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Pavement 『Westing (by musket and sextant)』

 1993年にリリースされた編集盤。
 1989年から1991年までの間にリリースされたシングル『Slay Tracks 1933-1969』『Demolition Plot J-7』『Summer Babe』、及び1991年に10インチでリリースされたミニアルバム『Perfect Sound Forever』の4作(どれもすげえタイトル…)をまとめ、そこにコンピレーションに提供した2曲を追加した内容。

 19曲目からの4曲(『Summer Babe』収録曲「My First Mine」)は『Slanted & Enchanted』のデラックス盤『Slanted & Enchanted: Luxe & Reduxe』でも聴ける
 また「Merrow Jazz Docent」「Debris Slide」「Box Elder」の三曲はベスト盤『Quarantine the Past: The Best of Pavement』に再録されている…が「Merrow Jazz Docent」は前半の「Angel Carver Blues」がカットされているし、「Box Elder」は何故かベースが削除された謎ミックスになっている。何?
 なお、日本盤には当時コンピレーション盤に提供された楽曲「Greenlander」がボーナストラックとして追加されているが、同曲は現在では『Slanted & Enchanted: Luxe & Reduxe』にも収録されているので、同盤を持っていればわざわざ日本盤を探さなくても大丈夫。

 ひとことで言うと、結構ひどい。この「ひどい」はPavementのことを好きな人ならばそこまでシリアスな意味合いにはならないだろうけれど、それ以外の人にとっては…。
 もしもPavementを知らない人がいきなりこれを聴いたら、「!?」となるのは必至。

 下手したらそこら辺の高校の軽音楽部の方が演奏上手いんじゃないか?と思わせる覚束ない演奏力で、ノイズギターが爆音でギャリギャリ鳴る曲を演奏したものを、ぺらっぺらの音で雑にミックスしたものが23曲も続く。カオスとしか言いようがない。そこにシンセサイザーによるノイズやテープ録音遊びなども絡んできて、もう無茶苦茶。
 個人的には『Slanted & Enchanted』に関してはいくら演奏がラフだとは言え、今日的な観点ではローファイとは言い切れない曲もあるんじゃないか(「Here」とかね)と考えているし、同時にそれはPavementというバンドそのものに対しても言えることでもあるんじゃないか、とも思うのだけれども、このアルバムに関してはもうどこからどう聴いてもローファイとしか言いようがない。安心してローファイ以外の何物でもないと断言できる。むしろこれ聴いてローファイじゃないという人がいたらちょっと考え直せぐらいのことは言う。
 私は最近やっとオリジナルアルバムを全作聴いたニワカなのにこんな記事書くぐらいなので、一瞬でPavementに心を奪われた自負があるのだけど、それでもこのアルバムに関しては聴いてて何度か思わず笑ってしまった。

 なのに、よく聴くと勢い一発のように聴こえてアレンジはやたら工夫されていてるし(なんでも当時「ジャズのプレイヤーのセッションのやりかたを僕らなりに参考にしている」などとのたまっていたらしい)、リフなどの楽曲を構成する要素には確かに才気が感じられる―つまりPavementというバンドに魅了された人間の耳を惹くポイントが大量にあるのがたち悪い。
 特に『Slanted & Enchanted』を気に入った人ならば、同作で昇華され輝きを放つ要素が今作の中にも(極端に未加工な状態ながら)非常に多く含まれていることは聴いてすぐわかるはずで、本当にたちが悪い。

 しかも”初期の名曲”と表現しても差し支えない「Box Elder」、スコット・カンバーグが選ぶフェイバリットの中でも紹介されている「Forklift」、ファンの間で圧倒的な人気を誇る「Debris Slide」といった重要曲が(その殆どはベスト盤に再録されたとはいえ)大量に含有されているのがまた厭らしい。
『Summer Babe』収録の「Summer Babe」のシングルバージョンや同シングルカップリング収録の秀曲「Baptist Blacktick」辺りも、今でこそ『Slanted & Enchanted: Luxe & Reduxe』に再録されたけど、同盤のリリースまではこの盤でしか聴けなかった、と考えると本当にもう。

 そもそもPavementの作曲に於いて核を成しているスティーヴ・マルクマスとスコット・カンバーグ、この二人の音楽に対する造詣は間違いなく深いわけで、それは録音状態やミックス、そして演奏力とは明らかに相反するアレンジ力の高さからも垣間見える。
 そんな彼らがこの状態を完成とする選択肢をわざわざ選んでいるというのは…もちろん自らの置かれた「大学生バンド」という状況を現実的に見据えた妥協でそうなった側面もあるんだろうけど、一方でもう最初っから「そういうこと」なんだろうとも思う。その挑発的な態度は、『Slanted & Enchanted』でより一層強まっていくことになる。

 敢えて矛盾した言い回しで書くと、無理して聴かなくてもいいけど重要作。
 絶対に最初の一枚に選んではいけない。本当に絶対に最初の一枚に選んではいけない(大事なことなので2回言いました)が、その一方で内容の粗雑さに反して重要な曲が含有されているのでファンは絶対にスルーできない、という嫌がらせのようなアルバム。
 ある意味その性格の悪さがPavementというバンドの様々な側面のうちの一つを象徴しているような気もする。…まあ本当に気のせいかもしれないが。

 個人的には「Box Elder」「Folklift」「Summer Babe」「Debris Slide」といった名曲群は勿論として、後半の転調とギターリフのメランコリックさに以降の作品で表出する”美しさ”が垣間見える「Internal K-Dart」、なんかもうちょっとで名曲になりそうな雰囲気がある「Perfect Depth」、『Slanted & Enchanted』に収録されていてもよさそうな秀曲「Angel Carver Blues / Mellow Jazz Docent」、そして何もかもが最高な「Baptist Blacktick」が好き。
 特に「Angel Carver Blues / Mellow Jazz Docent」はベスト盤再録も頷ける曲(でもなんでベスト盤では「Angel Carver Blues」カットした…?)で、もうちょっと取り沙汰されてもいい気がする。
 あと「Maybe Maybe」「Heckler Spray」辺りはいい感じのギターリフが普通に1分ぐらいで放置されて終わってしまうので聴いててやきもきする。しかしそれもまた味。

 ちなみに「Forklift」の録音時には、Pavementが活動を一時的に休止していた時期にスコット・カンバーグと一緒にバンドを組んでドラマーをやっていたジェイソンという人が録音にやってきたのだが、ゲイリーが彼に対して露骨に嫉妬し、彼を馬鹿にする発言を連発したため変な空気になったらしい。なんなんだこのおっさん。