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四季の名物 平壌冷麺/金昭姐


 心地よい春風の吹く3、4月。眠っていた牡丹台(平壌の牡丹峰に位置する楼閣)では、木々が芽吹き、枝々に花が咲く。長くなった日についつい浮かれ、疲れた足を大同門(平壌城内城の東門)前の2階建て冷麺店へと向ける。大同江(平壌市内を流れる川)の清流に一日の疲れを流し、なみなみとした一杯の冷麺で空腹を癒す!

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(平壌の大同江)

夏 
 大陸の影響から夏の熱気にむせ返る平壌。とりわけ暑さの厳しい日に、こぶし大の氷と、ぐるぐる巻きの麺を、真っ白な平鉢に放り込む。氷で暑さを退け、カラシと酸味で倦怠感を振り払おう!


 数年ぶりの懐かしい友人を平壌に迎える。綾羅島(平壌市内を流れる大同江の中州)のヤナギ越しに月光を浴び、気心の知れた間柄ゆえの積もる話に花を咲かせる。冷麺の長さと切れにくさは、あたかも我らの友情を物語るようである!


 我が国の人が外国でキムチを恋しがるように、平壌の人が他地域で思い出すのは冬の冷麺である。ぼたん雪がしんしんと降る夜。部屋の中には、縫いものをしながら昔話をしてくれる母の声が、静かに、静かに響く。ついうとうとと、目の前の文字ひとつが二重三重になって、母の声もか細く遠ざかってゆくとき。

「茹であがったよ」

 という景気のよい声とともに、部屋へと運ばれてくるのは冷麺だ。キンキンに凍ったキムチをつつき、溶けた汁と薄氷を麺に絡めて、ひとすすり、ふたすすり。思わずぶるっと震え、オンドル部屋の炊き口側へと急ぐ、あの味!

 平壌冷麺の味を知らぬものよ、想像できるか!

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(平壌「高麗ホテル」の冷麺)

                     金昭姐-『別乾坤』1929.12

<訳者解説>
いまでこそ夏のイメージが強い多い冷麺だが、もともとは冬の味覚であった。1849年に書かれた『東国歳時記』(洪錫謨著)には、陰暦11月の季節料理として冷麺が紹介されており、中でも関西地方(平壌)のものをもっともよいとしている。寒い時期ではあるが、室内はオンドルが効いて暖かく、空気が乾燥する季節でもある。晩秋に収穫した新そばの麺を、キムチの汁と絡めて食べる冷麺は、平壌の冬を象徴する格別のご馳走なのだ。

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翻訳者:八田靖史
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、企業向けのアドバイザー、韓国グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『目からウロコのハングル練習帳』(学研)、『韓国行ったらこれ食べよう!』(誠文堂新光社)ほか多数。最新刊は2020年3月刊行予定の『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」(http://kansyoku-life.com/)、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。


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