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35-Y社長の話

 かつてある会社に勤めていたのだが、そこの社長が強い念力を出す人だった。念力と生霊というのはほぼ同じものと言っていいかもしれない。僕はその社長が強い念力を出していることには会ってすぐに気付いたのだが、その会社の社員は全員、そういう、目に見えない力を信じないというか、過剰に怖がるような人ばかりで、社長にいいように「支配」されていた。

 ある日、僕が会社で残業していたら、飲み会帰りの社長が会社にフラリと現れて、社長と2人だけでしばらく話すことがあった。気が付いたら深夜12時を過ぎていて、社長が「俺はもう帰るよ」と言いながら2人でもう少し立ち話をしていたら、話の内容がだんだん「目に見えない世界」の話になっていった。

 その時、会社の出入り口から、「何か」が入って来た。「何か」と言っても、姿形はない。会社はビルの5Fにあり、会社の出入り口はガラス張りのドアで、そのむこうにはエレベーターがあるのだが、エレベーターの扉が開いたわけでも、ガラスのドアが開いたわけでもなかった。ちなみに深夜だったので、そのドアには鍵がかかっていた。

 そのドアのあたりから、ガチャン、バタン、という音がして、ガサガサガサ、ドンドンドン、という音が、僕の方へ近づいて来た。ガチャンというのはドアが開くような音、バタンというのはドアが閉まるような音、ガサガサガサというのはその「何か」の足音、ドンドンドンというのは、その「何か」が、横の壁にぶつかりながらこちらに近づいてきているような感じの音だった。

 それらの音から、人間ではないように感じた。にわとりのような動物が、壁にぶつかりながら、こちらに近づいて来て、僕の横を通り過ぎ、会社の奥の方へ消えて行った、というようなイメージ、まさにポルターガイスト、騒がしい霊といった感じであった。

 あまりのことに、僕は、しばらく絶句していた。僕は色々なオカルトな話を人から取材してはいたが、僕自身がそういう体験をしたことは一度もなかった。その僕が、今、ついにそういう体験をしてしまったのだ。しかもかなりディープな感じの体験であった。

 すると社長が「今、何か入って来たな」と言った。ああ、やはり社長にもわかったのか、つまりこれは現実の体験だったのだな、と思った。それからしばらく、別の話をして、社長が、「じゃあ、俺は本当に帰るから」と言った。

 僕はまだ残ってやらなければならないことがあったが、会社の奥へ入っていった、あの「何か」と2人きりで残業するのは嫌だった。「社長、さっき入ってきたヤツは?」と聞くと、「ああ、あれは心配しなくていいよ、そんなに悪い奴じゃないから」と言われた。「そんなことまでわかるのか」と思ったが、悪い奴じゃないと言われ、僕は少し安心した。そして、社長のことをちょっと頼もしく思ったのである。社長は帰って、僕は午前3時頃まで1人で仕事していたが、特に何も起こらなかった。

 後日、霊能師匠の山村さんに会って、このことを話したのだが、「ああ、それは、その社長さんの生霊だね」と言われた。社長は自分の生霊を会社のドアから入って来させていたのだ。「へえ、生霊って、そんな使い方もできるんだ」と思ったが、「でも、何故?」とも思った。

 どうもそれは、社長が僕をビビらせて、自分の方が格上であることを思い知らせ、僕を支配下に置くことが目的だったようである。実際に僕はその会社で、試雇期間3ヶ月と、その後1年契約して、合計1年3ヶ月働いたのだが、その間、想像を絶するくらいにこき使われた。

 しかし、さすがの念力社長も、社会のルールまでは曲げられなかったようで、契約期間終了後に契約の更新を断ったら、呪い殺されるようなこともなく僕はその会社から解放された。

 それから5年くらい経って、居酒屋で何人かで話していた時、生霊の話になって「そういえば強い生霊を出す人がいてね・・」と、その社長の話をした。

 その話の途中、僕の話を聞いていた人が、持っていたアルミの小皿を落としてしまい、店中に響くような大きな音が出た。それは、周りのテーブルの人までが振り向くような大きな音で、僕達は3時間くらいその居酒屋にいたが、その店でそんな大きな音を聞いたのはその一度きりだった。

 僕のテーブルにいた人はみんな「その社長さんの生霊が来てる」と思った。みんな自然にそう思った。そうとしか思えないタイミングと音の大きさだったので。

 話はそれで終わりではない。その数日後、僕が銀行の窓口で、番号札を取って待っていると「おう、久しぶり」と声をかけてくる人がいた。それがその念力社長だったのだ。その会社を辞めてから5年くらい、一度も会ったことはなかったのに、なんでこのタイミングで。

 こういうのを「偶然」と言う人は多いけど、「偶然」という言葉は、あまりにも強引過ぎる解釈だと思う。僕が知らないだけで、世の中には念力を駆使して、色々な情報を集めたり、人を支配したりして、それで「社長」をやれている人も案外たくさんいるのかもしれないと思った。

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