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今年の初夏になって急にSyrup16gを聴き始めた人が勢いで無謀にも挑んだ全作レビュー [再結成後の近作編]

 こちらの記事の続編です。お手柔らかにお願いします2。にわかファンならではの思い入れの浅さ故か再結成後の作品も普通に好きなので、そんな感じのレビューになってます。

『HURT』

 2014年8月にリリースされた8thアルバムにして、再結成後初の作品。ちなみに再結成の発表は同年6月で、その発表時に既に今作のリリースが告知されていた。
 解散前の2005年~2007年頃にはライブで多数の未発表曲が披露され、また解散後の一時期、五十嵐は別バンド「犬が吠える」を立ち上げていたが、それらの曲は一切収録されず、全曲が今作のために書き下ろされた新曲となっている。
 なお再結成後の作品は、基本的に全て古巣であるUK.Project内のレーベル、代沢レコーズからリリースされている。

 まず一聴して気付くのは、音作りの面での大きな変化だろう。
 今作の音作りはボーカル含めた全てのパートが均等に持ち上げられ、適度な調整が取られたうえで、バンドサウンドのダイナミクスを派手に強調したミックスになっている。
 解散前の作品群における『coup d'Etat』や『HELL-SEE』のような歪さをそのまま押し進めたミックスとも、『Mouth to Mouse』や『Syrup16g』のように過剰に整理されたミックスとも違う。その二種類の音作りの、ちょうど良いとこ取りのようなミックスと言えるだろうか。
 おそらくこの変化は解散~再結成の間に、音楽業界内におけるバンドサウンドの音作りのトレンドが変わり、Syrup16gのような歪な音を発するバンドに対するミックスのノウハウが確立された成果ではないだろうか。
 今作における音作りは再結成後の作品の音作りの基本となる。

 楽曲の方も全曲書き下ろしだけあって解散前の作品にはなかった新しいモードを提示しているものが多く、その中には解散前の作品では少しずつ顔を出していた歌謡曲的な要素を一曲かけてやりきった「哀しき Shoegaze」や、ファンクのノリを大胆に導入した「メビウスゲート」といった完全なる新境地も含まれている。
 また「Share the light」「理想的なスピードで」「宇宙遊泳」といった再結成前の作風に近い楽曲には、2010年代のトレンドに合わせて作風を正当にアップデートしたような安定感が感じられる。

 一方で、歌詞には犬が吠える解散後に五十嵐が過ごした長い空白期間(この期間、五十嵐は再発音源の印税等だけで食い繋いでおり、実態としては殆ど引き籠り状態だったと言われている)の存在が大きく影を落としており、ひときわその要素が強いのが「Stop brain」と「生きているよりマシさ」の2曲。
 特に空白期間の暮らしそのものをテーマにしたと思しき「生きているよりマシさ」の歌詞は表題の意味合い含め、かなりインパクトがある。
 この「生きているよりマシさ」がPV付きの先行公開曲だったことを考えると、やはりこの曲で描かれているような日の当たらない生活からの”生還”、そしてこの曲の中盤で唐突に吐露される「君」への謝意がこのアルバムのテーマなのかもしれない。

 総じて詞・曲共に「なぜこのバンドを再結成したか」ということに言及している、やや特殊なアルバム、という印象。
 爽やかで直球なメロディに乗せてSyrup16gとは思えないほど瑞々しい決意が歌われる終曲「旅立ちの歌」は、五十嵐本人の(おそらく照れ隠しの)「嫌いな曲」という発言や、最初は収録予定がなかったが周りの助言を受けて収録を決定した、という経緯の影響もあってかファンの間でも賛否が分かれているが、この曲でこのアルバムが終わるのは一種の必然だと思う。

 再結成後の作品のアベレージを築いた作品であり、このバンドに興味を持っているならば必聴。バラエティ豊かで聴きやすい内容なので、初心者にも勧めやすい。
 これと同時に再結成前の作品も聴いた方が良いかなとも思わないでもないけれど、これだけを聴いても全然大丈夫。むしろ最近のロックバンドを聴いている人は今作から聴くと入りやすいかも。

 個人的には美しいメロディを変拍子で寸断する「Stop brain」、歌謡曲の要素とバンドの個性を折衷した「ゆびきりをしたのは」が好き。

『Kranke』

 2015年にリリースされたミニアルバム。
 正式にミニアルバム形式の作品を出すのはデビュー作の『Free Throw』以来実に16年ぶり。

 このタイミングで唐突に5曲入りのミニアルバム、という時点で既に何だか怪しいが、内容も相当変わっている。
 ひとことで言うと、これまでのアルバムに1~2曲は必ず入っていたような、変な曲だけを集めた作品。

 ニューウェイヴをやり切ったどこにも足が付かないメロディが印象的な「vampire's store」、何故か唐突に本格的なシューゲイザーと化する(しかもギターノイズじゃなくてコーラスの重ね録りで音の壁を作るマイブラスタイル)インタルード「songline (Interlude)」、詞にも曲にもこのバンド特有のひねくれたユーモアが満載された怪曲「Thank you」、散々転調を繰り返した末にサビで「Creep」を思わせる壮大なバラードに着地する「To be honor」と、少ない曲数の中でとにかく変な曲尽くし。
 特に歌詞カードに表記されていない「諦めろ!」というコーラスが強烈な印象を残す「Thank you」のひねくれっぷりは壮絶。

 それでいて、歌詞の面では世の中を皮肉りながらも強い意思を表明する「vampire's store」や「主導権は君じゃなきゃ不健全だろう」とまで言い切る「To be honor」のように妙にポジティブな曲が多く、それが作品全体の怪しさに一層拍車をかけている。

 ミックスの基本は前作『HURT』の路線を引き継いでいるが、全体的にボーカルに弱いリバーブやエコーがかかっていたり、おそらく意図的にパートごとの分離が悪くしてあったりといった調子で、全体的に霞がかかったような音作りになっていて、そこもなんだか不思議。

 そんな中、妙な転調を挟みつつも美しく物悲しいメロディと、自らの弱さを一つずつ取り上げて認めていくような歌詞が印象的なオープナー「冷たい掌」がひときわ印象的。
 今作で一番シリアスなこのバラード曲が相対的に今作で一番キャッチーであり、故に結果的に今作の核を担っているような印象がある。AメロやBメロで立ち込める閉塞感に、少しずつ穴が開き光が差していくようなサビがとにかく感動的。

 しかし「冷たい掌」というキラーチューンがあるとはいえ、その他の収録曲はどれも異様に癖が強いため、最初にこれを聴くのはあまりお勧めできない。
 恐らく再結成前の作品を数作聴いてから聴いた方が理解しやすい。個人的にはかなり好きな作品だが、私がこの作品を好きになれるのは間違いなく過去作を聴いているからだと思う。

『darc』

 2016年にリリースされた9thアルバム。
 ツアー「HAIKAI」で披露するために新曲を制作していたところ、五十嵐の創作意欲に火が点き予想以上の曲数が仕上がったため、急遽レコーディングに突入、というかなり特殊な経緯で完成した作品。
 リリース時に公開されたプレスによると、現在のsyrup16gが『COPY』を作ったら、というコンセプトのもと製作された作品とのこと。

 タイトルの『darc』は薬物依存症の患者の回復支援施設の名称の引用。
 再結成後の作品としてはある意味『Kranke』以上に取っ付き辛い部類に入るかもしれない。2010年代の『COPY』として作られただけあって、ここまでの2作―『HURT』『Kranke』と比べると圧倒的に再結成前寄りの作風になっている。

 例えば『HURT』の収録曲は再結成前の作品と比べるとかなりキャッチーな印象があるのだけれど、今作はロックナンバーにもポップチューンにもそうしたキャッチーさが希薄。
 リードナンバーとは思えぬ勢いで不協和音が鳴りまくるイントロが強烈な「Deathparade」、曲そのものはポップなのに歌メロの譜割が不安定なことこの上なく、各所で奇妙な転調が繰り返される「Find the answer」、過去最高に歌謡曲をやり切ったトラックに異様に暗く攻撃的な歌詞が載る「Missing」などなど、かつてこのバンドが持っていた獰猛な部分を、特に加工せずに今の気分で鳴らしたような曲が並ぶ。
 歌詞の面でも攻撃性と暗い感情の発露と後ろ暗いユーモアが同期する再結成前の作品に散見された作風が、ここにきて再び顔を出している。他の再結成後の作品と特に違うのは、全編通して明らかに怒りの要素が強いこと。
 それはかつて『coup d'Etat』や『HELL-SEE』で見せていたものと近似しており、故に切迫している。

 それらの詞曲にいつにも増して不安定なボーカルが乗る。
 なんでも今作のボーカルは元々仮歌として録音されたテイクを採用しているらしく、曲によってはかなり頼りない状態。この点に関してはかなり賛否が分かれると思う(実際めちゃくちゃ賛否が分かれている)が、しかしそれ故の生々しさは一種強烈なものがある。
 ミックスも過去作と比べると整理された音になっているとはいえ、再結成後の作品としてはかなり荒い部類に入る。当然ながら、どちらの要素も過去の作風への回帰を意識しているのだと思われる。
 そして個々の楽曲は歪で獰猛な雰囲気でありながら、アルバム全体としてはバラエティ豊かな曲を並べることによってバランスをうまく取っているのも、かなり過去作に近い。

 そんな今作で核を成すのが「I'll be there」。
 弱さを曝け出す歌詞を覚束ない様子で歌うボーカルがバンド史上最も感傷的なメロディに乗せられる楽曲で、間違いなくSyrup16g史上屈指の傑作。今作特有の不安定なボーカルや荒い音作りが、これ以上ないほどのシナジーを起こしている。
 曲の終わり際、何かを確認するようにタイトルを繰り返し歌うボーカルの後ろで、ギターが学校のチャイムを思わせる旋律を鳴らす瞬間、冗談抜きで目の前に景色が広がる。

 再結成後の作品の中では『Kranke』と並んでアクが強いし、仮歌ボーカルもかなり賛否が分かれるし、ミックスも聴きやすいとは言い難いしで本当は勧め辛い作品。
 しかし、再結成後の作品で一番バンドの本質に近い作品だと思うので、敢えて勧めたい気持ちもかなりあるのも事実。初めての一枚には向いていないと思うが、避けては通れない作品でもあるだろう。『HELL-SEE』のように。
 あと、今作が好きになったら多分過去作も全部聴ける。

 先に挙げた曲以外だとオープニングを飾る陰鬱なバラード「Cassis soda & Honeymoon」、人によっては「I'll be there」と並びそうな(私は並んだ)ギターポップ路線の秀曲「Murder you know」、レコーディング期間中に完成し急遽追加収録されたという、決意表明のような歌詞が印象的な「Rookie Yankee」が良い。

『delaidback』

 2017年にリリースされた10thアルバム。『delayed』『delaydead』に続くdelayedシリーズの第三弾。
 キャリア初期のライブで演奏していた曲、05年~07年のライブでのみ新曲を公開していた時期の未音源化曲、syrup16g解散後に結成された五十嵐の別バンド犬が吠えるのレパートリー、五十嵐のソロ復活公演「生還」の新曲群と、選曲の時期がかなり幅広い。収録曲がどの時期に作られたかについては私の過去記事も参照していただければ。
 なお今作のリリースツアー後にバンドは小休止に入ることを宣言。その後ライブ活動は再開されたものの新作はリリースされておらず、2021年7月末現在は今作が最新作となる。

 未音源化ストックのリメイク集であるdelayedシリーズだが、過去2作が初期のライブで演奏されていたという一部のファンしか存在を認識していなかったような楽曲群を中心に録音した内容だったのに対して、今作は2005年~2007年頃のライブでのみ演奏された「STAR SLAVE」「upside down」や、犬が吠えるのレパートリーである「光のような」「赤いカラス」といった、既にブート音源等で存在が広く知られたうえで音源化を長らく熱望されていた楽曲群が並んだ内容となっており、故にリリース時にはかなり話題になっていた印象がある。

 そしてそれらの楽曲がどれも圧倒的に良い。
 もともと”未音源化曲のみで組み立てられたベスト盤”的な趣のあるdelayedシリーズだが、今作の選曲はシリーズ三作の中でも頭一つ抜けている。

 解散前の作風を再結成後のトーンで組み立て直したような「冴えないコード」、再結成後の『HURT』などの作風に最も近い重いトーンの「ラズベリー」、『HELL-SEE』辺りの空気感を感じさせるダークな「STAR SLAVE」「変拍子」、「upside down」「開けられずじまいの心の窓から」のようなポップな側面を極めた(でも歌詞は暗い)曲、「ヒーローショー」「4月のシャイボーイ」のような捻じれたユーモアを前面に出した曲まで、このバンドの持つ作風を包括し俯瞰するようなラインナップを揃えており圧巻。
 それでいてアルバムとしてのバランスも取れており、チグハグさは皆無。再結成後の音作りをベースにしたアレンジも好調で、特に「ラズベリー」のシューゲイザー的なアプローチは面白い。

 その中でも犬が吠える期のレパートリーのリメイクである「光のような」「赤いカラス」の2曲は『delayed』でいう「Reborn」「落堕」、『delaydead』でいう「翌日」「明日を落としても」の位置にある重要曲で圧巻の一言。この2曲だけでアルバム全体を引っ張れるほどの推進力を持っている。

 過去のdelayedシリーズ2作は、その時々の最新作と対になる存在となっていたせいもあってかバラエティ性もありつつトーンが統一されていた印象が強いが、今作は対になる作品が存在しないためか、より一つのアルバムとして”立っている”印象を受ける。

 難があるとすれば前作に引き続いて、曲によっては若干頼りないボーカルパフォーマンスだろうか。この点はやはりファンの間でも賛否両論。
 全編のボーカルがフラフラなわけでもないし、個人的には特に気にならないけれど、「透明な日」辺りの不安定さに関しては気になる人はかなり気になると思われる。

 しかしその点を敬遠して今作を聴かないのはあまりにももったいない。
 ある意味ベスト盤よりもベスト盤に近い作品で、初心者にも、というかむしろ初心者にこそ強く勧めたい。10thという節目に相応しい傑作。

 客観的な観点ではもう言うこともないので、個人的な意見を二つ。
・「変拍子」は個人的に「不眠症」とふたつでひとつのセットになっている。この二曲、妙に類似点が多いのは何故?
・「開けられずじまいの心の窓から」という一番ヤバそうなタイトルの曲が、アルバムの中で一番ポップな曲なのがいつ聴いても面白いと思う。