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絆と想い

3人は肩を寄せ合って煌めく街と夕日を眺める。

それぞれが、それぞれの想いを寄せて――。


「あいつ、除隊するのか?これからってときに、持ったないな。」

「あの人ほど優秀な人はいないのに。寂しくなるわね。」

「次の行き先は決まってるんですかね?大丈夫なんですか。」

「辞めたいやつは、勝手に辞めればいい……。情けない。」

部隊を辞める事を決めてから、色々な人に声をかけられた。止めようとする人、心配してくれる人、励ましてくる人、怒る人、寂しいと言う人、実に様々だ。人付き合いは得意な方じゃなかったし、職種柄、他部隊や他人とは深くは関わってこなかった。こんな私でも気に掛けてくれる人がいたんだと、嬉しくもあり、辞めることを思うと少し寂しい気もした。    

手続きも面談も終わった。外の空気でも吸ってくるか……。今日で、あの場所に行くのも最後になるんだな……。

これまでの事を思い出しながら屋上に続く階段を1歩1歩、登っていく。入隊式――。厳しい訓練――。3人の出会い――。配属先での初任務――。様々な経験があってここまで来れた。馬鹿な事もたくさんした。色々と大変だったし辛いときの方が多かったけど、いつも3人で乗り越えて来た。

訓練棟の屋上テラス、ここからの景色は最高だ。正面に見えるのは活気に溢れた街、右側には訓練場と大広場、左側を見れば遠くまで続く森林と川の自然が望める。朝日と夕日の時間帯が最も美しく見える。不思議と滅多に人が来ることがなく、休みたいときや考えごとをしたいときに1人になれる場所でもある。謹慎中は1日の殆どの時間をここで過ごしたこともある程だ。

まぁ、ほとんど1人になれなかったけどね。              必ずと言っていいほど、2人のうちのどっちかが来るからな。

思わず口元が緩み、小さく微笑んだ。その微笑みは少し、哀しみを含んでいるようだった。いつも自信に溢れている『彼女』の背中も瞳も、今日ばかりは哀愁が漂っているようだ。

彼女の名は『アキレア』。隠密部隊の兵士であり名の知れた人物だ。国の影として動き、偵察・探索活動や暗殺、破壊工作などを主任務としている。『国を影から支える存在』、と言えば聞えは良いかも知れないが、表立って所属部隊を口外する事はできず、功績による勲章もなければ、名誉やその名を後世に残すことも許されない。そのほとんどが汚れ仕事であり、途中で挫折する者、心を病んで辞めていくものは数知れない。

黄昏ながら街を眺めていると、屋上の扉が軋む音がした。滅多に人が来ないこの場所に誰かが来たようだ。振り向くと同時に視界に入ってきたのは、正確に急所を狙った拳だった。アキレアは慌てる素振りすら見せず片手で受け止めた。辺りには心地の良い拳の音が鳴り響く。

「ここにいると思ったぜ。アキレアは何かあれば必ずここに来るからな。そろそろ来てる頃じゃないかと思ったんだよ。」

「随分と乱暴な挨拶だね、ガーベラ。遊撃隊は演習って聞いてたけど、もう終わったの?」

「隊長にアキレアの事を話したら、最後まで見送ってやれってさ。ついでに連休も貰ってきた。」

頭に巻いた橙色のバンダナが個性的な『ガーベラ』は、最精鋭と言われる遊撃部隊所属の兵士だ。女性の遊撃兵は珍しく、その中でも中〜遠距離の武器を専門として扱う優秀な狙撃手である。潜入・潜伏・狙撃における忍耐力と精神力は、ガーベラに勝る者はいないとまで言われている。それ以上に才能に恵まれているのは戦術・戦略だ。各部隊長がわざわざ意見を求めにくる程の分析力と洞察力だ。

「もう1人、今日に合わせて連休取った奴がいるぞ。この時期はまだ風も冷たいし、ホットドリンクを頼んだんだ。そろそろ来る頃じゃないかな。」

「ふふっ、じゃあ、久しぶりに3人揃うわけだ。」

アキレアは嬉しそうに笑ってる。その笑顔見ているガーベラも嬉しそうだ。また屋上の扉が軋む音がした。3人目の来訪者だ。兵士としての雰囲気がある2人とは違い、知的な感じの女性だ。その両手には手作りのホットドリンクを抱えている。

「2人ともお揃いですね。引き継ぎに手間取って遅くなってしまいましたけど、頼まれたドリンクは持ってきましたよ。今日のために気合を入れて作ってきました。」

「待ってたぜ。トレニアが手作りしたドリンクはどこの店にも負けないくらい美味いからな。」

「トレニア、久しぶり。手作りのホットドリンクなんていつ以来だろうね。ありがとう。」

研究機関に所属している『トレニア』は何でも卒なくこなせる多才な女性だ。専門は応急救護や野外医療だが、薬剤や劇薬、爆破薬の調合と取り扱いに精通している。いわば、部隊のサポート役だ。最前線の救護活動から研究・開発チームに抜擢され異動している経歴を持っている。料理が趣味で、ドリンク作りもレパートリーの1つだ。

3人の間を冷たい風が吹き抜けていく。太陽は出ているが暖かい気温とは言えず、まだまだ肌寒さが残る季節だ。

「ありがとう。トレニア。身体が温まるよ。」

「トレニアのドリンクは本当に美味いな。店を出したら売れると思うけどな。……どうした?さっきから俺らの顔ばかり見て?」

「いえ、2人の嬉しそうな顔を見てたら私まで幸せな気持ちになれるな、と思いまして。」

「そんな顔してたか?そんなこと言われたら恥ずかしいだろ。」

「ガーベラは正直だから直ぐに顔に出るよね。そこが可愛いけど。」

可愛いとか言うな、と言いながら顔を赤くしたガーベラをトレニアがからかう。それを見てアキレアはクスッと笑う。いつも集まってはこんな感じで過ごした。この関係は今後も変わることはないだろう。

「でも、まさかアキレアが辞めるとは思わなかったぜ。それぞれ部隊は違うけど、ずっと3人でやっていくもんだと思ってたからな。世界を周りながら傭兵ってのも楽しそうだけど。」

「寂しくなりますね。でも、アキレアが決めた事なら応援しますよ。お土産とお土産話、楽しみにしていますから。」

「辞めるって言っても、住む場所が郊外になるだけでいつでも会えるよ。そんな頻繁に旅に出るわけじゃないし。まずはギルドで稼いで生活基盤を作らないとね。2人はこれからどうするの?」

「私はこれからも、ここですね。研究機関でしか出来ないこともありますから。あと、実は……、特殊救助隊の道もまだ捨ててません。一通りノウハウを学んでから、と思っています。」

「すごいな。夢と目標に向かってまっしぐらって感じか。俺は特にやりたいことがないからなぁ。目指すなら、まぁ、特殊部隊の方向だけどさ。今の部隊が居心地がいいからいるだけで、これからもきっとそうだよ。何かあって辞めることになったら、アキレアのところに行くわ。」

ガーベラはイタズラっぽい笑顔でアキレアを見る。いつでもどうぞ、といった感じでアキレアは微笑んでいる。叶うことなら、ずっと一緒にいたい気持ちはみんな一緒だ。                                                       3人ともスタートは一緒だった。同じ日に入隊式を行い、同じ部隊に配属された。同い年で、それぞれが訓練棟のテラスに通っていたこともあり、何度か顔を合わせるうちに、自然と仲良くなっていた。           訓練では、お互いに負けないように得意分野を極め、不得意な分野は教え合い助け合った。その姿は周りの誰が見ても羨ましい程のチームワークだった。それぞれの道を歩むことになったのは、3人が得意分野で群を抜いた才能を発揮したため、各専門部隊に引き抜かれたのだ。才能が認められ、本来ならば喜ぶべき異動のはずだったが、3人は複雑な心境だった。異動した後、部隊は違ってもお互いに支え合いここまで来れたのだ。

決意を固め、大丈夫だと思っていたけど、もう3人でここに来れないと思う寂しいよね。いつでも会えるとは言ってもさ……。ずっと一緒に……。

「でも、俺はさ。たとえ会えなくなったとしても平気だぜ。」

ガーベラの冷たいとも思える言葉に、どうしてそんなことを言うの、と言いたげな表情でアキレアは相手の顔を見た。トレニアも言葉の真意を理解できないでいた。

「だってさ。俺たちにはこの『約束のブレスレット』があるだろ。たとえ離れ離れになっても、アキレアとトレニアの事は忘れない。このブレスレットを見れば『絆と想いは繋がっている』と思える。俺たちはいつも一緒だ。そうだろ?」

3人は手首に同じブレスレットをつけている。絆の証として。

「相変わらず、強がりですね。ふふっ、ガーベラらしいです。」

アキレアは溢れる涙を必死に我慢して頷いた。ガーベラも込み上げくる感情を抑えているようだ。

もう、日が沈みそうだ。森は薄暗くなり、街は所々灯りがつき始めている。冷たい風が吹く。まだまだ肌寒い季節だ。

迷ったり、辛かったりしたら、いつでも頼ればいい。

絆はずっと繋がってます。いつでも会いに来て下さい。

「よしっ!夕日が沈むのを見終わったら、飯でも食いに行こうぜ!」

「ここから見る夕日は綺麗ですからね。食事に行くなら新しく角に出来たお店に行きましょうよ。」 

「これで見納だね。……2人とも、ありがとう。ガーベラ、トレニア、大好きだよ――。」

「なんだよ急に、愛の告白か?やめろよな、女同士で。」

「私、すごく嬉しいです!ガーベラは照れすぎですよ。顔が赤くなってます。」

みんなで冗談を言いながら笑って過ごす。               そんな当たり前のことが幸せに感じる。

これからも、ずっと一緒だよね。


3人は肩を寄せ合って煌めく街と夕日を眺める。

それぞれが、それぞれの想いを寄せて――――。

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