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コンテンツに敬意を。

昨夜、デジタルスタジオ「lute」さんとの共同企画、「Workshop for Musicians #01」を開催しました。

お越しいただいたみなさま、ありがとうございました。

自分はいわゆる音楽ビジネスサイド向けの登壇は初めてだったので、新鮮でした。元々、新卒で入った某外資レコード会社を3年も経たずに辞めている超ダメダメ社員だった身としては、当時の諸先輩方に「渡邊さん」とか呼ばれて名刺交換の列に並ばれるのは、相当に不思議で違和感ありました。

1年とかでは分かんないけれど、3年とかの単位で見ると結局、「何を選んで何をしているか(きたか)」が、大きく人の環境を変えるんだなーとか生意気ながら思いました。

で、今回イベントに登壇側として出てあらためて感じたことがあって、すごーーーーーーく気持ち悪かったのが(ごめんなさい)、今のミュージックマンのみなさん、みんな「ガワ」の話ばかりをしすぎだし、そこに期待しすぎなんですよね。

自分がスライドで触れた内容に「yaeji」や「San Holo」や「AmPm」などが出てきたのですが、今回のイベントに(「lute」っていう鋭いエッジの立ったメディア経由で)お越しいただいたお客さんですら、ほっとんど知らない。

や、別に知らないのが悪いとか言いたいわけじゃないんですけど、仮にもみんな音楽の仕事をやってるんだから、仮にも音楽で戦ってるんだから、まずはもっと音楽を聴かなくちゃいけないし、アーティストを知らなくちゃいけないし、そこで何が起きているのかチェックしなくちゃいけないし、なにより自分たち自身がいちばんの消費者としてコンテンツを楽しまなくちゃいけないだろうよと、心の底から思ったのでした。

なんつうか「これからの音楽の聴かれ方は?」とか難しそうな顔して語る前に、果たして「今の音楽を聴いているのか?」っていう。

で、なんで前述したアーティストたちの名前を出したかっていうと、彼らの音楽や活動を追っていくと、結果として(ここ重要)、それらのアーティストをユニークな形でフックアップするメディアや仕組みがあったり、トライする価値のあるプロモーションツールやサービスが見つかったり、「今の世界ってこういう風なトレンドがあるのか」なんてことが、(自分の場合は)見えてきたりします。

つまり、まずはとにかく気になる「おもしろいコンテンツ」があって(見つかって)、そのコンテンツを深く追っていた結果として、それらを支える何かしらの存在や全体のエコシステムが見えてくる。

そう自分は信じているし、今回の登壇でもその点をお伝えしたつもりでいました。とにかく「気になるコンテンツ」を掘る(ディグする)ことで、その先に何かがあったりするんじゃないか? と。

でも、残念ながらイベントが終わったあと、参加者で比較的声の大きい人たち(リアルタイムでイベント中継している方や、ブログにまとめていた方)が、どこに反応してどこを取り上げているかというと、もうほんとやっぱむなしくなるくらいに「ガワ」なんですね。(自分の話がヘタってのも多分にあるかとは思いますが)

具体的に言うと、紹介したメディアや仕組みや、プロモーションツールやサービスが、そこに至るまでの文脈が悲しいくらいごっそり削ぎ落とされたかたちで、「すぐ効くクスリ」「これからの方法論」みたいに取りあげられてしまっている。

しかもさらにむなしいのが、そういう「ガワ」のみの発信に、色んな人が「いいね」とかしちゃってる。もっと言うと、そういう「ガワ」を日常的に取りあげて論評している人たちが、その業界における注目の人みたくなってる。んな都合良いはなしはねーだろうよと。


少々はなしが脱線しますが、今年の上半期、個人的にいちばん面白かった本は、若林恵さんの「さよなら未来」でした。その中で、すごく好きな文章に出会うことができたので紹介します。


『WIRED』というメディアがグローバルに標榜する隠れタグラインは「Future is Already Here」というウィリアム・ギブソンのことばで、訳すと「未来はすでにここにある」となる。このあとに「けれども、それは均等には配分されていない」との保留がつくのがこのフレーズのミソなのだが、このことばが面白いのは、未来というものが時間軸においてではなく、空間軸において捉えられているように読めることだ。つまり未来は、いますでに「どこかに」あるのだ。未来を考えるということは、「いまとちがう時間」ではなく「いまとちがう場所」を探すことなのかもしれない。

(2018年 岩波書店 若林恵『さよなら未来 - エディターズ・クロニクル 2010-2017』115P より引用)


2013年に書かれた「テレビ電話とローマ字入力」というエッセイに追記されていた冒頭文だったのですが、「なるほど!」と非常に納得したし、「未来」ってやつを考えざるを得ないときに感じていた違和感を、これ以上ないくらい的確に言語化してもらった気持ちでした。

それはなにかっていうと、「10年後の〇〇はXXだ!」とか「これからの〇〇はXXになる!」みたいな主張、「ガワ」についての議論を延々と繰り返しているコミュニティって、自分はまったく興味が湧かないし、そこにぶっちゃけ未来も将来も感じない派で、いっつもなんだかなあと思ってしまうんです。

でも、それに対して「今、これがめちゃくちゃ面白いんです!!!」ってキラキラ話している人と話すと、すごく大きな勇気や元気をもらえるんですよね。

つまり、結局考えたところで不確かな未来について、ああだこうだ唯一神の正解を見出そうとするような営みの中にではなく、現在地点である「今」のどこかに「希望」を宿している人たちの中にこそ、未来ってのはあるんじゃないか。この頃ますます、そんな想いが強くなりました。


もうそろそろ、これからとか未来とかいって、うわっつらで「ガワ」のはなしばっかりするの、飽きませんか? つーか、ダサくないっすか? だれでにでも効果てきめんな「すぐ効くクスリ」や、「これやっとけば確実な方法論」なんて類いも、やっぱあやしくないっすか?

そろそろ本気で、「コンテンツ」のはなしをしましょうよ。しかも今、世界中にこんなにおもしろい「コンテンツ」があふれているんだから、それに思いっきり、ワクワクしましょうよ。そうやって「コンテンツ」を楽しむ中で、「つーか、これってこういうことなんじゃね?」なんていう未来の姿が、立ち上がってくんのかもしんないっすよ。


話をする側に回ることによって、あらためて気づくことや想いを強くするってことが、あるんだなと。長文駄文になってしまいましたが、つまるところ、やっぱりまずは「コンテンツ」に対して自覚的でいたいし、「今」に対しては「希望」を宿す側でいたい。心から、そう思ったのでした。

貴重な機会をいただき、ありがとうございました。また機会があれば、こうしたイベントに出てみようと思います。

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Project Design / STITCH INC. / 音楽家たちや山形県のじゅうたんブランド「山形緞通」などと、プロジェクトに取り組んでいます。鎌倉が好きで、住んでます。https://stitch-inc.jp/
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