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車に携帯番号残す韓国 名刺にも載せない日本(「どこにいても、私は私らしく」#2)

引っ越しをした。引っ越し先の家を探すなかで、韓国と日本の文化の違いを改めて実感した。

一つは、韓国ではまだ住んでいる家に上がって、家の中の隅々まで見せてくれることだ。日本でも何度も引っ越しを経験したが、前の人が住んでいる家に入ったことは一度もない。すでに前の人が出た家には入って見せてもらうが、まだ住んでいる場合は、写真や見取り図だけで決めることになる。私が賃貸物件ばかり住んでいたからかもしれない、と思って周りに聞いてみたら、売買の時には住んでいる状態で見せることがあるという。事前に日時を決め、見られてもいい状態にしたうえで入ってもらうそうだ。

私が驚いたのは、韓国では、不動産業者が住んでいる人に「入って見てもいいか」という電話を訪問直前にするということだ。家にいれば大抵はOKで、入れてくれる。すると、ご飯を食べている最中だったり、パジャマのような恰好のこともある。日本では家族以外には見せられない状況だが、あまり気にしていない様子だ。

ほかにも、韓国と日本ではプライバシーに関する意識がかなり違うと感じることがある。例えば携帯電話の番号だ。日本では携帯番号は他人に簡単には教えない個人情報の一つだ。名刺に携帯番号がない人も多い。会社の固定電話やメールアドレスでやりとりするのが普通だ。会社よりも外にいる時間が多い新聞記者の場合は携帯番号を名刺に書くが、それも会社貸与の携帯だ。
ところが韓国では、映画監督や俳優が気軽に個人の携帯番号を教えてくれることも少なくない。こちらから聞かなくても、だ。日本の新聞社で文化部記者をしていた時にも監督や俳優に会う機会は多かったが、マネージャーや広報担当者の番号は聞いても、本人の番号を聞くのは失礼だと思い、よっぽど何度も会ったり親しい間柄にならない限りは聞かなかった。訃報など急に連絡を取る必要がある時に携帯番号が分からず困ったことは少なくない。韓国ではそんな時、知っていそうな人に連絡すれば本人に断ることなくあっさり教えてくれる。

携帯番号は特に隠すべきものではないらしい。韓国で車の前をよく見ると、多くの車がフロントガラス越しに携帯番号を見えるように置いている(書いている)のに気付く。日本の人は「何のため?」と首をかしげるだろう。韓国では駐車スペースが確保されていないことが多く、道端に止めるのが日常茶飯事だ。「どうやって出るの?」と目を疑うような縦列駐車を見かけることもしばしば。出られない時には、フロントガラス越しに提示された携帯番号に電話をかけ、「車を動かしてください」と言う。主にそのためのものだ。

知らない人に自分の携帯番号を公開するなんて……。最初は信じられなかったが、私自身が車を買った時、周りから「携帯番号を車に残すのはマナー」と言われ、それ専用の携帯番号を表示する置物をプレゼントされた。実際、前後左右の車が出にくいような場所に止めざるを得ないことが多く、そんな時、電話がかかってくれば動かして止め直す。慣れればなかなか合理的だ。
長く住めば、すぐに親しくなって個人的なことをオープンしてしまう韓国式が心地よく感じることもある。個人レベルでは日本人だからという理由で嫌な思いをすることもほぼない。むしろ関心を持って接してくれる人の方が多い。

日本で「韓国が嫌い」と言う人の中には、韓国に行ったことがない、韓国人の直接の知り合いが一人もいない、という場合が多いようだ。日本で韓国に関する報道は政治や歴史問題に偏りがちで、否定的な内容が多く、韓国人は日本人が嫌いだと思い込んでいる人もいるぐらいだ。

私が留学している間にと、夫と夫の両親が済州島に旅行に来た時のこと。夫と夫の母は何度か韓国へ来たことがあったが、夫の父はまったく初めての韓国だった。行く先々で日本から来たと言えばサービスしてもらえたり、より親切にしてもらえることが多く、「みんな優しいね」と驚いていた。想像していた韓国とは違ったようだ。初めて食べる韓国料理も口に合ったのか、毎回「おいしい」を連発しながら完食した。帰国の飛行機に乗る前から「また来たい」と言い出したほど。百聞は一見に如かず。直接経験するのが一番だ。

夏休みには私が日本へ帰れないほど、たくさん日本から友人、知人が韓国へ旅行に来た。それを横目に韓国の友人たちは「旅行社作れば」と笑う。「お金にもならないのに、時間がもったいない」と。だけども私が韓国にいることで、韓国に来るきっかけができて、直接韓国を経験してもらえるなら、それで十分だ。好きになるのも嫌いになるのも、まずは直接経験してみてほしいと思う。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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