高橋知秋
禍話リライト「照明少女」

禍話リライト「照明少女」

高橋知秋

 花子さん(仮)から言われた話なんですけど。「違うんですけど、本当にすみません」みたいな。「どうしようもない人間ですみません」みたいな。「集める話だったのに、学校は学校なんですけど…これトイレ…トイレ全然関係ない…」って…そんな卑下しなくていいよって。

*

 トイレの花子さんが関連する体験談を集めている花子さん(仮)が収集した、トイレとは関係ない、しかし学校で起こった話。


 昭和の時代…学校が警備員や防犯システムを利用せず、まだ「居残った先生が校内の見回りをして、最後に校舎の鍵を閉める」という習慣で放課後の校内の治安を守っていた頃に、東北の学校で起こった出来事だという。
 その学校ではクラブ活動などで長く居残っていた生徒は、最後に職員室に顔を出して挨拶をしてから下校する、ということが義務付けられていたようだ。

 夕刻。
 とある若い先生が職員室でテストの採点をしていると、特別教室棟で家庭科関連のクラブ活動をしていた女子生徒たちが挨拶にやってきた。お前らこんな時間まで頑張ってたんだな~、などと声をかけ、軽い会話を交わす。その会話の終わり際。
「あ、そうだ、先生」
「何?」
「二個向こうの教室に明かりが点いてたから、まだ誰か残ってると思います」
「え?」
「電気は点いてないんですけど、電気スタンドみたいな光が漏れてて、物音もしたんで…一応言っときますね」
 そう言って彼女たちは帰ろうとする。しかし教師は首を捻った。

「あれ?でももう学校にはお前らしか残ってないはずなんだけど…」

 この学校はあまり生徒数が多くない。そのため、今どのぐらいの生徒が校内で居残りをしているのかをだいたい把握できる状態だった。そして更に。

「それに家庭科室の二個隣の教室って…もう使われてないだろ」

 もちろんそこにも電気は通っている。しかしその教室は現在では授業はおろか、クラブ活動でも全く使用されていないはずの場所だった。

「…あそこって鍵かかってたかなあ?…そうか、わかった。見回りがてらちょっと確認してくるわ」

 すると何故か、彼女たちもその見回りに付いてきた。
「本当なんですって!」
「いや別に疑ってるわけじゃないから…」
「えー、でも見間違えだったのかな…」
 そんなことを話しながら、家庭科室のある特別教室棟へと向かう。
 特別教室棟は学校の中でもやや古い建物で、家庭科室はその二階にある。先生を先頭にして棟の中に入った。階段を上がって、廊下に突き当たる。
 …見えている風景に明らかな違和感を覚えた。照明のある天井ではなく、”下の方”が明るい。
 廊下に出ると、そこには異様な光景があった。

 家庭科室の二個隣―使われていないはずの教室の扉が開いている。
 そこから一本の延長コードが廊下に向かって伸びていた。
 その先には、床に置かれた電気スタンド。
 電気スタンドには電源が入っており、廊下の真ん中でぼうっと光っている。

 あの電気スタンドは、確かにその教室でかつて使用されていた学校の備品だ。しかし…。

「…これ、お前らがやったの?」
 付いてきた生徒たちに訊いてみるものの、全員が一斉にかぶりを振る。
「…だってそもそも開いてるかどうかすらわからない教室ですよ?」
「まあそうだよな…さっきまではこうじゃなかったんだよね?」
「はい…」

 これは一体何なのだろう?
 彼女たちが悪戯でやった、という可能性も一応考える。しかし、悪戯だったらわざわざ自分に報告したりしないだろう。自分に対する報告ありきの悪戯という可能性もあるにはあるが…そうだったとして、これに何の意味がある?そもそも目の前にあるこの状況は悪戯の体を成していない。
(それじゃあ…誰かがここで本を読もうとしたとか?いやもっと意味が分からないな…)
 そんなことを考えながら、明確に思っていることがあった。
 …あそこに近づきたくない。
 あそこにある電気スタンドの電源を消して、ちゃんと電気スタンドを教室の中に戻して、棟内の見回りをして、入口の鍵を閉めたら職員室に戻って報告書を書いて、明日あたり他の先生に伝えれば、それで全て終わるはずだ。
 しかし、それがどうしてもできない。目の前のあの空間に、近づきたくない。

(嫌だなあ…でも、どっちみち片付けなきゃいけないんだよな、あれ…)
 防犯の観点で言えば、生徒がもう残っていないことを確認できているのだから、このままこの棟の鍵を閉めて生徒たちと校舎に戻ってしまっても、別に支障はない。しかし一方で、この電気スタンドを明日まで放置するのはあまり宜しくない。電気代も気になる。しかしあそこには近づきたくない…。

 あきらかに異様な状況を前にして怯え始めた生徒たちが、先生を階段のほうへと引き戻した。
「何あれ?なんか怖いよ…今日他の先生いないの?」
「今日はもうみんな帰っちゃったんだよ…」
「ええ…」
「でもあれほっとく訳に行かないし、ちょっと行ってくるな」
「え、でもなんかヤバいですよあれ!」
「いや大丈夫だって」
「絶対ヤバいよ!」
「わかったわかった。お前らはここで待ってろ。先生が片付けてくるから」
 そんな押し問答をしながら、もう一回廊下の方に目を向ける。

 …誰かいる?

 廊下の真ん中。ぼんやりとした灯り。その後ろに誰かがいる。

(…え、さっきまで誰もいなかったよな…?)

 私服の…おそらく、女性。たぶん、生徒たちと同じ年の頃。それが、電気スタンドの後ろに、正座するようなかたちで座っている。

 奇妙なことに、彼女がどういう人間なのかが全くわからない。「点灯している電気スタンドの後ろ」という、夕闇の中でも比較的視認しやすい場所にいるにもかかわらず。
 辛うじて、髪形が所謂「ぱっつん」であることは分かる。しかし、どんなに見ていても、それ以外の情報が全く頭の中に入ってこない。髪形で女性なんだろうな、という風にあてを付けたが、本当に女性かどうかは判別が付かない。

 目の前にある異常な事態を何とか消化しようとしているうちに、彼女が現れるまでのあいだ、どこからも全く物音がしなかったことを思い出した。

「…先生、どうしたの…?」
「う~ん…ちょっとねえ…」
 生徒たちは階段の方に待機しているので、彼女のことを見ていない。
「あのねえ…ちょっとねえ…なんか…いるんだよね…知らない人が」
「え、じゃあ警察とか呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「いやねえ…なんかねえ…あれはねえ…」
 あまりの事態に、なんだかまともに応対できなくなっている。

 いま廊下にいる彼女は明らかに不審者である。本来ならば、学校の治安を守る教師として声をかけて適切な応対をしなければならない。
 それに自らの体力などに不安があるわけでもない。相手は体格からして恐らく生徒と同じ年の頃の人物で、別に怯えるような相手ではないはず。
 しかし。
 なんだか、ものすごく嫌な予感がする。ふと自分の腕を見てみると、鳥肌が立っている。
(これ、ダメなやつじゃない…?…絶対ヤバいよなあ…)

「なんですか…?」
 生徒たちが廊下の方を見ようとしたので、制止しながら話しかける。
「いや見なくていい。見なくていいんだけど…誰かいるんだよね…お前ら以外帰ったもんな?」
「そうだよ、みんな帰ったんだよ。さっき先生が言ってたじゃん…」
「…まあ、そうだよな。そうなんだよな…」
「…」
「…これさあ、先生として言っちゃいけないことかもしれないんだけど、…なんかヤバそうだから、だからお母さん方とかさ、PTAの人たちには怒られちゃうかもしんないし、ちょっと情けない話でもあるんだけど、…このままもうあそこには行かないで、このまま校舎のドアを閉める…って感じに…なっちゃうかもしれないんだよねえ」
 そんなことを話したときだった。生徒たちの一人の口から、唐突に

「やっぱり分かりますか」

 
一瞬の静寂。

「えっ…どうした?」
 先生が訊くと、その言葉を口にした当の本人が困惑し始めた。
「えっ、えっ、何!?わかんない!今の私が言ったよね!?」
 その場にいた生徒たちが恐怖におびえて騒いでいるうちに、先程の言葉を口にした生徒の左目”だけ”から涙が溢れだした。彼女の左目は真っ赤に充血しだして、瞼は微妙に痙攣している。
「何これ!?痛い!」
 生徒たちはみな完全にパニックに陥ってしまった。先生は先生で完全に怖くなってしまい、もう廊下の方を一切見れない。それでも何とかして生徒を落ち着かせる。
「わかったわかった!もう出よう!あれに関しては後で近くに住んでる先生とかに連絡して、大人が何人か集まったら見に行く!今はやめよう!もう出よう!な!」
 そんなことを話している間にも先程の生徒の左目からは涙が止めどなく流れていて、ゴミが入ってるわけでもないのに、などと小声で言っている。
「もう…なんか変な雰囲気になったし、もうやめよう!だって…な!」
 そこまで話した時だった。

 視界の端。
 角を曲がったすぐのところに、誰かが立っている。

「灯りのところに拘ってるわけじゃないから」

 
大人の女性の声。

 その場にいる全員が限界だった。叫びながら階段を駆け下りて、そのままの勢いで外に飛び出した。扉を勢いよく閉めて、すぐさま鍵を閉める。

「何あれ!?」
「女の人の声だったよね?」
「そう、大人の女の人の声だった!」
「え、先生、廊下にいたのって大人のひとだったんですか!?」
 騒ぐ生徒たちに、
「いや~、違うんだけどねえ…」
 と応対しつつ、その場で生徒たちを帰らせた。

 その後、近所に住んでいる先生など数人の大人に事情を説明して来てもらい、もう一回特別教室棟へ入った。
 もうそこには誰もいなかったものの、コードと電気スタンドはそのまま残っていた。
 しかし、電気スタンドの電源は切られていたという。
(あ、あいつちゃんと電気消すんだ…)

 生徒を帰らせた際にしっかり入口の鍵も閉めた。それどころか、窓の鍵も全て閉まっている。しかし、改めて見回りをしても棟の中には誰もいない。くだんの人物がどうやって建物から出ていったのか、全く分からない。
 結局、学校を管理する大人の間では、「何かしら高度な悪戯が行われた」という形で話をまとめる事にした。

 その事件からしばらくのあいだ、特別教室棟は午後四時で完全に閉める、という形になった。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聴き手:加藤よしき
出典:"シン・禍話 第一夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/672088968)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi