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韓国文学の読書トーク#02『楽器たちの図書館』

クオンの「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載「韓国文学の読書トーク」。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さんです。お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

田中:みなさんこんにちは。本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。
竹田:今日は雨だからお客さんが来ませんね。
田中:そういえばお店にギターを飾ってましたよね。誰もいないから一曲弾いてくださいよ。
竹田:心臓の鼓動が早くなるので、やめておきます。
田中:というわけで、今回紹介するのは、「新しいの韓国文学」シリーズの2冊目『楽器たちの図書館』(キム・ジュンヒョク、波田野節子/吉原育子訳)です。

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田中:じゃあ、竹田さんあらすじを教えてください。
竹田:今回の本は、表題作「楽器たちの図書館」を含め8つの作品が収録されている短編集です。個別のあらすじは、語れないですが全ての作品が音楽をテーマにしています。冒頭に作者から「この短編集は僕らからみなさんに贈る録音テープです」という言葉があります。
田中:僕たちにとっては、テープよりMDの方が馴染みがありますね。
竹田:MDって、若い人に伝わらないよ!

カセット

『楽器たちの図書館』掲載、著者キム・ジュンヒョクさんによるイラスト。曲目のように書かれているのは本作に収録されている短編のタイトルです。
SIDE A:自動ピアノ/マニュアルジェネレーション/ビニール狂時代/楽器たちの図書館
SIDE B:ガラスの盾/僕とB/無方向バス/拍子っぱずれのD

田中:一見、音楽と関係の無い作品も入っているように見えますが「時間と共に変化していく芸術」として音楽をとらえるならば、全ての短編が音楽的だと思います。

竹田:前回とちょっと紹介の仕方を変えて、お互いが好きそうな作品を予想してみるのはどうですか?
田中:そうしましょう。僕は竹田さんが好きな作品をぴったり当てる自信がありますよ。
竹田:お手並み拝見ですね。

田中:竹田さんからいきましょう。
竹田:はい。何個か候補があるので迷いましたが、田中さんが好きなのは「マニュアルジェネレーション」じゃないですか。でも、田中さん、天邪鬼だから正解でも変えそうだなぁ。
田中:そんなズルしませんよ。なんで僕が好きそうだと思ったんですか?
竹田:話の内容としては、マニュアル(説明書)を作る会社が舞台です。自社の商品ではなく、他社の商品のマニュアルを書いている。主人公はマニュアル作りを創作じゃないと言っていて、彼は発掘に近いと思っている。考古学者と表現します。けど、僕はこの人を芸術家、特に彫刻家みたいだなと思った。実際、そのマニュアルでお客さんを感動させます。田中さんはボードゲームの説明書を読んだり、最近では書いたりしているので、この主人公の気持ちがわかったりするのかなと思いまいました。
田中:竹田さん自身は、この作品が好きでしたか?
竹田:かなり好きでした。僕が面白かった点は、マニュアルを作る会社という設定が、まず面白くて。調べたら実際にあるみたいだけど、あまり想像したことがなかったんです。他人が作ったモノの説明書を作るという行為に、すごく興味をひかれました。さらに、そこからマニュアルに特化した雑誌を作って・・・・・・という展開が胸熱でしたね。僕も文芸誌を作っているからかな。田中さん、1番好きな作品でしたか?
田中:半分正解です! 僕が一番好きな作品は、この「マニュアルジェネレーション」と「自動ピアノ」の2作が同率で1位です。
竹田:2つあるなんてずるい!「自動ピアノ」と最後まで迷ったんだよ。両方言っておけばよかった。
田中:1番が1つだなんてルール、マニュアルに書いてありましたっけ?
竹田:ぐぬぬ。
田中:竹田さんが予想した通り、僕も説明書を書く仕事をしているので、とても面白い作品でした。でも、主人公のキャラクターはちょっと”気に入らない”です。
竹田:意外ですね。
田中:僕は小説に出てくる”気に入らない”キャラクターが大好きです。小説の中だからこそ、好きになれる人物でした。人間臭くて面白い。
竹田:小説の良さですね。
田中:物語的なキャラクターなんだけど、一方で本当に僕の友達に似てる人がいる気がする。この作品の魅力は、言葉にならないものを言葉で表現することをテーマにしているところです。説明書は相手を思いやって作らないと機能しません。文法が間違っていないとか、文章の段落分けが読みやすいとか、図が入っているとか様々な工夫が必要だと思いますが、それ以上に読んでいる人の状況や背景について思いを馳せなくてはなりません。
竹田:子供向けのオモチャと大人向けの家電では書き方が違いそうですね。
田中:通常、マニュアルというのは不特定多数の人に向けて書かれます。本作でもそうなのですが、物語のクライマックスで特定の人物に贈られるマニュアルが出てきます。この対象の変化がとても面白いと思いました。限られた人に対して書かれたマニュアルとは、どんなものなのか想像すると楽しいです。そんなマニュアルを書こうとしている主人公の気持ちに自然と寄り添える場面だと思いました。
竹田:あの場面いいですね。小説のその後も気になります。ふと、佐藤友哉の小説『1000の小説とバックベアード』を思い出しました。この中で、大衆向けの物語を書く小説家と対になる会社に雇われて個人に向けて物語を書く「片説家」というのが出てきます。ある文章を誰に向けて書くか、というテーマが少し重なる気がしました。
田中:読んでみようかな。

田中:今度は僕の予想ですが。竹田さんの好きな作品は「ガラスの盾」だと思いました。
竹田:どうですかねー。まずは作品の紹介をしてもらえますか。
田中:物語の主人公は仲良し二人組です。彼らは就職活動の面接にも二人組で挑んでいます。ある日、忍耐力を示すために披露した、絡み合った糸をほぐすというパフォーマンスが惜しくも失敗に終わります。悔しさを解消するため、地下鉄の中で糸をほぐし車内でその成果を披露しているところをネットにアップされます。そこから彼らはアーティストと誤解され”街角の芸術家”としてまつりあげられていくのでした。
竹田:この作品のどんなところが、僕が好きそうだと思ったんですか?
田中:竹田さんは就職に苦労した上に、ブラック企業に勤めていた経験があるので社会の価値を転倒させる作品が好きなんじゃないかなと思いました。主人公たちは後付けで、就活の失敗を芸術表現だということにして世の中に発信します。不自由な就活を自由な表現として社会を騙すような表現があったり、自由だと思った芸術が不自由に報道される描写があったり、コミカルな作品だけどブラックジョークが効いている。竹田さんの人生にも重なる場面がたくさんあるなと思いました。
竹田:くー。多分、当たり(笑)
田中:多分ってどういうことですか。
竹田:僕ね、この作品集。めっちゃ気に入ったんです。小説に夢中になっていた高校、大学時代の感覚が呼び起こされた。絲山秋子とか舞城王太郎とか柴崎友香とか町田康とかを読んだ時の興奮を感じたんです。なので、ギリギリまで1番を決められなかったんですが、田中さんの一押しで決まった。
田中:そんなにこの短編集好きだったんですね。「ガラスの盾」はどんなふうに読みましたか?
竹田:主人公二人の関係性が面白かったですね。依存関係と言えますが、ただ馴れ合っていないようなバランスの良さが、読んでいて心地よかったです。あとは、ある種のくだらない発想にリアリティを持たせる書き方もすごく好きでした。これは作品集全体に言えることですね。
田中:表題作の「楽器たちの図書館」とかもそうですね。
竹田:僕は現実にありそうでない仕事が出てくる小説が好きなんです。

***

田中:まだまだ雨は止みそうにないですね。
竹田:お客さんも来ないかなぁ。
田中:二人で1曲作りましょうかね。
竹田:この連載のテーマ曲を思いつきました。
田中:早い!

(その後、本屋にギターの音色が響きわたるのであった。)

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◆PROFILE
田中佳祐

街灯りとしての本屋』執筆担当。東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。企画編集協力に文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。『街灯りとしての本屋』構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂 公式サイト https://liondo.jp/

◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学02『楽器たちの図書館』
キム・ジュンヒョク=著/波田野節子、吉原育子=訳
ISBN: 978-4-904855-04-1
刊行:2011年11月

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