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覚えておこう。

世界がこんな事態になってしまうちょっと前に、古いフィルムのライカを買った。ちょうど結婚して葉山に引っ越したこともあって、これから続くあたらしい日々を、手元に残しておきたいと思ったのだ。

背伸びして買ったはじめてのライカで、フィルムで、レンジファインダーで。散歩がてらに持ち出してはカメラに振り回されてばかりいたのだが、そうこうしている間に、世界は外出すらままならない状況になった。

自分は3月後半から完全にリモートワークで、自宅か鎌倉にあるオフィスのどちらかで仕事をする毎日だ。東京にはかれこれ2週間ほど行っていないし、山形にはもう1ヶ月以上帰れていない。コロナ以前と以降の社会では、あっという間に元に戻り得ない深い境界線を感じる。

そんな物理的移動距離が極端に短くなる日々で、仕事がひと段落したり、ちょっと煮詰まったりすると、気分転換に海辺や遊歩道を歩くようにしている。

いつもよりガランとした光景に、人々の口元に固定された白。世界がこんな状態だってのに、空は変わらず青く、山々は生き生きと緑に溢れ、春の光と風はあたり一面を輝かせている。

なんだか余計に悲しくなっていたのだが、淡々と続く日々を繰り返している内に、強く思うようになったことがある。それは、今、目の前に広がる景色や、心の水面から浮かび上がってくる感情を覚えておきたいのだ。この時期だからこそ、忘れてはならないように思う。

覚えておこう。この春に見た、柔らかな光を。防波堤に横一線に座る少年たちを。無邪気に公園を駆ける子どもたちを。見守る大人たちの優しい眼差しを。

覚えておこう。空と海を赤く染める夕焼けを。ふわりと帽子の上に乗った花吹雪の一片を。そして、自分がなにを感じ、なにを思ったのかを。

先行きの見えないこの世界、それでも生きていく自分たちにできるのは、ただただ「今」に集中し、精一杯生きることなのではないか。

過度に騒ぎ立てることもなく、決して楽観することもなく、粛々と自分にできることを積み重ねる。今この瞬間、なにを見て、なにを感じ、なにを思ったのかを大切にしながら。

そんな個人的な方針が決まってからというもの、ライカを今まで以上に持ち出すようになった。相変わらず写真は下手くそなままだが、なにかに出会い、なにかを思ったとき、シャッターを切る。

それは本を読んで大切だと思った箇所に、「覚えていますように」と願いながら、マーカーを引いたり、付箋をぺたりと貼るような気持ちに近い。

いつも逗子駅前の年季の入ったカメラ屋さんに、現像とプリントをお願いし、翌日取りに向かう。この前、どんな景色を映したのだろうか楽しみにしながら店へ行くと、大ベテランの店主から、「全然写ってないよ、また光線が入っちゃってる」と叱られた。

うーむ、失敗。先は長い。まずは、フィルムの正しい取り出し方から、きちんと覚えよう。

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Project Design / STITCH INC. / 音楽家のみなさんや山形県のじゅうたんブランド「山形緞通」などと、プロジェクトに取り組んでいます。東京 → 鎌倉 → 葉山。https://stitch-inc.jp/
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