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キュレーションからオーガニックへ:音楽市場における元本と利回り|続続 (zoku zoku) #1

今年2月にスタートさせた「続続 (zoku zoku)」のプロローグを公開してから、9ヶ月が経った。「続く、続ける」をテーマにはじめた連載なのに、当の自分が中断させてしまって、非常に不甲斐ない。

初回記事に様々な反応をいただいた読者のみなさん、連載をご一緒してくださっていた beipana さんにも、不義理をしてしまった。

同記事を公開した後、すぐに次回記事の用意を進めていた。以降の連載で取り上げるトピックスも決め、あとは書き進めるだけ。そんなタイミングで、新型コロナウイルスによるパンデミックが深刻化した。

社会全体が大きな音をたて変化していく中、完全に筆が止まってしまった。パンデミック以前に予定した内容をそのまま進めることに意味があるとは思えなかった。

beipana さんからも、「今後ひと段落したタイミングで、社会の変化の大きさに応じて、改めて内容を精査し直すべきでは」という意見をもらい、一旦は執筆をストップすることにした。


しかし、緊急事態宣言の前後から、音楽に関わるすべての人々が苦しい環境に追い込まれる中、なにもアクションができなかった事実。猛省している。たとえ微力であっても、もっと早くから取り組めることが絶対にあった。

気づけば、11月も終盤となり、2020年も残すところ僅か。この数週間、尊敬する先輩や友人たちと久々に会い、近況報告をしながら、今年考えたこと、実感したこと、これからについて深く話し合える場があった。

その有難い時間を通じて、頭の中にぼんやりと漂い続けていたものが、言葉となって堆積する感覚を覚えた。

今がきっと「社会の変化の大きさに応じて、改めて内容を精査し直す」タイミングなのではないか。コロナ以降の音楽における、「続く、続ける」を模索していくべきではないか。その思いが強くなった。

この時代に、すこやかに音楽活動が続くための思考と実践を重ねる。そして、その答えを探すのではなく、問いに向き合い続ける。連載をスタートさせた原点の思いに立ち返り、執筆を再開したい。


ひとつの仮説。

執筆にあたって、散在していた思考をひとつのイメージへと結びつけてくれた仮説がある。「北欧、暮らしの道具店」を運営する、株式会社クラシコム代表・青木耕平さんが2014年に綴っていた note だ。

上記のエントリーは投稿された当時より心に残っていたのだが、最近読み返して、はたと膝を打った。今の音楽におけるクリエイションと商いの関係を考え、捉えるにあたって、これほど明快かつ生々しくイメージできるアイデアはないのではないか。

詳細については、ぜひ上記の記事を読んでもらいたいのだが、要点を自分なりに解釈し、補足すると、以下のとおりである。

・会社経営をファンド運営と仮定する。

・元本(元となるお金)は、お客さまを中心とした社会からの信用や期待値。

・売上は、元本「お客さまを中心とした社会からの信用や期待値」の運用益と捉える。

・このファンドが利益を上げるためには、大きく分けて以下ふたつの方法がある。


①. 運用効率を高めて利回りを大きくする

例)
元本:10億円

・年利5%で運用した場合
=> 利益:5,000万円

・年利7%で運用した場合
=> 利益:7,000万円

メリット:
元本を変えないまま、収益を高めることができる。

デメリット:
高度な戦術的スキルが常に欠かせなくなる(市況、情報、銘柄、売買タイミングなど)。また、レバレッジをかける分、元本を毀損するリスクが大きくなる。

※ 元本を毀損する:お客さまや社会からの信用や期待値を失う


②. 元本を増やすことに注力する

例)
元本:10億円
年利:5%
利益:5,000万円

元本:20億円
年利:4%
利益:8,000万円

メリット:
利回りが低下しても、十分な収益が生み出せる。元本を増やし続ければ、利回りは比例して低く設定することが可能。元本毀損のリスク(お客さまや社会からの信用や期待値を失うリスク)を最小限にできる。

デメリット:
実績を積み上げ、お客さまの信用や期待値に答えて、追加出資を集めていくプロセスが必要不可欠。①に比較して、地道な営業活動と長い時間を要する。短絡的な実現は難しい。

青木さんは記事の中で、多くのマーケティングと言われている取り組みは、①のアプローチに分類されるのではと述べている。

また、①については、直近の売上を高める効果はあるのかもしれないが、実は増やした利益は元本を取り崩して生み出しているケースが多かったりするのではと。ある程度、社会経験を得た人であれば、思い当たる節があるのではないか。

①②のアプローチ、どちらが正しいのか、良いか悪いかを論じたいのではない。しかし、マーケットに対して、ほとんどの事業体が①のアプローチを取る中、②のアプローチも存在するし、それは理想論ではなく、実利に繋がる戦略であるという仮説、そして実践には勇気が湧いてくる。


音楽活動と商いに仮定して、考えてみる。

前段が長くなってしまったが、上述の仮説を引用し、音楽におけるクリエイションと商いの関係を考えてみる。

音楽活動をファンド運営にたとえるとは何事だ! という声を必ず頂戴すると思うが、あくまでイメージを掴むためのアプローチとして、どうかご容赦いただきたい。

・音楽活動で売上が生まれる営みを、ファンド運営と仮定する。

・元本は、音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量。

・売上は、元本「音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」の運用益。

元本については、YouTube と ストリーミングサービスの一般化以降、「ストリーム数(再生回数)」「マンスリーリスナー数」「チャンネル登録者数 or アーティストフォロワー数」という指標がそれぞれあるので、より具体的に定量化して掴みやすい。

かなり乱暴であるが、全プラットフォームにおける「マンスリーリスナー数」と、それに応じた「1ヶ月の総再生回数」を元本として仮定すると、さらに理解しやすくなると思う。

この条件下でファンド運営に取り組む場合、元本に利回りをかけたものが運用益となるが、利益を上げるための方法は前述の2通りだ。

<利益を上げるための方法>
①. 運用効率を高めて利回りを大きくする
②. 元本を増やすことに注力する


さっそく音楽活動における、①(利回り注力)のアプローチを具体案として挙げてみる。

タイアップ、メディア出稿、キュレーターやインフルエンサーへの売込み、著名アーティストとのコラボレーションやプロデュース、人気クリエイターや芸能人を起用したミュージックビデオやアートワークの制作と発表・・・。

少し筆を止めて想像するだけで、すらりすらりと列挙できる。この記事を書いている間にも、きっと多くの会議室で TikTok でいかに楽曲をバズらせるかについて、直近のヒットチャートを眺めながら、喧喧諤諤の議論がなされているだろう。

では、②(元本を増やす)のアプローチはどうだろうか。

そりゃあもう、なんてったって、音楽だ。良い音楽を生み出してリスナーに届ける。社会に届ける。これに尽きる。加えて、お客さまに「また観たい、来たい」と感動してもらえるライブ、コンサート、ツアー。

む、待てよ。今のコロナ禍では、従来の環境で頻繁なパフォーマンスはできない。ならば、リリースのタイミングでライブ配信をうまく組み合わせて・・・。

①に比較して、具体案が減り、抽象度が増す。原理原則を確かめる時間が流れる。うーん、どうしたものかと考える内に筆がピタリと止まる。そして、ひとつの事実を突きつけられているのに気付く。我々、音楽をサポートする側が持ち合わせているフレームワークや手段は、ほとんどが①に依存したものなのではないか。


ふたつのアプローチ(利回り重視 or 元本を増やす)に、自分たちが日常的に会議室やオンラインミーティングで交わす会話、議論、企画、アイデアを当てはめていくと、より実感を伴い認識できる。我々音楽産業は、どうしたって①のアプローチに偏向し過ぎている。

なぜそうなってしまうか。その答えは明白で、①②を検討する前段階として、音楽活動で商いの成立を目指す場合、アウトプット(ファンド運営の利益確定)を求めるまでの時間が極端に短いからだ。CD 全盛時代のタイムラインを、今も色濃く引きずっている。

この問題は根深く、産業の中心にいるメジャーレーベルはもちろん、インディーズレーベル、独立型のインディペンデント・アーティストであっても、無意識に上述のタイムラインに引っ張られていることが多い。(もちろん、自戒を込めて自分自身も)

まだ元本を十分に増やせていない状態、あるいは元本を増やす取り組みに目を向けず欠落したまま、おおよそ1年間の時間軸で、または次のアルバムで必ずヒットを、という場面・議論・方針が、あまりにも多くないだろうか。次のシングル(1曲)で必ずヒットを、ということだって少なくないだろう。

つまりは、ファンド運営者として、非常に短期間で利益を確定させることを求められている状態、あるいはそれを無意識に自ら課している状態だ。となると、自ずと選択できる方法は①に限られる。

もちろん、①のアプローチで成功を収めることができれば、素晴らしい。見事。しかし、今の分散化・複雑化する音楽マーケットを踏まえると、①のみで成果を挙げるのは、年々難しくなってきているのを感じる。

実施した施策がピンポイントでバチっと噛み合うか、相当な資本と露出量を担保して利回りを最大化しないかぎり、効果の上がらないケースが多いだろう。多くのミュージックマンの苦悩も、ここにあるのではないか。特に、①が高精度でワークしていた時代に成功体験がある人であれば、尚更だ。


また、①は前述したとおり、レバレッジをかける分、失敗したときに元本を毀損するリスクが高い。大規模にプロモーションをかけた結果、思うような成果が出ない => リスナーからのエンゲージメントが低下 + レーベルのプライオリティーが低下 => アーティストのモチベーションやコンディションが低下 => プロジェクト全体の停滞、というケースをよく散見する。

自分もふだん、ものづくりの事業を行っている身なので痛感するのだが、ひとつの新製品や新事業を立ち上げたとして、軌道に乗るまで最低でも3年間はかかる。むしろ、3年で軌道に乗ってきたら、かなり良い方ではないか。ましてや、音楽、文化の活動においては、さらに時間を要してもおかしくないはずだ。

クリエイションと商いをどう循環させていくか。その具体的なアプローチを検討する前段階で、我々は音楽産業の構造上、無自覚に選択肢を失っているし、利回り偏向の戦略が果たして本当に今の市況で、コロナ禍で、機能し続けているのか。胸に手を当て、あらためて問い直さねばならないと思う。


キュレーションからオーガニックへ。

一方、音楽マーケットの変化について、実際に自分が携わっているプロジェクトを通して、この数年で強く感じていることがある。

アーティスト(と、アーティストが生み出す音楽)のファンベースが拡張されていくプロセスが、これまでの「キュレーション」リードなものから、アルゴリズムによる「オーガニック」なものへと変化していることだ。

以下は、一部プロジェクトの直近28日間の Spotify for Artists から抜粋した「Source of streams」(リスナーがどこから楽曲を再生しているか)のアナリティクスである。

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Your profile and catalog
アーティストページ、または作品ページから再生されている割合

Listener’s own playlist and library
リスナー自身が作成した自分のプレイリスト、または「お気に入りの曲」に追加し、再生されている割合

Other listener’s playlist
第3者(Spotify を除く)が作成したプレイリストから再生されている割合

Spotify editorial playlists
Spotify のエディターチームがキュレーションした公式プレイリストから再生されている割合

Spotify algorithmic playlists
Spotify がリスナーのリスニング動向、データ等に応じてアルゴリズムで作成する公式のパーソナライズプレイリストから再生されている割合

Other
その他

ふたつのサンプルを見ると、アーティスト・ファンのリスニング傾向といえる「Listener’s own playlist and library」「Your profile and catalog」の割合が最も多く、次点にアルゴリズムによる「Spotify algorithmic playlists」が位置する。

そして、キュレーションに該当する「Other listener’s playlist」「Spotify editorial playlists」は最後、という点が共通している。

ストリーミングサービスが一般化して以降、プロモーションといえば、「ビックプレイリストでのピックアップ」「キュレーターからのピックアップ」と考えてしまいがちだが、実はその「キュレーション」による影響というのは、人々が期待するほど大きくはなくなってきている。

そして、今アーティストの新規リスナー拡張に最も大きく貢献しているのは、アルゴリズムであるという点が注目に値する。なにもこれは Spotify に限った話ではなく、たとえば YouTube でも以下のような傾向が見られる。

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ユーザーのチャンネルへのトラフィックソースとして、「再生リスト」と「関連動画」の割合が多く、半分以上を占める。もちろん、アーティストごとのタイプや個性によって差はあるだろうが、新規リスナーの多くが各プラットフォームのアルゴリズムによって導かれているのは疑いのない事実だ。


アルゴリズムによってファンベースが拡張しているというと、どうにも冷たく無機質な印象で捉えてしまいがちだが、そのアルゴリズムを導いているのはリスナー、人間の行動であり、熱量だ。

熱量、というのは具体的に置き換えると、リスナーが繰り返しコンテンツを楽しんでくれること、最後までスキップされないこと、お気に入りとして追加されること、SNSでシェアされること、コメントが多く活発な議論がなされていることなど、1人ひとりのリスナーの深いエンゲージメントを指す。

この深いエンゲージメントを得ることによって、コンテンツに対するアルゴリズムの精度は高まり、類似の嗜好を持つ人々へレコメンデーョンされる機会も増加する。それは、①の利回り注力戦術でリスナーを獲得するよりも極めてオーガニックなプロセスであり、ある種、現代における「口コミ」と言えるのかもしれない。

昨今、海外での再評価が進んだ日本の「シティ・ポップ」も「環境音楽」も、トップダウンのキュレーションがリードしたものではなく、一部の音楽愛好家たちの深い愛と情熱が YouTube アルゴリズムと出会い、長い時間をかけて濃いファンベース、UGC(ユーザー生成コンテンツ)が育まれたアルゴリズム・リードなものだ。

この事象も、人々の熱量とアルゴリズムが掛け算されることによって、オーガニックにファンベースが拡張していくことを立証するのではないかと思う。


元本が増えると、利回りも高まる。

ここでもう一度、ファンド運営の仮説へと戻る。

・音楽活動で売上が生まれる営みを、ファンド運営と仮定する。

・元本は、音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量。

・売上は、元本「音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」の運用益。

<利益を上げるための方法>
①. 運用効率を高めて利回りを大きくする
②. 元本を増やすことに注力する

前述のアルゴリズムは、アプローチとしては利回りである。ただし、利回りそれ自体を高めようとする意図によって生まれるのではなく、元本を構成する「リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」を大きくすることで結果として生まれ、高まっていく点がポイントだ。

つまり、現在の音楽マーケットは、元本を誠実に積み上げ増やしていくことで、利回りも自然に向上し、相乗効果で作用し合う(運用益を高める)恵まれた側面があるといえる。

音楽産業的な言い方をすると、「コアリスナー」を大切にし、充実度を高めていくことが、新規のリスナー獲得に直結する。しかも、その新規リスナーたちは、コアリスナーを起点にしたアルゴリズムによって導かれるので、次のコアリスナーになってくれる可能性が高い。


今まではコアリスナーに対して、新規リスナーは見込みも含めて「ライトリスナー」と呼び、両者を完全に別世界の住人として扱っていたと思う。

ゆえに、新規リスナーを増やしていく(ライトリスナーを取り込んでいく)ためには、今の自分たちのフィールドやアプローチとは、根本的に異なる方法を実践しなければならないと。産業全体が利回り重視の戦術に偏向していったのは、そんな理由もあるのではないか。

しかし、現代の音楽マーケットにおいて、コアリスナーに対する新規リスナーは、別世界の住人ではなく、隣人だ。しかもその隣人は、一定の価値観や嗜好性で繋がり合い、世界中に存在する。そして、世界中に散らばる隣人たちとの接続を、コアリスナーを起点としたアルゴリズムが、潤滑油のように滑らかにしていく。

理想論ではないこの事実を認識した上で、音楽活動、及び生まれた音楽を広め、商いとしていくプロセスを考えると、もっと今までの枠組みから離れ、自由になれるのではないか。

コアの充実度を高める、コアを丁寧に積み上げていくプロセスと考えると、前述の①で挙げたアプローチ(プロモーション)も捉え方が変わってくる。別世界人の住人であるライトリスナーを取り込むためのものではなく、共通項を持ち合わせた隣人たちと繋がり合うためのツールとして再考できれば、それぞれアップデートできるはずだ。

タイアップ、メディア出稿、キュレーターやインフルエンサーへの売込み、著名アーティストとのコラボレーションやプロデュース、人気クリエイターや芸能人を起用したミュージックビデオやアートワークの制作と発表・・・。

たとえば、メディアとの取り組みについては、発行部数やPVという指標ではなく、アーティストと生み出される音楽の世界、読者とのシンクロを重視する。そうなると、パートナーは必ずしも音楽媒体に限定する必要はないだろう。


原理原則に立ち返る。

アルゴリズムによる音楽マーケットの変化を考察した上で、あらためて元本である「音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」を増やすことを考える。

・・・・・・考えるといっても、これは前述したようにもう明白なのだ。なんてったって、音楽だ。良い音楽を生み出してリスナーに届ける。社会に届ける。これに尽きる。この拍子抜けするほどシンプルな原理原則は、いつの時代も変わらない。

ただ、だからといって闇雲に取り組むのは危険だ。上述した現代の音楽マーケットの傾向、「元本が増えると、利回りも高まる」を踏まえた上で、作品のリリースプランを設計し、注力すべき施策を定めた方が効果を望める。つまり、中長期の活動プランニング、デザインが必須だ。

まず、元本全体がある程度増えるまでは、定期性を維持した作品リリースというのが大事になってくる。(1ヶ月に1回なのか、1ヶ月半に1回なのか、2ヶ月に1回なのかの頻度は、それぞれの状況に合わせたプランニングと実践だと思う)

なぜなら、元本「音楽そのもの、リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」に直接働きかけられるのは、「良い音楽を生み出して届ける」こと。つまり、作品リリースを置いてほかにない。

先日、とあるレーベルのトップとして活躍する先輩と話している際、「結局、リリースがいちばんのプロモーションだからね」という言葉をもらった。まさにおっしゃる通りで、「元本が増えると、利回りも高まる」環境下において、元本に直接働きかける唯一のアクション = 作品リリース => 利回り向上の連鎖を見事に指していると感じた。

また、作品リリースとは、新曲のシングルカットをずっと続けるべきだと主張しているのではない。大切なのは、定期的なコンテンツのリリースを通じて、全プラットフォームを通して元本を高める、リスナーのエンゲージメントの総量を高め、積み上げ続けるイメージを持つことだ。

ライブセッション収録映像の公開・録音音源の配信、Remix、カバー楽曲の演奏・公開・配信など、ストリーミング・サービスや YouTube の特性それぞれに合わせた施策が考えられる。

もっとも直接的なアプローチである新しい音楽の投下、新作リリース(シングルでも、EPでも、アルバムでも)をひとつのピークとし、全体のタイムラインをいかにコンテンツで充実させられるか。ここが鍵になる。


加えて、コンテンツのリリースに合わせて、すでにフォロー、応援してくれているリスナーのエンゲージメントを直接、かつ丁寧に高める方法を準備、育てておくべきだろう。

アーティストの特性によって適したツールは異なるだろうが、たとえばそれは、MailChimp を活用したアーティスト自身のメールマガジンであり、BandCamp からのフォローアップメールであり、LINE@であり。場合によっては、アナログなポストカードも有効かもしれない。

つまりは、拡散とともに一瞬で飛散していくSNSではなく、リスナーとのコミュニケーションを静かに積み上げられる場所、ツールを持つ意識が重要だ。

新曲やコンテンツを公開・リリースする際、ほとんどの人がいかにプレスリリースをメディアで取り上げられるかについては躍起になるが、その一方、既存の「お客さま」に対する配慮には、まるきり無頓着なことが多い。

外部メディアでの露出に依存するのではなく、既存のリスナーに直接働きかけられるツールを自分たちで持ち、音楽活動と並行しながら、購読者・登録者を少しずつ積み上げていく。

そして、実際にアナウンスを行った際、その後の反応を確認し、購読者・登録者のエンゲージメントが最大となるように、内容を更新、調整していく。(MailChimp であれば、送付したメルマガのアナリティクスも確認できる)

余談だが少し前に、Emily White 著「How to Build a Sustainable Music Career and Collect All Revenue Streams」という大変に直球なタイトルの本を読んだのだが、濃厚な内容が順序よく記述されており、とても勉強になった。

その本の中でも、ダイレクトツールの重要性が強く語られていた。興味がある人は、ぜひ読んでみて欲しい。


良い音楽を生み出してリスナーに届ける。社会に届ける。今の音楽マーケットと共栄し、最大限に活用すべく、ある程度の定期性を担保する。並行して、リスナーたちと直接繋がり合えるツールを用意し、地道に育んでいく。

考えてみれば、どれもごくごく当たり前の原理原則だ。しかし今は、この原理原則にしっかりと立ち返って、中長期の展望を持ち、堅実に活動していくことが大切だろう。何度も繰り返しになるが、「元本が増えると、利回りも高まる」が、現代の音楽マーケットなのだ。


環境変化に対して、いかに選択するか。

定期性といえば、今年の夏、Spotify CEO ダニエル・エクの「3〜4年に一度音楽をレコーディングするだけで十分ではない」という発言が、音楽を大量生産すべきだとでもいうのかと、大きな批判を集めた。

根底にアーティストと Spotify を巡る収益構造の問題・確執が横たわっていることは否めないが、今回については、ダニエル・エクも発言の一部が切り取られてしまい気の毒だなと感じた。

これはもう、Spotify に限った話ではなく、前述したとおり、「リスナーとの継続的なエンゲージメント」の重要性が増しているのは、音楽マーケット全体の事実である。しかし、その主張がイコール、音楽を生み出すプロセスを軽視している、クリエイションよりも合理性を優先していると見るのは、穿った見方だと思う。

音楽のみならず、どの領域であっても、主とする環境の変化は起こる。その環境の変化自体に対して異を唱え続けるのは、建設的ではない。環境の変化を認識した上で、「これまでどおりにする」という選択肢も残っている。いつだって選ぶ側には自由があるし、その分リスクとリターンがセットだ。

大切なのは、なんとなく異を唱えるよりも、自分を主語にして明確に選択することだと思う。また、②(元本を増やすことに注力する)アプローチのメリットを、もう一度おさらいしたい。

メリット:
利回りが低下しても、十分な収益が生み出せる。元本を増やし続ければ、利回りは比例して低く設定することが可能。元本毀損のリスク(お客さまや社会からの信用や期待値を失うリスク)を最小限にできる。

元本をある程度まで大きくすることができれば、利回りを低くしても、十分に収益が生み出せるようになる。

つまり、音楽活動でたとえるならば、全プラットフォームでの「マンスリーリスナー数」と、それによる「1ヶ月の総再生回数」(元本)をある程度まで伸ばすことができれば、以降はプラットフォームのアルゴリズム(利回り)によって、安定した収益をキープできるようになる。

その心理的・経済的な安心を確保できた後には、音楽マーケットの外発的要因に引っ張られず、自分自身のペースで作品・コンテンツのリリースに移行してはどうだろうか。

また、そうしたアーティスト自身の確固たる活動スタンスは、元本を構成する「リスナーからの信用や期待値、音楽に対するエンゲージメントの総量」を間接的に高めていくはずだ。


重要性を増す、初期の資金計画。

②(元本を増やすことに注力する)のアプローチの有効性、今の音楽マーケットとの親和性を述べてきたが、このアプローチでは明確に覚悟を決めなければならないことがある。

デメリット:
実績を積み上げ、お客さまの信用や期待値に答えて、追加出資を集めていくプロセスが必要不可欠。①に比較して、地道な営業活動と長い時間を要する。短絡的な実現は難しい。

そう、絶対的に時間を要するということだ。

自分自身、アーティストとプロジェクトを進めていく中で実感したことなのだが、②のアプローチを覚悟して取り組み始めてから、アルバム1.5枚〜2枚のリリースを経て、ようやく収益として安定してくるケースが多い。最短でも3年は要するだろう。

その間、アーティスト本人、それを支える人々が崩壊してしまったら、本末転倒だ。絶対に避けねばならない。ならば、最初の3年間をどう資金繰りしていくか、その計画と対応策をあらかじめ準備し、実践していく必要がある。

コロナ禍で今まで以上に厳しさが増す、この立ち上がり時の資金計画を次回の「続続」の問いとして、思考と実践、仮説と検証を進めていきたい。


勇気をもらったニュースを。

最後に、今年勇気をもらったニュースを紹介したい。ラッパー・トラックメイカーの dodo さんが2ndアルバム『normal』をリリースする際、4月に予定していた就職を取りやめて、アーティスト活動を本業にすると公に語っていた。

最終的な決め手は、楽曲『im』の YouTube & TikTok を経由したヒットであるとのことだが、自分は幸いにも TuneCore Japan 在籍時、2017年秋の彼の活動再開を、サービスを運営するスタッフとして内側から見守ることができた。

以来、dodo さんは、ずーっと上記で述べたような元本を育む取り組み、良い音楽を生み出してリスナーに届け続けること、ファンベースを拡張し続けることに、愚直なまでに励んでいる。ここまでブレずに実践を続けているアーティストは、自分が知るかぎり他にいない。

呼応するように、ストリーミングでの再生回数は堅調に増え続け、YouTube でのファンベースも骨太になっている。(余談だが、彼の YouTube 投稿映像の一覧を見ると、試行錯誤とトライ&エラーの跡が伺える。ぜひ見て欲しい)

そうした中で生まれた、『im』のヒット。最終的に TikTok がトリガーになったのは事実だが、オーガニックなリーチ以外、意図的なプロモーションが困難な TikTok で同曲がヒットしたのは、ひとえに dodo さんの継続した努力の賜物だろう。

定期性を持ってコンテンツをリリースし、愚直にファンベースを積み上げ続ける結果、TikTok や YouTube などの UGC メディアで、なにかのアクションが起きる可能性、偶発性が高まる。安直に語られる TikTok プロモーション とは、似て非なるものだ。

アルバムをリリースした際のコメントには、「ロールスロイスは先ですが、クラウンはのれそうです。」とあった。思わずニヤリとしたし、胸のすく思いがした。別のインタビューでは、伊勢への移住を考えているとも語っていた。

1995年生まれ、25歳。すごいことだ。彼のように、地に足のついた目標を一歩一歩叶えるアーティストが少しでも増えるきっかけになるよう、この連載も続けていきたいと思う。

最後に、彼の最新作アルバムから、『nambu』という曲のワンバースを紹介して、この記事を締めたい。

俺は、旅たつよこの町から
もう興味はないゲームの勝ち方
ありがとう南武線、川崎立川
この町を出る、この町を出る

dodo - nambu
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Takashi Watanabe / 渡邊貴志

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