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仮想通貨SF小説『Decentralized Kingdom』 第1章 スマート・コントラクト

今から約20年後(2038年)の日本。暗号通貨と評価経済が広まった後の物語。


◇序章

《2038年5月8日 午前7時48分》
《あなたは 5・827パーセント イケダハヤトです》

 起き掛けにスマホを覗き込んだ僕は目を見開いた。眠気が吹き飛ぶ。
 5・827パーセント?
 イケハヤ率が昨日から4割近くも下がっている! なんで?

 布団をふっ飛ばしながらベッドから立ち上がる。モーションを検知したアシスタントAIが、部屋のカーテンを開け、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。おはようございます、フジイさま。アナウンスが流れきる前に、机に飛びついてスマホをドックに叩きつける。

 大きく広がった泡状(フォーム)ディスプレイに手を突っ込み、“イケハヤ王国”のアプリアイコンを指で弾く。起動画面からマイページにアクセス。 直近のイベントログを確認して————僕はようやく思い至った。
「ああ……あれか」

 力なく、近くにあったオフィスチェアに腰を落とす。朝日を浴びながら、天井を仰いで溜息をついた。
 原因はたぶん、イーサリアムXプラットフォームでリリースしたゲームアプリの、開発チームを解散してしまったことだろう。
 あれを作ったきっかけは、ほんのノリだった。投稿記事のネタ探しに覗いたレトロカルチャーのコミュニティで、たまたま日本文化かぶれの外国人と知り合い、たまたまそいつが技術者で、なにかジャパナイズでシンプルかつナイスなゲームのアイデアはないかと訊かれ、僕が適当に答えたことが始まりだったのだ。紙相撲とかどう? と。

 別コミュニティで出会った他二人の仲間を加えてリリースした『神(GOD)・SUMOU』は、予想外に大ウケした。あえて安っちい物理エンジンを採用したおかげで土俵上でのドラマが頻発し、各コミュニティで一気にバズったのだ。

 瞬間移動テレポートできるMAWASIやオーラを纏えるMAGE、目からビームを放てるフェイスペイントKUMADORIなど各種パワーアップアイテムは、マーケットで高騰した。いくら強い力士を育成してもプレイヤースキルと運次第で簡単に負けてしまうのだが、それがまたいいようだった。開発メンバーの評価(バリュー)はどんどん上がっていった。

 不和のきっかけは、メンバーの一人がしたなんてことない提案だった。全員の自己情報(プロフィール)を公開しよう、という。

 今や“王国”の大部分は実名性のインターネットを推奨している。今まではなんとなく匿名でやってきたが、開発チームの全員の自己情報(プロフィール)を公開すれば評価をさらに上げることだってできた。市民としての評価が上がるほど、“王国”から受けられる恩恵も増える。イケダハヤトの王国などはその筆頭だ。僕は少し迷ったが、その提案に賛成した。
 メンバーの中で、反対したのは一人だけだった。最初に知り合ったあの外国人だ。

 彼は、インターネットは匿名であるべきだと言って聞かなかった。
 なんてことはない、彼は典型的な匿名主義者(アノニマス)だったのだ。
 彼とメンバーは衝突した。消極的賛成派だった僕は静観していたが、思えばもっと積極的に仲裁するべきだった。
 彼はチームを去った。コアエンジニアの彼が抜け、自然、チームは解散する流れとなった。
 結局、彼らとは一度もリアルで会うことはなかった。
「……まあ、仕方ないか」

 イーサリアムXのブロックチェーン上で動く分散型アプリケーション『神(GOD)・SUMOU』は、僕らがいなくなってもプレイヤーがいる限り稼働し続ける。ソースコードは公開されているから、いずれ誰かが開発を引き継ぐだろう。イケハヤ率は下がったが、それでもリリース前よりは上だ。

 と、無理矢理自分を納得させようとしたが、うまくいかなかった。わかりやすい成功を目前にして逃した精神的ダメージは大きすぎる。

 マイページから、ウェブマガジンの寄稿記事や個人的にリリースしたサービスの評価状況を見て、もう一度溜息をつく。立ち上がってコーヒーメーカーに向かうも、豆切れのランプが点灯していた。そういえば買い置きもない。うんざりし、普段は控えているドローンの飲料配達サービスをスマホから申し込んだ。割高だが、こんな日くらいはいいだろう。
 窓を開け、サンダルをつっかけてベランダに出る。朝の匂いと、街の音を体が感じとる。

 北関東の5月の朝は、少し肌寒い。眼下に広がるのは白っぽい規格住宅やマンションが建ち並ぶ整然とした街並み。遠くに目をやれば広大な農地が広がっている。建物の屋根ばかりか、水田の上にまでソーラーシェアリングの太陽電池パネルが並び、街全体をモノクロのコントラストで彩っている。

 下を見やると、通学途中らしき学生たちと、タクシーを止める老人が目に入った。歩行補助用の電動アクチュエータをつけた老人が後部座席に乗り込み、無人の車両が静かに走り出す。女子学生二人組が宙空を指さして互いに笑い合う。耳につけた神経端末(ナーヴデバイス)の出力画面を共有(シェア)しているようだった。
 彼らもどこかの王国民で、きっと彼らなりの評価を稼いでいるのだろう。
 低い空には配送ドローンたちが行き交う。所々に立つ送電用のアンテナは、今日も設置企業のロゴを小さく点滅させ続けている。
 僕はまた、意味もなく溜息をついた。


◆         ◆         ◆

 

 改竄やダウンタイムを許さない分散型台帳技術、ブロックチェーン。
 今から30年前、サトシ・ナカモトとその落とし子、ビットコインによって示されたこの技術は、世界を変えた。
 『民主主義』や『国家』などという概念は、もはや昔日の存在だ。

 きっかけはここ日本で、それは2017年のことだった。
 時の財務省理財局長がとある政治問題について追及された際、『記録は破棄した』の一点張りで野党の追及を躱し、その後、あろうことか国税庁長官に就任したのだ。これに、当時の経営者や個人事業主たちが猛反発した。

 無理もない。納税者には会計記録の徹底保管を求め、不備があれば容赦なく税をむしり取っていく国税庁の長が、過去に『記録の破棄』で見逃されているのだから。

 結局、長官は翌年、確定申告期間も終わらぬうちに辞任することとなった。だがその程度では、事業者たちの怒りと、元から秘めていた思いは変わらなかった。

 そう。税金なんて払いたくない、という思いだ。
 そんな彼らが目をつけたのが仮想通貨だった。

 彼らは団結し次々と黎明期のコミュニティに入ると、各々の事業に仮想通貨決済を導入していった。当時まだまだ投機用の資産でしかなかった仮想通貨の実用化が、ここに来て一気に広まることとなる。
 目的は無論、脱税だ。

 当時は決済用途でも仮想通貨の使用は課税対象だったが、税務署にはトランザクションを追うノウハウすらなかった。仮想通貨での所得は、円に換金しない限り丸ごと隠せた。

 当初、それを使用する際には海外のデビットカードなどを利用していたようだが、次第に仮想通貨そのものでの経済圏が構築され始まる。小売り大手ではローソンが導入、セブン&アイ・ホールディングスが追従してからは、もう止まらなかった。

 おそらく大手の一部も所得隠しをしていただろうが、税務署が本腰を入れ始めても無駄だった。ウォレットはいくらでも作れるし、秘密鍵はデータでも紙でも保存できる。国税徴収法に基づく強制執行でも、秘密鍵までは差し押さえられなかった。
 みな、税金を納めなくなっていった。
 必然、国の財政状況は悪化していく。
 社会保障費が大きく削られ、地方公共団体への交付金も減った。富める者はますます富むが、貧しい者や病める者は貧困から抜け出す術がなくなり、自殺者も劇的に増加した。国家による再配分は、機能停止に陥りかけた。

 それを救ったのが、稀代のインフルエンサーだった池田勇人(イケダハヤト)だ。
 当時既に四国を中心とした巨大経済圏を築いていたイケダハヤトは、新たにあるトークンを発行し、エアドロップを行うこととなる。
 それが、イケハヤ市民権トークンだ。

 民間の福祉団体と協力し、全国の貧困層へと配付したこのトークンは、所持していると一か月ごとにイケハヤ経済圏で決済に使えるイケハヤコインを受け取ることができた。それは世界初の、個人によるベーシック・インカムだった。

 資本主義経済がもてはやされていた当時の人々には、単なる慈善事業にしか映らなかっただろう。だが現代の評価経済に照らしてみると、イケダハヤトは資本を自身の評価(バリュー)に変換しただけで、なんの損もしていない。評価(バリュー)を資本に変えるなどインフルエンサーたちにとっては朝飯前で、流通トークンの信用が増したイケハヤ経済圏はますます拡大していった。

 多くのインフルエンサーたちがこれに続き、様々な行政インフラを提供する市民権トークンを発行した。医療福祉サービスを受けられるトークン、養育扶助を受けられるトークン、起業家を支援するトークンに、地域振興を援助するトークン。

 彼らは気づいたのだ。テクノロジーが発達した現代で、行政インフラはその気になれば、既存国家でなくても提供できること。そしてそれが、莫大な評価(バリュー)を生むことに。
 そうして現れたのは、日本という国に上書きされたインフルエンサーたちの王国だった。

 人々は気に入った国の市民権トークンを購入し、王に評価を与え経済活動によって資本を提供する代わりに、様々な行政サービスを受ける。もちろん市民権はいくつ所持していてもいい。王の政治に不満を抱けば、市民権トークンを売却、もしくは焼却(バーン)し、王国民であることをやめるだけ。王の評価(バリュー)失墜が、政治腐敗への抑止力となる。

 仮想の王国が偏在する社会では、人々は保険や通信サービスを選ぶように自らの属する国を選ぶ。それは主権者ではなく消費者。『民主主義(デモクラシー)』に代わる、『消費者主義(カスタマリズム)』時代の幕開けだった。
 きっと、この流れは必然だっただろう。衆愚が政治的主権を持つ『民主主義』も、出生地に永遠に縛られる『国家』も、誰が考えても欠陥のある概念だった。

 日本という『国家』は、やはりこの流れに逆らうことはできなかった。円に紐付けられた仮想通貨を発行してトークンエコノミーに参加し、細々と送金手数料を徴収するようになる。当初は独自チェーンではなく、徴収(levy)機能をもつNEMモザイクを使っていたことからも、その衰退が窺えた。

 『消費者主義(カスタマリズム)』の流れは、そのまま世界をも飲み込んでいった。
 今では旧来の国家を遙かに超える数の王国が、あらゆる地域にまたがって偏在している。

 日本では、世界最大級の王国である『イケダハヤト経済共同圏』のほか、『新生ライブドア』、『えんとつ町』、『3.0ちゃんねる』、『SBIウェルフェアランス』などが生まれた。
 海外に目を向けると、米国発の『Amazon・Arcadia』、中国発の『香格里拉(シャングリ・ラ)公益』、韓国発の『네이버엔젤(ネイバー・エンジェル)』、ロシア発の『Альянс(アライアンス)』が勢力を拡大している。匿名の王を戴く匿名主義者(アノニマス)たちの仮想国家『D・P・R・C(ドレッド・パイレート・ロバーツ・キャラバン)』も、密かにその賛同者を増やしつつあった。

 世界は、ずっとよくなった。
 戦争は消滅した。王国が偏在し、あらゆる場所に経済圏を共にする人が現れたためだ。ある国の首相と、仮想敵国の兵士と、地球の反対側に住む子供が同じ王国民であるなどは珍しくなかった。世界中に同胞がいる。そんな領土を基盤とした国家が衰退した社会で、武力による紛争解決などもはや出る幕はなかった。
 エネルギー問題や食糧問題も過去のものになった。ブロックチェーンとAIにより、あらゆる流通は効率化した。街の至る所に太陽電池パネルや風力タービン、熱音響発電機が設置され、ブロックチェーンによるスマートグリッドで生活用の電力はほぼ賄われる。

 産業用電力の生産は、それが得意な国に頼っていた。エネルギーインフラを人質に取られる可能性のあった過去には考えられなかったことだろう。太陽電池パネルを並べられる広大な砂漠や、豊富な地熱を得られる火山、強い風や波といった地球の恩恵を受けられる地域が、現代の主要なエネルギー産出国だった。 

資本主義(キャピタリズム)は衰退した。変わって主流になったのは、評価主義(バリュアリズム)だ。貯め込む対象は資本(キャピタル)から評価(バリュー)へと移った。おかげで資本の流動性は増し、世界中のあらゆる地域、あらゆる人々が、王国の豊かな援助を受けられる。現代の経済では評価こそが価値を持つ。自らの評価を上げるため、誰もが他人や社会の役に立つよう行動し、それを公開するようになっていった。

 2038年。
 変わった後の世界は、そんな感じだ。


◆         ◆         ◆


◇逃亡者

 ベランダでコーヒーを待つ間に、アシスタントAIが勝手に点けたニュース番組の音声が耳に入ってくる。

 U-22世界プログラミングコンテストでミズナシ・ヨシオ氏が三連覇を達成、サワント財団代表がマジュムダール氏へ交代、パートナーシップ・イン・ジ・エアー社CEOエイヴァ・ベック氏が自社トークン買いを発表、活動家カガ・スイサク氏が今度はキリバスで真水生成プラント設置事業へ……。

 時々、嫌気が差す。メディアで報道されるような高評価者(ハイバリュアー)になるなんて無理なことはわかっているが、評価主義経済ではそれを求められているようで息が詰まった。

 イケダハヤトの王国では、経済圏で行った各種活動の評価が、グラフ理論によってイケハヤ率の形で可視化される。初めは自身の概念化(コンセプテーション)のための要素だったようだが、いつの間にか王国内での価値を表す指標になっていた。

 王国の運営に関わるには、最低でも35パーセントのイケハヤ率が必要となる。僕を含め、ほとんどの人間には無縁の世界だ。
 昔はよかったと言う年寄りの気持ちが、少しはわかる。

 いや、そうじゃないな。と僕は内心苦笑した。
 僕は単に、自分の評価が上がらないことが不満なだけだ。
 ほんとうは僕だって————、
「……あ」
 

 微かな駆動音が聞こえて顔を上げると、飲料配達サービスの細長いトライコプターが目の前に浮いていた。スマホをかざして決済を済ませると、ホルダーの紙コップに熱いコーヒーが注がれる。僕が受け取ったのを確認して、ドローンは巡回路に戻っていった。

 手の紙コップから、白い湯気が五月の朝のひんやりした空気に立ち上る。
あんな非効率なサービスがなぜ流行っているのかはよくわからない。

 スマホを見ると、結構な金額が残高から引かれていた。今は誰もが純粋な仮想通貨のほか、法定通貨(フィアット)や株式や債券や金や小麦など、様々な資産(アセット)にペグされた無数のトークンをバスケット化して保有する。だから普段は為替など気にしないが、今回はせめて、割高なトークンが決済に使われたことを祈った。

 コーヒーを一口すする。評判通り、味はそれなりにいい。
「んぅ……」
 ふと鼻にかかったような声が聞こえ、反射的に目を向ける——僕は紙コップを取り落としそうになった。
 ベランダの隅に、女の子がいた。

 高校生くらいだろうか。顔を俯けて室外機の陰に座り込んでいる。肩に掛かるほどの黒髪が顔を隠していて人相はよくわからないが、少なくとも僕よりは年下に見えた。ライトグレーのブレザーにプリーツスカートという、どこかの制服っぽい格好のせいもあるかもしれない。
 今までまったく気づかなかった自分にまず驚いた。

 誰だコイツいつからいるんだ2階だぞ、ここ。
 疑問を口からこぼれる前に、女の子が身じろぎした。どこか寒そうな仕草で目をこすり、顔を上げて大あくびをする。そして僕と目が合い、そのまま硬直した。

 顔立ちはかわいらしいが、目にはエネルギーが詰まっていそうな少女だった。
少女は少し気まずそうに、僕へと笑いかける。
「お……おはよう? お兄さん」

 ピンポーン、と。
 僕がなにか言う前に、玄関のチャイムが鳴った。固まっているともう一度鳴る。ピンポーン。
 いやどんなタイミングだよ。
「……どこの誰だか知らないけどちょっと待ってろ」

 僕はそう言い放つと急いで玄関に向かう。一人暮らしのアパートをこんな朝に訪ねてくる客は、すぐに思い浮かばなかった。ドローンで運べないような物でも注文してたか……?と、思っているとまたチャイムが鳴った。ピンポーン。
 なんなんだ一体。
「はいはー……い」
 ドアを開けて目に入ったのは、3本足のボールだった。

 サッカーボールくらいの漆黒の球体が、3つのマニピュレータで器用に共用廊下の手すりに掴まっている。中央に据えられたカメラレンズが、僕の顔を見据える。

《おはようございます。私はこの地区を担当しておりますカイドウ・タウンセキュリティの警備ドローンです。藤井湊(フジイミナト)様のお宅でお間違いないでしょうか》

 滑らかな合成音声と共に、ドローンが公安委員会の電子署名がなされた市街警備の認可証を表示した。プラズマ発光のチカチカしたホログラムを前に、僕は混乱しながらも頷く。

《市民より申し出のあった窃盗事件の容疑者が、昨日藤井様宅へ訪れたのをソーシャルカメラより確認しました。捜査協力及び入室の許可を願います》
 「はあ? い、いや、昨日は誰も来てないはずですけど……」

《拒否の回答を受諾しました。市街警備業法第15条第2項に基づき、取得市民権の提示を求めます》
 僕は言われるがままにスマホをドローンへ向ける。カメラの上部のLEDが点滅する。

《SBIウェルフェアランス市民権を確認しました。当該市民権保有者は市街警備業務への全面協力が義務づけられており、拒否の回答はトークン確認をもって却下されました》
「うそ!? ちょ、ちょっと待ったっ」
 部屋へ入ろうとしてくるドローンを体で塞ぐ。

 まさかSBIにそんな規約があるとは思わなかった。それはともかく今入られるのは困る。この手のドローンは、言っちゃ悪いが動作が雑なのだ。せめてスマホのドックや出しっぱなしの食器を片付けないとなにをされるかわからない。
 

 だが、僕のこの対応は結果的に最悪のものとなった。ドローンのLEDが赤く光る。

《拒絶の意思を確認。犯罪幇助の可能性を鑑み、これより強制執行に入ります。当対応によって生じた物損、軽度の身体的損傷は、市街警備業法第18条の2に基づき免責されます》
 言うやいなや、ドローンが僕に飛びついてきた。

 意外な重さに、たまらず後ろに倒れ込む。痛みに呻くと、ドローンの背中から白煙が濛々と噴出。部屋を瞬く間に満たし始めた。同時に、やかましい合成音声が流れ出す。

《警告。警告。現在カイドウ・タウンセキュリティが強制執行中です。周辺の皆様はその場を離れるか、鍵のかかる安全な屋内に退避し——》

「お兄さんじっとしててッ!」
 女の子の声。
 バチッ、という音と共に、白煙の中を火花が散った。同時に、ドローンのやかましい警告音が止む。
 

 顔を傾けると、制服姿の少女がなにか細長く黒い箱をこちらに向けていた。
「お、お前……」
「お兄さんほら立って! 逃げるよ!」
 

 少女はそう言って箱を投げ捨てると、ドローンを蹴飛ばした。ドローンはなんの抵抗もなく、マニピュレータを引きずりながら床に転がる。

「ちょ、ちょっとお前今なにした。これ警備ドローン……」
「ただのE・Gunだよ。EMPのおもちゃ」
「電磁パルス(EMP)がおもちゃで済むか! 明らかに禁制品だろうが! どうすんだよこれ!」
「大丈夫だから。CPUが灼けてなければ」
「や、灼けてないのか?」
「ううん、たぶんだめ」
 

 気が遠くなる僕に構わず、少女は自分のスマホを確認すると焦ったようにベランダを指さす。
「いいから早く! 逃げないと!」
「逃げるって……というかそっちは窓なんだけど」
 少女は踵を返すと、玄関を開けて外を指さす。
「ほらあれ」

 見ると、さっきと似たような三脚ドローンが3台、歩道や塀や屋根の上を滑るように歩行していた。こちらに向かってきている。

「お兄さんこのままじゃやばいよ」
 僕は慌てて玄関のドアを閉めた。
 なにがなんだかわからないが……とにかくまずいことに巻き込まれた気がする。焦りがこみ上げる。
「お兄さーん、こっち!」

 いつの間にか少女がベランダで手招きしている。
 僕は迷ったが、とりあえず靴とスマホだけ取ると急いでそちらへ向かった。少女へ問いかける。
「逃げるってどうすんだ」
「ここから降りるの」

 と言って、少女はベランダの脇を縦に通る雨どいのパイプに手をかけた。手すりを越えて身を躍らせ、そのままするすると降りていく。
 下まで降りた少女がこちらへ手を振る。
「早く! こっちの方はソーシャルカメラ少ないから!」
 

 僕は靴を履くと、雨どいに手をかけた。築18年のアパートだけに、パイプはいかにも頼りない。冷や汗が流れる。
 まだ朝だけど、僕は確信していた。
 今日は最悪の1日になる。


◆         ◆         ◆


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