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「金のスプーンをくわえて生まれた」世襲議員/(「どこにいても、私は私らしく」#40)

「最後の最後まで分からない」と先輩記者が言っていた通り、韓国大統領選は与野党大接戦、投開票日まで1週間を切って候補者の一本化が発表された。これがどんでん返しになるのか、あるいは有権者の反発を生むのか、本当に最後まで分からない。

韓国では民主化運動によって大統領直接選挙制を勝ち取った歴史もあり、選挙に対する関心が高い。高校や大学に講演に行っても、日本の選挙について質問を受けることが多々ある。高校生から「日本はなぜ世襲議員が多いんですか?」と聞かれ、そんなことまで知っているのかと驚いたこともある。

確かに日本は世襲議員が多い。選挙に必要な地盤(選挙区)、看板(知名度)、かばん(資金)の「3バン」を親から受け継げるからだ。韓国では「金のスプーンをくわえて生まれた」と言う。世襲議員に限らず親の職業や経済力によって生まれながらに階級が決まっているという意味で使われ、金のスプーンの逆は泥(土)のスプーンと言う。朴正煕元大統領と朴槿恵元大統領のように親子で大統領を務めたケースはあるが、韓国では世襲議員は少ない。金のスプーンの政治家にはどちらかというと否定的なイメージがあるようだ。

日本では特に自民党に世襲議員が多く、岸田文雄首相も、祖父、父が衆院議員を務めた3世議員だ。もちろん国会議員は選挙で決まるので世襲議員を支持する有権者がそれだけ多いということでもある。「伝統」を継承するような肯定的な捉え方をしている人も多いのかもしれない。

世襲議員として韓国でよく言及されるのは、安倍晋三元首相だ。祖父の岸信介元首相がA級戦犯容疑で逮捕された経歴のため、韓国では「戦犯の孫」と報じられることが多いが、日本では「総理の孫」のイメージの方が強いのではなかろうか。

安倍首相の森友学園や加計学園をめぐる疑惑などは、韓国では「ろうそく集会」で退陣に追い込まれるような内容だったが、退陣どころか在任日数最長の首相となったのは、岸首相から続くブランドパワーによるところが大きいと思う。

韓国は伝統よりも変化を好む傾向が強い。それは政治に限らない。例えば飲食店。韓国では老舗飲食店は珍しい。新しいもの、流行りものにどんどん店が変わっていく。一方、日本では老舗は老舗というだけで価値を感じる人が多い。

私が大阪でよく行くカフェ「丸福珈琲店」は1934年創業だから、約90年続いている。近年は店舗数が増えてあちこちにあるが、昔ながらの千日前本店が好きだ。文化人に愛され、田辺聖子の小説にも登場する。母がコーヒーが好きで、「若い頃よく行った」と懐かしみながら私も幼い頃からよく連れていってもらった。コーヒーがおいしいのもあるが、レトロな店の雰囲気が落ち着く。

韓国では店が繁盛するとリニューアルして雰囲気を変えたり、店舗を広げたり、変化を加えることが多いが、日本では昔のままの姿を残そうとすることが多い。老舗らしい方が客も好むからだ。

私自身、日本国内で旅行に行っても老舗を探す方だ。長く続いているからにはおいしいだろうという期待もあるし、その地方独特の味があるからだ。長崎に行った時は「九州最古の喫茶店」と言われる1925年創業の「ツル茶ん」に行き、長崎名物という「トルコライス」を食べた。ポークカツ、ピラフ、スパゲティが一皿にのって出てきて、港町の長崎を感じた気になった。

老舗が多いということは、代々継いでいるということでもある。私の高知の知り合いも、両親が営むうなぎ屋を継ぐべく、大学で経営学を学んで、卒業後は東京でうなぎ職人となるべく修業した。驚いたのは、その修業に10年近くかかったことだ。大事な店を継ぎ、維持していくにはそれだけの努力が必要なのだ。

ところが、韓国では飲食店で成功しても、子どもに店を継がせるよりは、勉強して医師や弁護士など違う職に就くことを望む親が多いようだ。老舗が少ない理由の一つのように思う。

日本で伝統が好まれるのは、災害が多いこととも関係がありそうだ。地震や台風など、望まない変化にさらされる。変わらないことに対する憧れのようなものが伝統を尊重することにつながっている気がする。

韓国で日本の政治に関して最もよく聞かれる質問の一つは「日本人はなぜ自民党を支持するのか?」だ。2009年の衆院選では民主党が単独過半数の議席を確保し、政権交代を実現した。自民党政権に対する不満が高まっていただけに、民主党政権への期待は大きかったはずだ。だが、2011年には東日本大震災が起こり、福島原発事故などの対応に失望し、「やっぱり自民党に任せた方がまし」という雰囲気を生んだように思う。自民党ならもっとうまく対応できたのかは疑問だが、心理的に民主党政権と東日本大震災のイメージが重なってしまった。自民党が支持され続けているのは、変化よりも安全運転を願いたい人たちが多いのだろうと思う。ジェットコースターのような韓国の政治を見ていると、変化に対する日韓の違いを実感する。

ヘッダー写真:韓国大統領選候補者のポスター(著者撮影)

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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