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とんでもない翔んでる男?

ゲイリー・ニューマン
70年代中盤にバンド、チューブウェイ・アーミーを結成し、UKチャートでNo.1を獲得。79年バンドを解散、ソロになってからもNo.1を獲得、15曲以上のトップ40ヒットを記録している80年代初期ニューウエィヴ/エレポップ・ムーヴメントの立役者。ファッションアイコンとしても有名で、日本ではPARCOのCMに出演して話題に。

本業で最新鋭の楽器を導入するゲイリー、プライベートでは無類の飛行機好き。
「Cars」など、ヒットを連発して入ったお金で、即、飛行機を三機購入したほどだった。また元航空会社勤務の父親にもベンツをプレゼントしている。
そんな人気絶頂期の1981年の春に、ゲイリーは突然休業宣言をする。
その理由は・・・


『自ら飛行機を操縦して世界一周旅行に行くのだっ!!』

「?」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「いくら素敵な夢だといっても小型機で世界一周って現実的にどうなんだ・・・」

まわりの反応は冷ややかだったが、1981年9月、ついに夢を叶える時が来た。宣言通り、ゲイリーは、自ら操縦するセスナ機で意気揚々と世界一周の旅に出た。

ゲイリーの飛行機と同型のセスナ 210 センチュリオン

が、やはりそんなにうまくは行く筈がない。インド上空でモンスーンに遭遇、ゲイリーの大冒険は途中で断念せざるを得なくなった。
悪天候の中、インドのヴィシャーカパトナム陸軍基地に緊急着陸したゲイリーは、思いもよらない事件に巻き込まれてしまう。

港町であるヴィシャーカパトナム付近のベンガル湾に、ソ連の原子力潜水艦が偶然いたことからか、なんと副操縦士のボブ・トンプソンとともにスパイと密輸の容疑で拘束されてしまったそうだ。
まぁ、あの風貌だからスパイに疑われても・・・ねぇ。

イギリスの大使館に連絡し、すったもんだの末、何とか釈放されたが、モンスーンにスパイ疑惑とまさに「泣きっ面に蜂」。だが、ここで負けない冒険家ゲイリー、11月に違う飛行機で再び挑戦、見事に世界一周に成功したのだった。ゴールした時には年の暮れになっていた。
世界一周成功でめでたしめでたしのサクセス・ストーリーのようだが、飛行機やクルマでの無駄使いがたたってか、人気のピークを超えていた90年代には約6億円の負債を抱えていたという。

ちなみに最初の挑戦でインドに緊急着陸した機体は、イギリスに戻った後、サウサンプトン上空で燃料切れを起こして不時着、事故機扱いになったようである。気になる6億の負債の方だが、数年後に完済。スターはやはりすごい。そして変わっているのだ。


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