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第1回北海道ミステリークロスマッチ結果発表

◆ 2019年第1回北海道ミステリークロスマッチ概要

 小説・評論・コミックを問わず、ミステリー作品をつのる。枚数は小説の場合原稿用紙30~100枚程度。
 第1回は7人の作家・評論家が参加。
 記名式・選評を添付しての投票の結果、根本尚『羽衣の鬼女』が大賞を受賞した。

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※根本尚さんは写真を公開しておりません。根本さんの連載が掲載されている「プリンセス」2019年10月号(秋田書店)の付録、「お面フィス」をつけての写真撮影となりました。
(「お面フィス」は、1976年より「プリンセス」に連載されている『王家の紋章』に登場する古代エジプトの王「メンフィス」をお面にしたものです)

◆ 執筆者・作品(投稿受付順)

 深津十一   「山本浩一くんの受難」
 根本尚    「羽衣の鬼女」
 諸岡卓真   「風が吹けば猫がもうかる」
 浅木原忍   「天狗の山の殺人」
 松本寛大   「みちしるべ」
 櫻田智也   「浮力」
 柄刀一    「或るシャム双子の謎」 

※投票は各自が1~3位の作品を選び、1位:3点、2位:2点、3位:1点として集計する。

投票結果_compressed

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◆ 代表の言葉:柄刀一

 第一回は、小説六作品、マンガが一作品の参加でした。その中からマンガ作品がほぼ満票で大賞に選出され、これぞまさに〈クロスマッチ〉としての面目躍如といった結果であり、意義としても価値あるものになったと思います。
 こうしたコンテストは、初回の受賞作が賞そのもののグレードを暗示したりしますが、その意味でも『羽衣の鬼女』を得たことは格段の僥倖でした。この先、注目に値する作品が選ばれ、皆さんの目に触れていくでしょう。
 投稿作には他にも、商業ベースの媒体に載っていないのが不思議でならない傑作が幾つかありました。それらを世に出したい、発掘したい、味わいたい。作家にもファンにも共通するこうした思いで、この先も北海道ミステリークロスマッチを続けていくことになるでしょう。

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選評:深津十一

1位:「羽衣の鬼女」
2位:「みちしるべ」
3位:「或るシャム双子の謎」

【選評】
「羽衣の鬼女」
「雪上の足跡」にあえて挑んだ意欲作。解答にも納得。物理的トリックを扱う場合、漫画という表現方法は強力な武器になることを思い知らされた。羽衣の鬼女が蛇足気味だったのが残念。
「風が吹けば猫がもうかる」
 丁寧に配置された伏線がきれいに回収されていく中で、二段オチにもなっている安心感のある構成。夜の山中を舞台にすれば、より緊迫感が増したのではないだろうか。
「天狗の山の殺人」
 理詰めで真相を見抜き、犯人に犯行を認めさせ、一番穏当な解決に導くというロジカルなハウダニット。犯行の手法は容易に見当がついたが、事件の収拾方法までは見抜けなかった。
「みちしるべ」
 丁寧な筆致で描かれるリアルな心理描写や人物造形がトリックの肝になっているという、文学性とミステリの見事な融合に唸らされた。
「浮力」
 青春スポーツ小説として読んだ。ミステリ要素は薄めだが、メインの謎は上手く隠されていて、最後に明かされるまではわからなかった。主人公に共感できなかったのが残念。
「或るシャム双子の謎」
 双子の入れ替わり、血文字のダイイングメッセージ、鉄壁のアリバイ崩し等のミステリアイテムにわくわくさせられた。一方で、磁気嵐による通信障害、飛行機墜落による火災にやや強引さを感じた。
 1位はトリックの意外性から「羽衣の鬼女」、2位は小説としての完成度の高さから「みちしるべ」、3位は最も本格テイストが香る「或るシャム双子の謎」とした。

選評:根本尚

1位:「或るシャム双子の謎」
2位:「浮力」
3位:「みちしるべ」

【選評】
「天狗の山の殺人」
 読者への挑戦状が入るのがいい。
 家族(妻と娘)が居ると最初に出ているのもいい。
 非想天側が風船人形だということか、間欠泉の存在のどちらかは解決編まで隠しておいてもいいと思う。
「或るシャム双子の謎」
 動機にある特殊な能力が関係しているが、「そうだと思いこんだ」でも良いことなので納得。
 草一殺しの際の犯人の工作が見事。
 クローズドサークルの緊迫感、連続殺人、島、と本格推理をものさしにすると本作が一番。
「風が吹けば猫がもうかる」
 猫カワユス。放置しておくのだから、ラジオの描写に「防水」と入れてもらうとより安心できるかと。
「みちしるべ」
 ジメっと蠱惑的(虫だけに)。
 全体的にイヤーな感じのする人間描写がいい雰囲気。
「クロスをもみ洗いする手を止めず」など細かい描写に気を遣っているのが分かる。
 ウィキペディアの名前を何回も出すのは安っぽい気がする。
「山本浩一くんの受難」
 魔太郎に出てきそうな堀井。いつ山本くんが出てくるのかと思ったら出ていた。
 堀井が「そういうことかい」と言った辺りで終わってもいい気がする(「警察の鑑定」は先に言っておく必要があるかも知れないが)。
「浮力」
 いきなり魂の重さを言い出すのは怖い。
「小学生が? 親が払うのではなく?」と思った部分が伏線で良かった。
「羽衣の鬼女」
 自作。解説は不要だけど、言及。
「刺されたあと、自分の足で歩いてきて力尽きて倒れた」の可能性を出すのを忘れた。

選評:諸岡卓真

1位:根本尚「羽衣の鬼女」
2位:櫻田智也「浮力」
3位:柄刀一「或るシャム双子の謎」

【選評】
 トリックの独創性が突出していた「羽衣の鬼女」を第一位とします。犯人が○○の○にいるというのは足跡のない殺人の新機軸で、それを支える世界観も含めて、自分の好みにマッチしました。第二位は「浮力」。「日常の謎」テイストの小さなトリックですが、小さいからこそ、それがもたらす結果の重大さが感じられ、これまた好みの作品でした。第三位の「或るシャム双子の謎」は、クイーン『シャム双子の謎』で論文を書いたことのある私としては見逃せない一作。謎が提示されるまでの流れがやや重たく感じたものの、山火事、飛行機、雨、そして奇跡的なシンクロニシティの示唆と、『シャム』を彷彿とさせる仕掛けがちりばめられていて楽しめました。
「天狗の山の殺人」は、超常的な能力の存在が論理的推理に与える影響や、結末の処理に感心しました(しかし、元ネタを知っていればもっと楽しめたはず!)。「みちしるべ」は「一言多い」祖母のキャラクターが秀逸でしたが、私の読解力不足か、内容とPTPとの関連性がやや薄く感じられました。「山本浩一くんの受難」は山本くんの意外な登場の仕方で驚かされましたし、読了後に冒頭を読んでわかる展開もぞっとさせられてよかったです。以上の三作品についても、一度ならず投票を考えたのですが、最後は読了後の印象の強さと好みで順位を決めました。

選評:浅木原忍

1位:「羽衣の鬼女」
2位:「みちしるべ」
3位:「浮力」

【選評】
 拙作を除き、まず選外の三作から(以下敬称略)。諸岡「風が吹けば~」はいかにも小粒。ラジオが登場した時点で真相が見え見えで、語り手が猫である必然性を含めもう一捻り欲しい。深津「山本浩一くんの受難」は語り手の姓を「山本」にして姓だけで呼ばせておけばオチに意外性が出たはずなのに、そうでないのでタイトルが致命的なネタバレになってしまっている。柄刀「或るシャム双子の謎」はオマージュの楽しさや謎解きの論理性はさすがの品質。三位以内に入らなかったのは、小説的な余韻で松本・櫻田作品に及ばなかったという個人的な嗜好による。
 三位は櫻田「浮力」。何が謎なのかもわからないまま読み進めるうちに、不意に浮かび上がる真実の苦味がすばらしい。悠斗の死について、何かひとつ読者へのミスリードとしての謎があればもっとこの真実が引き立ったかも。
 二位は松本「みちしるべ」。子供が世界と向き合うための《異質な論理》の解明を描きつつ、最終的には《正しい知識》こそが救済となる、《真実》への飾り気のない信頼が小説的な余韻となるところを高く評価したい。
 一位は根本「羽衣の鬼女」。謎が解けないまま解決編を読んでの「ああーなるほど言われてみれば確かにそれしかない……」という納得と一抹の悔しさという本格ミステリの醍醐味を今回の参加作で最も味わわせてくれた。「みちしるべ」とどちらを一位に推すか迷ったが、ミステリとしての純度でこちらに軍配。

選評:松本寛大

1位:「羽衣の鬼女」
2位:「或るシャム双子の謎」
3位:「浮力」

【選評】
 1位は「羽衣の鬼女」。意外、痛快。問題編終了時点で読むのをやめて一日考えたのですが、降参。○○ではなく○○だったとは(ネタバレのため伏字)。あとになってよく考えればトリックの実現性には疑問符がつくのですがとにかくインパクトが抜群。マンガならでは(絵の説得力!)の傑作と思います。
 2位、「或るシャム双子の謎」。真犯人につき一瞬、アンフェアかと思ったのですが、それも作者の予想内とは。美希風の推理に納得せざるを得ません。本歌取りした要素の扱いも工夫が凝らされ、さすがの出来でした。
 ほかの作品も個性的でいずれも面白く読ませていただきましたが、オチが読めたため、「羽衣」や「シャム双子」のほうが優れていると判断しました。最初の伏線が隠されていないため展開の予想はつくものの文章のうまさが全体を支えており、優れた作品になっていると思った「浮力」を3位に推します。
 ほか、読了順に感想を記します。「山本浩一くんの受難」は非常に個性的で「変な話」を読んだ満足感がありました。タイトルが洒落ていますね。「風が吹けば猫がもうかる」は、好感の持てる作風。もっと長くても良かったかもと思いますが、小品ゆえの良さもあるので難しいですね。「天狗の山の殺人」は犯人を追い込むシーンがとにかく見事で、それがメインの話を読みたかったと思いました。私が異世界ものに慣れていないせいかもしれませんが、その前段階の犯人絞り込みの部分でやや伏線不足と感じました。

選評:櫻田智也

1位:「みちしるべ」
2位:「羽衣の鬼女」
3位:「或るシャム双子の謎」

 一位は松本さんの「みちしるべ」。ラストに至ってタイトルの意味が装いもあらたに浮かび上がってくるところや、祖母と母のやりとりに口を挟んで咎められたというエピソードの扱いが巧い。短編として謎解きの密度も絶妙では。
 二位は根本さん「羽衣の鬼女」。手がかり(真相といってもよい)が序盤で明示されていて、しかもそれが物語のなかに溶け込んでいたため、解明時のインパクトと納得度が大きかった。
 三位は柄刀さん「或るシャム双子の謎」。真相の超現実的な部分が非常に魅力的。ただ推理部分の理詰めの細かさが、その部分の興趣をやや削いだようにも感じた。
 枚数が多いとミステリとしての手数も増やせるので比較に困りましたが、初回なので最後は目をつむりました(笑)。
 以下は読んだ順番にコメントを。
 深津さん「山本浩一くんの受難」。人物や一人称の心情の描きかたが上手く物語にすっと入り込んだ。タイトルもニヤリとさせられるが、ラストから冒頭に返ったとき、納得より先に混乱がきてしまった。
 浅木原さん「天狗の山の殺人」。新本格に浸った世代として探偵の論理を楽しく読んだ。
 D氏へのQの最後の一押しが良い。トリックがストレートなため、ロジックにもうひとひねり期待してしまった。
 諸岡さん「風が吹けば猫がもうかる」。子どもが逃げる一方なので当初の謎が謎になりきらなかったが、謎解きの先にもうひとつ愉快な真相があり良かった。猫魅力的。

選評:柄刀一

1位:「羽衣の鬼女」
2位:「浮力」
3位:「みちしるべ」

【選評】
「羽衣の鬼女」は、足跡不在ものの新境地をひらいていて感嘆した。感じられる作者の自信、これを裏切らない、特筆されるかもしれない傑作だ。「浮力」「みちしるべ」も、上質の筋運びで感心せざるを得ない。文章の背後に、抑制された香気がある。迷ったが、前者のほうが〝魂〟にまで触れていると感じられ、その、哀しみのある普遍性モチーフに対して加点。
「山本浩一くんの受難」は、タイトルに出てくる人名をもっとひねって使えば、驚きを作り出せたのではないだろうか。狙いがぼやけた印象を懐いてしまい、残念。
「風が吹けば猫がもうかる」は、実に丁寧できっちりとしており、それだけに、ミステリーとして傾(かぶ)く力感が弱いかも。この語り手の猫を主人公とした連作短編集を読みたいという期待を懐く。連作短編集の中の一作という感じ。
「天狗の山の殺人」は、トリックが読者に露見するのを防ぐことと、謎の提示効果とのどちらを取るかで迷ったのではないかと、(広義の)同業者としては首肯しつつ推察する。
 犯人に口を割らせる手段は、よくある基本条件を踏まえているわけで言われてみればそのとおりだが、なかなか見抜けない。ロジックを巡る討論のさばき方など手慣れているのか、好感も持てる。


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