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韓国文学の読書トーク#06『設計者』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

田中:みなさんこんにちは。今月も本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。
竹田:2021年のノーベル文学賞が発表されました。
田中:今年も僕たちの予想ははずれました。残念……。
竹田:ほんと、小島秀夫監督はいつ獲るんですかね。
田中:「メタルギアシリーズ」はゲームですけど、これは文学ですから。
竹田:文学ですよ。世界的に知られてます。
田中:1人の戦士が、巨大なシステムに立ち向かうストーリー。平和についての話でもあります。
竹田:我々はいたるところでノーベル文学賞、間違いなしだと推してるんですけどね。
竹田:「メタルギアシリーズ」の話をしましたけど、今回はエンターテインメント性の高いハードボイルド小説のエッセンスがつまった文学でしたね。
田中:「007」とかスパイ映画のイメージも浮かびました。物語の形式やテンポが良くて上質な娯楽映画を見る気分で読めました。というわけで、今回紹介するのは「新しいの韓国文学」シリーズの6冊目『設計者』(キム=オンス著、オ・スンヨン訳)です。

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韓国語原書書影。帯に「全世界20カ国余りの読者を虜にした、独創的なスリラー」と書かれている通り、日本語だけでなく英語、中国語、フランス語、スペイン語、トルコ語、チェコ語、ポルトガル語、ロシア語・・・・・・など、様々な言語に訳されています。

竹田:じゃあ、いつものように、あらすじから紹介しますか。
田中:主人公は"ゴミ箱から生まれた"レセン。幼い頃に両親に捨てられて、孤児院で育ちます。ある日、狸おやじの養子になるのですが、連れていかれた「犬の図書館」で暗殺者として育てられることになるのでした。違法に殺害された死体を火葬するペット葬儀屋のひげ面や友人でもありライバルでもある凄腕の暗殺者チュなど、レセンの周囲には汚れた仕事を生業とする人たちがいます。
そして、彼らを動かしているのは”設計者”と呼ばれる暗殺計画を指示する者たち。設計者は姿を見せず封筒だけを暗殺者に送りつけ、政治家やマフィアなど権力者にとって都合の悪い人物を次々に消していきます。
犬の図書館には、それはそれはたくさんの”設計”の依頼が届きました。しかし、それも過去の話。犬の図書館がオープンした1920年、日本の植民地時代、警察の統治が終わった頃の時代に比べれば、暗殺の価値も低くなってしまいます。古い本と古い時代の価値観が詰め込まれた図書館で暗殺の依頼を受けるレセンは、いったい何のために誰のために”仕事”をするのでしょうか?というストーリーです!
竹田:図書館が暗殺者のアジトなのかっこいいですね。
田中:”誰もこない”図書館っていうのが特にいい。
竹田:狸おやじが書見台で「ブリタニカ百科事典」を朗読してるというキャラクター設定もいい。
田中:狸おやじが定期的に図書館から本を間引いて、庭で燃やしてるシーンもいい。
竹田:燃やされる寸前の本を、主人公のレセンが持ち帰っていくのもいい。レセンは文学作品をたくさん読んでいるし、本好きは彼のことを好きになる。
田中:とにかく、映えるシーン、かっこいいセリフ回し、アイテムのオシャレな出し方、面白かった。
竹田:これらは言ってしまえばテンプレとも言えるんだけど、バランスがいいから全部心地いいんだよね。
田中:読者サービス満載の小説です。

田中:今日は分析的なことはそんなに考えずに、面白い!と思ったところを話していきましょう。具体的に好きなシーンはありますか?
竹田:暗殺者だった主人公が、仕事で失敗をしてしまって身を隠した先で、工場で働くことになった話。
田中:あそこは、寅さんだよね。
竹田:どういうこと?
田中:王道じゃん。傷ついた主人公が、束の間の休日を過ごして自分の人生を考えるシーン。「007シリーズ」にもあるし。
竹田:あーはいはい。一瞬「この生活も悪くねぇか」と思うけど、結局普通の生活は出来ないことに気がつく。平和な生活を捨てて、何も言わずに元の闇の生活へ戻っていく。

田中:本の話をするシーンは全部好き。
竹田:主人公がドストエフスキーの『悪霊』を読んでて、それについての描写が「限りなく分厚く、限りなくつまらない小説だった」ってとこね。
田中:彼女に面白いか聞かれて、名前が長いひとばかりの本が面白いはずない、って。
竹田:読者は、じゃあなんで読んでんだよ、って思った途端、彼女もそういう。
田中:そしてさらにひとこと。
竹田:「なんの意味もないよ。君がお笑い番組を見るのと同じさ」ってね。
田中:そう!
竹田:このベタなやり取りが最高。

田中:
他にも好きなシーンがあって、後半に出てくる戦闘シーンが好きです。
竹田:ネタバレになっちゃうからキャラクター名は言わないけど、めちゃくちゃ強い敵と戦うところとか?
田中:ナイフでの戦闘シーンは、中二病感満載で最高。映画の格闘シーンのようにしっかりと、尺をとって書いてくれているのでたっぷり楽しめる。

竹田:レセンが、ちょっと現実的じゃない成長をみせるのも、マンガの展開みたいでカッコイイですよね。カッコイイといえば、ハードボイルド小説らしくセリフ回しも良いですけど、好きなセリフはありますか?
田中:たくさんありすぎて困っちゃいますね。レセンが本を読んでいることに腹を立てる狸おやじのセリフが、大好きですね。「本を読めば、恥と恐怖まみれの人生を生きることになる。それでも本を読むつもりなのか?」というセリフ。僕が年を取って、イジワルな白髭のジジイになったら近所の子供たちに言ってみたいセリフ、ナンバーワンですね。

レセンは破裂しそうな涙をやっとの思いでこらえ、もう一度言った。本当に絵本を見ながらひとりで文字を学んだのだと。それは事実だった。レセンは二十万冊の蔵書が所狭しと並んでいる、暗くて迷路のようにくねくねした狸おやじの図書館で、やっと自分が読めそうな本を探し出しては(それは黒人奴隷が登場する、アメリカンコミックの焼き直しの漫画や安っぽい成人雑誌、キリンやサイなどの動物が出てくるお粗末な絵本なんかだった)、文字と絵を照らし合わせながら、独学で文字の原理を悟った。(中略)狸おやじは足を引きずりながら戻ってきて、あいかわらず疑わしい目つきでレセンの顔を窺った。そして、レセンが手にしていた『ホメロス物語』を奪い取った。それから長い間、本とレセンの顔をかわるがわる見つめていたが、やがて口を開いた。

 「本を読めば、恥と恐怖まみれの人生を生きることになる。それでも本を読むつもりなのか?」

                         (『設計者』P48)

竹田:僕が好きなセリフは、冒頭の老人と犬が出てくるストーリーで、主人公が「炎が美しいですね」っていうと「本当は灰のほうがずっと美しいんだよ」と老人が返すところかな。こういうセリフをストックして実人生で使っていきたい。
田中:現実で僕らが言ったら、かなりダサいけどね。
竹田:それがいいんじゃないの。
田中:老人は元大佐なんだけど、映画になったらモーガンフリーマンあたりがやるね。いや、もうやったことあるよ。
竹田:確かに、見たことある気がする。映画化は、まだされてないからそんな記憶無いはずないのに。
田中:普通だったら、作品を読んでいるときの既視感ってマイナスに働くことが多いけど、この作者の書き振りなのか、定番の展開を期待しながら読んでいっちゃいます。
竹田:王道が心を癒すときもあるよ。
田中:王道ばかりかと思うと、それを批評するようなセリフも出てきたりして、とてもバランスのいい小説だった。

竹田:レセンが本をめっちゃ読んでいるのがいいよね。
田中:ソフォクレスに、『悪霊』『ホメロス物語』『ペスト』『木のぼり男爵』とたくさん出てくる。
竹田:『不思議ホッキョクグマ』というタイトルの本も出てくるけど、これは検索しても出てこなくて、作家名まで書いてあるけど、著者の作り話なのかな? 未邦訳なだけかもしれないけど。
田中:僕は作り話なのかなって思って読んでいたよ。

田中:結構分厚い本だけど、すごく面白いから夜に1章ずつ読むのいいんじゃないかな。
竹田:それは無理だと思うよ。
田中:どういうこと?
竹田:面白すぎて朝まで止まらないよ
田中:たしかに!

竹田:あれ?田中さん、いま窓の外で何か光らなかった?
田中:我々、狙われているかもしれないですね。
竹田:心当たりが指の数じゃ足りないですね。
田中:とりあえず、本棚の扉を開けて、奥に隠れましょうか。
(双子のライオン堂書店にある本棚の隠し扉を開き、そこへ逃げる2人であった)

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BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学06『設計者 』

キム・オンス=著/オ・スンヨン=訳
ISBN:978-4-904855-16-4
刊行:2013年4月
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◆PROFILE
田中佳祐
『街灯りとしての本屋』執筆担当。東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。企画編集協力に文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂 公式サイト https://liondo.jp/


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