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まっとうに。 (2019年、暮れのごあいさつ)

毎年恒例、年末の長文。今年1年を振り返ってみる。2019年のこの大晦日ほど、年の瀬の実感が沸かない日は、今までなかった。

それがこの1年の慌ただしさを物語るようであって、いちばん大切なのは毎日の過ごし方以外にないのだなと自覚した今を、よく表しているようにも思う。

とにかく、働いた1年間だった。よく働いた。働きながら、好きなことに心身を注げている幸せを噛み締める日々だった。

これからずっと大切にしていきたいうれしい出会いや、心の底から楽しめたものづくり、良いチームでの仕事に多く恵まれた。一方、もう二度と身を投じまいと決めた営みや、こういうことが自分の心に反するのだなと感じた失敗も、同じくらい数多くあった。

それらすべてを(なんとか)経験として糧に出来たと思うし、まずは一定の「量」をこなしたことによって、あらためて大切にしたい価値観や姿勢が見えてきた。

とある友人に、「なんだか最近、世界の輪郭がハッキリしてきてるよね」なんて言われたのだが、たしかにその「世界に対する輪郭線」のようなものを意識するようになった。

はたらく、と、生きる、が、とても近くなってきている。もう少し具体的に言うのであれば、はたらく、と、生活、が、とても近づいてきている。

クリエイションの伴走者であり、「つくる」と「生きる」の蝶番を担う。そして、永く、すこやかに、続けていく。年月と共に、積み重ねていく。極端に言ってしまえば、もうそれにしか興味がない。

本気と本当の気持ちで、真面目に丁寧に、やり取りをする世界。ユーモアを忘れずに楽しみながら、真剣に、こつこつと続ける世界。その循環の中で生きていたいし、笑い合っていたい。

そうした「まっとうな」ことに、まっとうに取り組めることに、喜びを感じるようになった。

今年、いくつか印象的なニュースがあった。韓国のトップアイドルが自ら命を絶ったり、鬱やドラッグや孤独を歌っていた若きラップスターが、先に逝ってしまった2人を追うかのように、自らもまた命を落とした。

身近なところでは、交流のあった世代の近いベンチャー起業家が、気づけば多くの社内トラブルを抱え、破産し、失踪した。

どうにも、示唆にしか思えない。やはり、まっとうなことに、まっとうに心身を注がないかぎり、この過激化する時代で行き着く先は、破滅なのではないだろうか。

社会全体(都市全体)が、「健康」や「すこやかさ」を喪失する中、今もう一度、目の前にある日常に、小さくとも確かな豊かさを取り戻す必要がある。そしてそれは、この時代の中で、相当に意識をしないと取り戻せないものになった。

吉田健一の、「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」という言葉を、折りにふれ思い出す。私たちに今、本当に必要なのは、熾烈に煽り繰り返される「いつか、どこか」ではなく、「今、ここ」を愛して、自分の心と身体で歩む勇気なのだと思う。

山形へ帰省する新幹線の中、白洲正子の書いた『いまなぜ青山二郎なのか』という本を読んでいた。その中で彼女は、小林秀雄の『モオツァルト』に登場する、こんな一節を引用していた。

" ……大切なのは目的地ではない、現に歩いているその歩き方である。"

ハッとすると同時に、年の瀬に出会えたこの言葉へ感謝した。「現に歩いているその歩き方」とはつまり、目の前の1日の過ごし方であり、人との対話であり、物事に向き合う姿勢であろう。

まっとうなことを、まっとうにやり続ける。その先で積み上がった世界で、大切な人々と笑い合っていたい。

着地を気にせず綴っていたら、なんだか湿っぽい文章になった。それもきっとなにかの理由があるのだろうなと、あえてこのまま、ここに残しておく。

みなさん、2019年、本当にありがとうございました。また来年も、どうぞよろしくお願いします。よいお年をお迎えください。

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Project Design / STITCH INC. / 音楽家のみなさんや山形県のじゅうたんブランド「山形緞通」などと、プロジェクトに取り組んでいます。鎌倉が好きで、住んでます。https://stitch-inc.jp/
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