見出し画像

出西窯の灰皿

つい先日、神宮前にあるアポイントメントショップ『BATHOUSE』さんにはじめて伺った。ビンテージアイテムを中心に、蒐集家・郷古隆洋さんが、世界中から集めてきたモノものが一堂に集結する、まるで宝箱のような空間。とても楽しく勉強になり、大きな刺激を受けた。

中でも特に心惹かれたのが、オブジェのような灰皿のような不思議なかたちをした、この瑠璃色の陶器だった。手で触れると丸みのあるやわらかなフォルムを感じると共に、思った以上に内部に深い窪みがあることに気付く。聞くに、80年代に島根県出雲の「出西窯」でつくられたものだそうだ。

恥ずかしながら出西窯の存在を知らなかった自分は、いらしたスタッフさんに様々質問をしてしまったのだけど、その場で教えてもらった話が、これまたすごくおもしろかった。(以下、一部後で調べた内容も含む)

1947年、出雲市斐川町出西で集まった若者、多々納弘光、井上寿人、陰山千代吉、多々納良夫、中島空慧の5名。当時19〜20歳の陶器に無縁だった彼らが、戦後の物資も食料も圧倒的に不足している中、手探りではじめた陶芸づくりが出西窯の発祥だ。

民藝運動創始者の柳宗悦の書籍に多大な影響を受け、河井寛次郎に指導を請う。そこからさらに、柳宗悦や濱田庄司、バーナード・リーチら当時の民藝運動の重鎮たちとの交流が生まれ、彼らから精神と指導を直接学び、試行錯誤を繰り返しながら実力を磨き上げていった。

誕生から70年以上が経過した今も、そのものづくりのイズムと技術は変わらず出雲の地で生き続けており、若い世代のお客さまや世界のファンを増やしつつあるという。何もなく、何者でもなかった5人の若人が集い、夢に手足をつけていった三四半世紀に思いを馳せると、心にグッとくるものがある。

で、ここまで述べておきながらひとつ個人的に問題だったのが、自分はたばこを吸わないってことだった。や、オブジェとして置くのも抜群に良いのは分かってるんだけれど、なんせ民藝運動の成した日常性の道具。実用を奪われてディスプレイされてしまうのは、まったくもって本位ではないだろう。

ウンウンと悩んでいたところ、ひとりの友人の顔が浮かんだ。サーフィンを愛するその友人は、そういやちょっと前に鎌倉に引っ越してきて、再びご近所さんになったのだけど、まだ引っ越し祝いもろくに渡せていなかった。

海と風を大切に生きる彼であれば、この見惚れるような青がきっと似合うに違いない。かつて若人だった偉大な先人たちの試行錯誤と青春の詰まった陶器をとなりに、ゆらゆらとたばこの煙をくゆらすなんて、このうえなく粋で、格好いいじゃないか。(羨ましいけれど)

多分に贈り手としての一方的な自己満足を含みつつも、この灰皿を迎え入れることができ、とてもうれしかった。

自分のものだろうが、人に渡すものだろうが、そのものを手にすることによって世界と景色の広がる「うれしい買いもの」ってのは、たしかにこの社会にあると思う。よなあ。(*一部写真引用:出西窯 Facebook より)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

4
Project Design / STITCH INC. / 音楽家たちや山形県のじゅうたんブランド「山形緞通」などと、プロジェクトに取り組んでいます。鎌倉が好きで、住んでます。https://stitch-inc.jp/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。