画やアナログ時代のTVと同じアスペク・トレシオ。前半はカメラが全く動かない。パンもしないしズームもドリーもない。ディープ・フォーカス(日本でいうところのパンフォーカス)を多用。ああ、やっぱり小津のスタイルを実践しているんだなと思いきや、重要なところでドリー・ズーム(いわゆるめまいショット)を上手く使っている。これはヒッチコックというよりスコセッシの影響であろう。

アマンダ・セイフリードとイーサン・ホークのサイクリングは、『晩春』の原節子と宇佐美淳のサイクリングのシーンのオマージュ。目が大きいセイフリードの起用からして原節子を意識しているのかもしれない。ビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」はドラッグとトリップ、さらには死後の旅の疑似体験などの意味だったのだろうが、本作品では明らかに性的な願望の暗喩であろう。

気候変動やエコ・テロリズムはテーマではなく、アレゴリーだろう。スーサイド・ヴェストはもちろんイスラム過激派のメタファーなのだが、イスラム教過激派にとって自爆テロは自殺ではなく、ジハード(聖なる戦い)の殉職なので天国へ行けるという論理なのだろう。キリスト改革派教会で安楽死についての答えが出ていないので、主人公は自殺ではなく環境問題に置ける殉職という解決を導き出したのかもしれない。

エンディングは「ヴァーティゴ360度キス・ショット」。これは私が勝手に考えた言葉なのだが、正式名称は「360度パン」だろうか?

『タクシー・ドライバー』との類似性やアンドレイ・タルコフスキー、カール・テオドア・ドライヤーの影響などは、さんざんアメリカの批評家が指摘しているので、その受け売りの解説を日本でしている映画評論家がいるが、日本の映画評論家なら、まず黒澤明の『生きる』の影響に気が付くべきだろう。まあ、英語サイトの切り貼りの解説を日本語でしてるだけで、自分でちゃんと映画観てないんだろうな。



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