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韓国文学の読書トーク#16『アオイガーデン』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間でライターの田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

田中:今回紹介する小説は、いつもとちょっと雰囲気が違います。
竹田:SFっぽい雰囲気を感じる、短編集でしたね。
田中:そして、特徴的なのは人によっては過激だと感じる、グロテスクな表現が含まれているところでしょうか。
竹田:人によっては、手に取るときに注意が必要かもしれません。僕は、日本での2000年代作家たちの作品をちょっと思い出しました。
田中:あの時も人間の身体性とグロテスクな描写を追究した作品がありましたね。
竹田:でも、今回の課題本はちょっと違う感覚もあったので、それを話すのが楽しみです。
田中:というわけで「新しい韓国の文学」シリーズの16冊目となる今回は『アオイガーデン』(ピョン・ヘヨン著、きむ ふな訳)です。

『アオイ・ガーデン』日本語版刊行時に来日された
ピョン・ヘヨンさん(2017年)

竹田:全部で八つの短編小説が入った短編集なのですが、今回は表題作の「アオイガーデン」と「飼育場の方へ」の2作を中心に紹介したいと思います。
(以下、あらすじの説明にはそれぞれの物語の結末も含まれています。)

「アオイガーデン」

田中:まず「アオイガーデン」のあらすじからお話ししましょう。
周囲から隔離された都市にあるアオイガーデンという団地が舞台です。街は疫病に曝されており、感染症を人々は恐れているのでした。家の外に出る人がいないためか、感染症の街が周囲から見放されたためか、アオイガーデンの周辺道路にはゴミの山ができあがり、あたりは悪臭がただよっています。
アオイガーデンの一室に残って生活する主人公のもとに、8ヵ月ぶりに姉が帰ってくるのでした。姉は熱を出して病に苦しんでいるうえに、妊娠していた。隣人に、病気の姉のことを通報され、衛生庁の職員がくるのではないかと心配する日々を送ることになります。現在は治療法の無い感染症の脅威を、社会は恐れているのです。決して安全ではないアオイガーデンに住む彼らの周囲には、いつもゴミがあり、病と死があります。しかし、同時に生命もあるのです。
作中にでてくる病によって侵された体、老いていく体の表現には、死に近づいていく身体ではなく、グロテスクながらも生を歩んでいる身体が描かれているのかもしれません。物語は、疫病が日常となっている彼らが、アオイガーデンを飛び出す超現実的なシーンで物語は結ばれます。
竹田:この話は、SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響で実際に隔離された高層住宅をモデルに書いているって解説にあったけど、今の僕としては、どうしても新型コロナウイルス感染症について、考えながら読んじゃいました。
田中:疫病って、文学のテーマになることがありますけど、見えないものとどのように向き合うのかを考えさせられますよね。
竹田:そういった意味では、普段見ることのない自分の体の中身をなぜかグロテスクだと思ってしまったり、臭いが書かれると途端にリアリティを感じてしまったり、見えないものへの無理解ってどうしてもありますよね。
田中:僕はこの小説を読んで、フィクションを通して見えないものと向き合うレンズが自分の中にあることを感じたような気がします。
竹田:日常生活では、目に見える形に置き換えて、考えることの方が多いもんね。
田中:「アオイガーデン」の著者は、目に見えないものを恐れる人間の心を描いているのかもしれない。
竹田:僕はピョン・ヘヨンという作家を、今回はじめて知りました。不気味の集合体です。
田中:立ち止まって考えてみると、僕たち人間って不気味の塊だと思います。他人のことどころか自分の気持ちすらも良く分からないことがあるし。
竹田:「アオイガーデン」は不気味さから、人間のリアリティに迫る小説なのかもしれませんね。

「飼育場のほうへ 」

竹田:次は「飼育場の方へ」のあらすじを紹介しましょう。
都心から離れた土地に住む男が、主人公。彼は自分で買った家に、妻と子供と認知症の母と一緒に住んでいます。
ある日、主人公の元に1枚の執行書が届くところから物語が始まります。破産してしまったので、今住んでいる家から出て行かないといけなくなってしまう。不安を抱えながらも、彼は高速道路で2時間かけて仕事場と家を往復する生活を続けるのでした。仕事を終え車で長い時間をかけて村に帰ってきた時に、まず彼を出迎えるのは犬たちの鳴き声。どうやら、この村には、犬の飼育場があるらしい。しかし、不思議なことに誰もその飼育場に行ったことのある人はいません。
新しい住居を探そうと決めた矢先に、子供がどこからか現れた大勢の犬に噛まれて重傷を負ってしまいます。子供を病院に運ぼうとするが、病院の場所がわからず、村の人に聞くと「飼育場の方に」あると言います。しかし、その飼育場はどこなのかを尋ねてもはっきりしない答えしか出ません。困った主人公は犬の鳴き声がする方へと車を進めるが、気がつくと見知らぬ高速道路へ。主人公はいつの間にか、子供を病院につれていくよりも、飼育場がどこにあるか気になってしかたなくなってしまい、そこで終わります。
田中:この小説のポイントは、犬です。
竹田:犬ですか。
田中:ここの住民は、犬の飼育場が近くにあることは知っていましたが、どこにあるかまで確かめないんです。鳴き声が聞こえるので不気味ではありますが、大きな被害があるわけではないから確認しない。しかし、突然犬が飼育場から逃げ出して、主人公の子供に危害を加えます。自分には関係ないと、蓋をしていたものが急に目の前に現れて、パニック状態になってしまう。

彼はとりあえず音がする方向へと進んだ。犬はいつもより激しく吠えたてている。犬が四方で鳴いているので、北に行けば飼育場は南ではないかと思え、右に曲がれば左折しなければならなかったのではないかと思えた。彼は腕の動きにまかせてハンドルを回した。犬の鳴き声に近づいたような時もあれば、かすかに消える時もあった。こんな状態でなかったら、真っ先に飼育場を探し出したかった。子どもを噛みちぎった犬は飼育場のやつらに違いない。鉄の檻に入れられた犬の尻を力いっぱい殴りつけてやりたかった。しかし、飼育場の犬ではないかもしれない。どの村にも捨てられた犬はいるはずだ。捨て犬は飼育場の犬よりずっと凶暴かもしれない。そんなことを考えているうちに、彼は自分が探しているのが飼育場なのか、子どもを治療するための病院なのか、それとも子どもに噛みついた犬なのか、だんだん分からなくなってきた。

『アオイガーデン』p173より抜粋

竹田:なるほど。確かに、そういうものって僕たちの生活にもありますよね。災害とか病気とか。
田中:病気のことばかり考えていたら日常を送ることができなくなるので、普段は考えないようにしてしまいます。でも、そういうことに急に直面すると慌ててとんでもない判断をしてしまったり、現実を受け止められず逃避したりしちゃう。
竹田:この小説では、最後に主人公は子供のために病院を探しているはずが、飼育場の場所を見つけることが自分にとって一番大切なことだと思い込んでしまう。混乱している状況を、うまく描いていますね。
田中:読む人によっていろんな状況に置き換えて、考えることができるのもいいところですね。

「紛失物」

竹田:もう1つ話していいですか?「紛失物」を紹介したいです。
田中:特別ですよ!
竹田:「紛失物」は、この短編集の中では比較的穏やかな作品でしたね。主人公が大事な書類が入ったカバンを無くして右往左往する話です。カフカ的な話です。
田中:他の作品よりは、グロテスクな描写はなかったですが、これもかなり奇妙な話ですよね。
竹田:この小説では、同僚の顔が思い出せなくなっていくという話がありますけど、我々が生きている世の中ってなんとなく、うまく回っているようにみえて、歪なものが相当紛れているんでしょうね。
田中:だから、僕たちのようにカフカ的なものに共感しちゃう人がいるんでしょうね。そういえば、カフカ的って自然に使っていますけど、補足してください!
竹田:自分が何も悪いことをしていないのに不幸な目にあったり、現実では起きないような絶望的な状況に追いやられたりするような、カフカの小説によく描かれる不条理や理不尽な状況についてですね。詳しくは『城』や『変身』『審判』などを読んで体験してください!

竹田:今回も読書会で盛り上がりましたけれど、残念なお知らせがあります。
田中:僕たちの連載は、今回でいったん最後になります。
竹田:韓国文学に詳しくない2人が、その魅力を発見していく読書会の様子をお届けしてきましたけれど、楽しかったですね。
田中:たくさんの読者の方に「面白かった!」と反響いただいて、嬉しかったですね。
竹田:僕たちはこれからも様々な韓国文学を読んでいこうと思います。
田中:冊子を作ったりもしましたし、そういうこともやっていきましょう。
竹田:今度、人を集めて韓国文学の読書会をやりたいですね。

(その後、これから一緒に読む韓国文学を探しに行く2人であった)

本連載から生まれたZINE『紙の読書会〜韓国文学編1〜』

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◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学16『アオイガーデン』
(ピョン・ヘヨン=著/きむ ふな=訳)
グロテスクでありながら美しく、目を逸らしたくとも凝視せずにはいられない――容赦ない筆致で迫りくるピョン・ヘヨンワールドの傑作選。
狭いマンホールで身を隠して暮らす子どもたち(『マンホール』)、渓谷で行方不明になった妻のものとおぼしき遺体の確認をする男(『死体たち』)、マイホームを取り囲む不穏な犬の鳴き声(『飼育場の方へ』)ほか、表題含む短編8作を収録。李箱文学賞を受賞した作家による、鮮烈な短編集。
ISBN:978-4-904855-68-3
★ためし読みはこちら

…………………………………………………………………………………………………………………………◆PROFILE
田中佳祐
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。単著『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)。共著『読書会の教室』(晶文社)。文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)編集員。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。
https://twitter.com/curryyylife

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
・双子のライオン堂・公式サイト https://liondo.jp/
・双子のライオン堂・YouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UC27lHUOKITALtPBiQEjR0Dg/videos


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