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#52 参りました/くろさわかな

【往復書簡 #51 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈39年生きてきたってロクなもんじゃない〉
水曜日:泖〈その先の野望〉
金曜日:くろさわかな〈絶望の中の希望〉

絶望の中の希望

テレビを見てもネットを見ても、どこもかしこも「誰々が金!」とか「始まったからには応援しよう!」とか「批判してたなら見るな!」とか「感染爆発には関係ない!」とか、オリンピック一色ですね。

わたしは元々スポーツをあまり見ないタイプの人間ですので、オリンピックについても「アスリートの人たちはすごい(けど別の番組が見たい……)」という幼児並の感想しか出てこないのですが、開会式だけは違いました。

準備期間中のゴタゴタで時間が十分に取れず、予算もどんどんなくなって、挙げ句に政治的な話で一貫性のない内容をぶち込まなければならない……という悲惨な裏事情がひしひしと伝わってくる。全てひっくるめて、これが日本の現状なんだな、と悲しくなってしまいました。

そんな中、わたしが唯一あの開会式で希望を見出せたのは、森山未來の追悼の舞でした。

恥ずかしながら、ミュンヘン五輪で起こった事件を知らず、突然始まった暗いダンスに「なぜこのお祭り的なムードの中で突然?」と驚いたのですが、イスラエル選手団への追悼や、コロナで亡くなった犠牲者への鎮魂だという解説を聞き、まだここに希望が残っていたと泣きそうになりました。言及はされませんでしたが、東日本大震災の犠牲者の鎮魂の意味もしっかり込められていると感じました。

それは亡くなった方だけでなく、遺族や自らの生に対して心を痛めている人たちへの慰めでもあるんですよね。言葉では伝えきれず、触れ合うこともままならない世界で、力強い抗議とともに優しく心に染みていく、鎮魂の舞。

もちろん、この舞で世界が平和になることはないし、コロナが収束することもない。理不尽なことはこれからだってたくさんある。「表現」することが何かを劇的に変えることはないでしょう。けど、今回の開会式の中で見たこの舞は、わたしの中で小さい宝石のような細胞になった。同じように感じた人もたくさんいる。そう信じることができるというのは、本当に希望だと思うのです。


くろさわかな

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