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魔法のような韓国の「スペック」(「どこにいても、私は私らしく」#4)

曺国(チョ・グク)元法相の家族の不正疑惑が韓国で話題になっていた頃、特に若い世代が失望と怒りを感じていたのは、「息子や娘の入試に関する不正」の部分だった。「機会の平等」「過程の公正さ」を強調してきた文在寅政権なだけに、支持してきた若者たちは裏切られたと感じたようだ。

私はこの一連の問題を見ながら、2018年11月から2019年2月にかけて放送され、社会現象となったドラマ「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」を思い出した。韓国での放送後、このドラマを日本でも知ってもらいたいと、紹介する記事を書いたが、ある日本人から「韓国の熾烈な受験戦争の現実を知らなければ、このドラマはよく理解できないと思う」と言われた。韓国で「SKYキャッスル」が人気だったのは、韓国の現実を指摘している部分で共感が生まれたからであり、日本の現実とはかけ離れているため、ドラマに入り込めないだろうというのだ。

私自身は子どもがいないが、周りの韓国の知人たちから聞く話でも子どもの教育にかける費用は日本と比べ物にならないほど高い。さらに「SKYキャッスル」を見て驚いたのは、お金の力で大学入試を突破する人たちがいることだ。お金を使って学力を上げるのであれば、まだ分かる。貧しくても努力すれば学力をつけて合格する道が残されているからだ。問題は、不透明な入試制度だ。「SKYキャッスル」では、「入試コーディネーター」という存在が注目された。入試コーディネーターは、学力を上げるのみならず、ボランティア活動や生徒会長の選挙など、入試にまつわるあらゆる面で生徒をコーディネートする。もちろんドラマゆえ、誇張もあるだろうが、現実にも似たようなことは起こっているという。

ここで冷静に考えてみたいのは、生徒会長に当選することと、ソウル大学医学部に合格することと、どういう関連があるのだろう。生徒会長当選が大学入試で評価されるとすれば、選挙によって他の生徒たちに支持されるような人物、例えば生活態度やリーダーシップなどが認められたということだろう。それは肯定的な評価にはつながるだろうが、医学を学ぶうえで特別必要な能力なのかは疑問だ。

ドラマの中でそうであったように、親の経済力によって生徒会長に当選させられるなら、それは大学側が親が金持ちの生徒を入学させているようなものだ。このような入試制度は不公平なだけでなく、結局は社会にとって不幸なことだ。なぜなら、患者のことよりも自身の出世に執着するような医師を生み出すからだ。ドラマでは高校生たちの受験戦争を描きつつ、その親である医師たちの出世争いも描かれていた。

日本でも「スペック」という言葉を使わないわけではない。ただ、韓国ほどよく使う言葉ではない。スペックが本当にその人の実力を示すものであればいいが、必ずしもそうではないと思う。

元ソウル特派員の朝日新聞の先輩から聞いた話だ。「韓国で講演の依頼を受ける時、必ずと言っていいほど、主催側から大学院は出ていないのかと聞かれる。日本ではまず聞かれない」。元ソウル特派員の朝日新聞記者に講演を依頼する時、聞きたい話は、特派員としての、あるいは朝日新聞記者としての経験や考え、情報などであって、その記者が大学院を出たか出ていないかはあまり重要なこととは思えない。そう思って韓国の友人に話すと、「それでも聞く人の立場になれば、大学院ぐらい出ていた方が講演する人としてふさわしいと思う」と、言われた。

韓国のスペック重視は行き過ぎと思うことがある。スペックはその人の一部を知る手がかりにはなっても、それがすべてではないはずだ。

私はソウルの東国大学日本学研究所で在日コリアンに関する研究プロジェクトに参加している。そのプロジェクトの一環で在日コリアンの当事者を講師として招請することがよくある。ところが、講演が終わって講演料支給の手続きを進めるなかで、大学側から「講師はどこの大学、大学院の出身なのか」と聞かれ、それを調べて提出すると、「この学歴では支給は難しい」と言われることがある。講師として招請するのは、在日の実業家だったり、俳優だったり、その職業は様々だ。研究者として招請しているわけではない。研究者は聞く側だ。こんな理不尽な出来事に遭遇するたび、韓国でスペックは本質を見失う「障害」にすらなっていると感じる。

曺国元法相がお金や権力を利用して子どもの大学入試に影響を及ぼしたとすれば、それは問題だ。だが、これが政治的イシューとして与野党の勢力争いのネタで終わるのは残念だ。不透明な入試制度やスペックを重視し過ぎる社会についても振り返る機会になればいいのに、と思う。

(写真:ドラマ「SKYキャッスル」で主人公の教育ママを演じるヨム・ジョンア(左)と、入試コーディネーターを演じるキム・ソヒョン=JTBC提供)

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。




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