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韓国文学の読書トーク#13『アンダー、サンダー、テンダー』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間でライターの田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

竹田:突然ですが、田中さん、「子猫をお願い」って映画を観たことありますか?
田中:え? これから韓国文学の紹介をするのに映画の話から始まるんですか?
竹田:韓国の若い学生たちの群像劇です。この映画は、少女たちが大人になっていく過程で、厳しい現実を受け入れながらも少しずつ前を向いて生きていくことをテーマにしています。
田中:あ! 今回の課題本は、少年少女たちが主人公だからこの話をしたんですね!
竹田:意図をそんなに詳しく説明されたら恥ずかしいよ。
田中:というわけで「新しい韓国文学」シリーズの13冊目となる今回は、瑞々しくも残酷な青春をテーマとする『アンダー、サンダー、テンダー』(チョン・セラン著、吉川凪訳)です。

『アンダー、サンダー、テンダー』書影。
初版はピンクでしたが、2刷でブルーに変わりました。

竹田:まずは、あらすじの紹介をしましょう。
田中:その前に、今回はちょっと注意事項があります!
竹田:そうでしたそうでした。今回の紹介は、読む人によっては「ネタバレ」だと思うかもしれない内容を含んでいます!
田中:僕たちはこれを話すことで、作品を読むときの楽しみが少なくなるものではないし、むしろ読みたくなる内容だと思うので話しますが、「ネタバレ」にすごく気を付けている人は、まだ読まない方がいいかもしれません。
竹田:そんな人は『アンダー、サンダー、テンダー』を読み終えてから、また戻ってきてください! それじゃあ、田中さん改めてあらすじをお願いします。
田中:小さな料理店で生まれた主人公の「私」は、ガイコツのイラストがついたTシャツを愛用する女子高生。北朝鮮との国境線に接する坡州 パジュ市に暮らす彼女は、6人の友人と共に、本数の少ないバスで学校に通っています。
彼彼女らの青春期と、6人が大人になってからのエピソードが、「私」の撮影した映像記録と共に描かれます。青春期に「私」が友人ジュヨンの兄ジュワンに恋をする話やビートルズや映画の話。過去の記憶をゆっくりと思い起こすような方法で書かれているこの小説には、大きな暴力を抱えて生きることが重要なテーマになっています。
物語の中盤では「私」の大切な人が、理不尽な出来事により殺されてしまいます。「私」が映像によって記録している日常とはいったい何なのか、日常を壊す暴力に触れてしまった人々はその後の人生をどのように歩んでいくのか、グレープフルーツのように苦くも甘く、瑞々しい日々を描く作品です。

竹田:序盤から嫌なことが起こっているんだろうなという予感があるけど、僕が思っていた以上に理不尽なことが起こって一旦やめちゃった。
田中:この作品を読んだ時に、暴力と死を強く意識しました。
竹田:物語の舞台も軍事的に警戒心の高い地域ですし、主人公たちの住む町では悲しい事件が起きてしまいますね。
田中:小説を読むと、僕はいつ死んでもおかしくない身体を持っていて、暴力にさらされるかもしれない社会に生きてるって考えることがあります。
竹田:いつか自分もぱっと死んじゃう。普段は忘れているけど。
田中:そう、青春の頃って小説を読まなくても、毎日、死んじゃうかもしれないってことに怯えてたような気もする。
竹田:大人になると生きてることが当たり前になっちゃうけど、子供の頃は生きていることそれ自体を考えながら生活していたような気がします。
田中:だからこそ、っていう訳じゃないけれど、この小説の青春時代のエピソードは、当たり前のことがとても大切な思い出として描かれていると思います。
竹田:好きなシーンとかありますか?
田中:僕はポップコーンのシーンが好きですね。

家からちょっと離れると、ジュワンが手を握ってきた。走ってきた私の手は熱く、家の中にいたジュワンの手は冷たかった。バスを待つ間、二人の手は生温かくなった。これが熱伝導なのだ。私は理科の実験に成功した小学生のようにうれしかった。
バスの中でジュワンは、塗装が剥がれかけてまだらになったバスの壁に側頭部を預けてうとうとしていた。眠っていても手を離さなかったから寂しくなかった。二人とも夜明けまで起きていたのに、私は全然眠くなかった。映画を見る時も、この完全な覚醒状態は続いていた。
ジュワンがポップコーンを買ってくれた。変な言い方だけど、二十世紀に食べていたポップコーンは、今のよりおいしかったような気がする。

『アンダー、サンダー、テンダー』p190~191より抜粋

竹田:ポップコーンの味の感想が、ジュワンとの思い出に重なっているように読めるのがめちゃくちゃいいですね。
田中:大きな悲しみがある作品なのに、細部の小さなエピソードやそこで語られる何気ない言葉がとても温かいところが魅力的だと思います。

竹田:僕は映画のエピソード、全体的に好きでした。
田中:「あの人が生きていたらこの映画好きだっただろうなリスト」のシーンはめっちゃよかったですね。
竹田:「第九地区」、マーベル作品の「キャプテン・アメリカ」以外とか、僕も映画館で観た作品だから、より入り込める。現代性をとにかくリアルに書き込むよりも、こういった細部に今の作品が出てくるとドキッとしますね。
田中:読み飛ばしてしまえるような場所に、自分たちと地続きの何かがあると感じる瞬間に驚きがある。
竹田:ぐっと登場人物との距離が近くなる。そして、その分だけ寂しさも増します。
田中:さっき竹田さんは、主人公がタイトルを上げていた映画を、自分も見ていたと言ってましたが、好きですか?
竹田:リストに出てくる映画の半分以上は観てますし、好きなものも多いですね。細かい話ですが「興行に失敗した映画」って書いてあるんだけど、そういう映画が最高なのよ。
田中:例えばどの映画?
竹田:具体的なタイトルは控えるけど、ゾンビ映画はだいたいそうなんだよね。「この変な映画は、きっと世界で俺しか理解できないんだろうな、サイコー」みたいな作品と出会うと興奮します。
田中:竹田さんは、サブカルまっしぐらですね。
竹田:この本はね、サブカル好きな同志に、ぜひ読んで欲しいですね。

竹田:小説内に、主人公が動画撮影をした日々の記録を表現する文章が出てきますよね。
田中:主人公が撮った動画ファイルの名前が突然出てきて、そこに映っている人の会話やシチュエーションが文章で描写されるところですね。

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父がコンピュータの前に座っている。古くてのろいコンピュータ。画面に広がっているのはグーグルマップ。

私 パパ、何見てるの?
父 土地を探しているんだ。
私 どんな土地?
父 うちの土地。
私 うちに土地があるの?
父 北に。よかった。廃棄物処理場をつくったと言ってたけど、うちの土地じゃないね。
私 それがどうしてうちの土地なのよ。
父 将来、返してくれるかもしれないじゃないか。
私 まさか。

『アンダー、サンダー、テンダー』p91~92より抜粋

竹田:僕は忘れっぽいから。日常のおもしろい体験もちょっと楽しい思い出もすぐ忘れちゃう。だから、外部装置に保存しておけたらな、なんて思うことがある。日々ちょっとずつ動画を撮るのもいいなって思った。
田中:動画を撮ってるのは、ちょっとわざとらしいけどね。キャラクター的な感じがしちゃう。
竹田:それも分かる。この断片的な動画の描写が本筋のストーリーとは違った形で僕の記憶に残っていて、彼彼女らの仲間になったみたいに思い出を共有している気持ちになった。
田中:それはおもしろい効果ですね。
竹田:記憶とか思い出の儚さがよく表現されてる仕掛けだと思う。

竹田:高校の時は、カッコつけてソフィア・コッポラの初期の作品を見てましたね。しかも、暗い部屋で吹き替えも字幕もなしで。
田中:「初期」っていう単語がもう、ニワカ感が出てますね。ただ、僕もカッコつけて、読めもしない難しい漢字ばっかり出てくる陰陽師の本読んでましたね。
竹田:一緒じゃねえか!
田中:あ! あれもあった。「エヴァンゲリオン」の解説書が何冊も家にあった。高校生のときはサブカルまみれだったなあ。
竹田:わー俺もだわ!

(その後も、青春時代のサブカルトークで盛り上がる2人であった。)

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BOOK INFORMATION
『アンダー、サンダー、テンダー』

チョン・セラン=著、吉川凪=訳
ためし読みはこちらから

◆著者プロフィール
チョン・セラン(鄭世朗)
1984年、ソウル生まれ。郊外の一山イルサン でニュータウンの発生と発展を観察しつつ成長した。坡州 パジュ出版都市にある出版社に編集者として2年余り勤務した経験も持つ。
小説家としては2012年、『ファンタスティック』誌に発表した短編ファンタジー『ドリーム、ドリーム、ドリーム』を皮切りに本格的な創作活動を始め、『アンダー、サンダー、テンダー』(原題『이 만큼 가까이』)で第7 回チャンビ長編小説賞を受賞した。純文学からロマンス、SF、ホラーまでジャンルの境界を越えた小説を書くことで知られる。
著書に『フィフティ・ピープル』(斎藤真理子訳、2018年)、『保健室のアン・ウニョン先生』(同、2020年)、『屋上で会いましょう』(すんみ訳、2020年、以上 亜紀書房)などがある。
また小説家 朝井リョウ氏との対談が『今、何かを表そうとしている 10人の日本と韓国の若手対談』(2018年、クオン)に収録されている。

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◆PROFILE
田中佳祐
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。単著『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)。共著『読書会の教室』(晶文社)。文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)編集員。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。
https://twitter.com/curryyylife

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
「双子のライオン堂は5月29日(日)に開催される文学フリマ東京に出店します。ブースは、テー15と16の2枠です!
本屋初の文芸誌「しししし」や西島大介『電子と暮らし』、室井光広『多和田葉子ノート』に加え、本連載をまとめた『紙の読書会~韓国文学篇1~』と『誰もが通り過ぎていく場所についての99の問答集~本屋観察入門~』の2冊を初売りします!! どうぞ、よろしくお願いします」

・双子のライオン堂・公式サイト https://liondo.jp/
・双子のライオン堂・YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC27lHUOKITALtPBiQEjR0Dg/videos


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