「パラサイト」と「ピアニスト」とキリスト教

ちょうど1年程前、「パラサイト」という映画が話題で、見に行き、そんなに悪くはなかったが、けして良い作品でもなく、改めてミヒャエル・ハネケの凄さを確認して、そしてハネケを知るきっかけとなった、ダウンタウンの松本さんはスゴイなあと思った。そこから自分の母親と、キリスト教がもたらす悪影響について色々考えたのだが、その母親はつい最近、かなり弱ってきて、父親に大迷惑をかけ、老人ホーム送りとなったのだが、そのこともあって、改めてこれらの件が身に迫って感じられるようになった。

ポンジュノの「パラサイト」を観て、
改めてミヒャエル・ハネケは
素晴らしい監督だなあと思っていた。

「愛 アムール」という作品の中で、
ジャン・ルイ・トランティニアンが、
さりげなく、脳梗塞で
片手が麻痺しているという設定になっているのだが、
映画の中ではそのことに一切触れられていない。

実は今、お弁当の宅配の仕事で、
ある高齢者の方のお宅に
週に三回ほどお弁当を届けているのだが、
そこの家の方が同じように脳梗塞で、
片手が麻痺なさっている。

80代くらいだろうか、
その方に会う度に、
ハネケの映画のことを
自然に思い出してしまう。

こういうのが映画が人の心に忍び込み、
ガッチリと心を捕えてしまう、
的確な脚本と演出だ。

同じように「愛 アムール」では、
痴呆になっていく高齢の妻が、
ピアノの教師だったという設定になっている。

この設定も「ピアニスト」という映画で、
心が変な風にねじれてしまっている女性が、
ピアニストであるという設定と同じだ。

ハネケの映画の中では、
楽譜を正確に再現するという、
ミッションに対して厳格であることを、
何か非人間的な行為の象徴として
さりげなく設定に使っているのだ。

実は僕の母親もキリスト教会で
オルガニストをやっていた。
それでうちの妹も
一時ピアノを習っていたことがあるが、
家でタドタドしく妹が練習していると、
少し離れた部屋で和裁の仕事をしている母が、
「今の所音が違う!!」と、
大声で叱責している声をよく聞いていた。

僕は別の部屋でその声を聞きながら
「ああ、こんなやり方をされたんじゃ、
音を楽しむ音楽じゃなくなってる」
と感じていた。

妹は数年でピアノを辞めてしまった。
僕の家はこのような
目に見えないリモコンの赤外線のような、
支配の感情が飛び交っている家だった。

その根底にはキリスト教があるのだろうと、
考え始めたのはそれから数年後だが、
さらにそれから20年ほど経って、
今、母は、キリスト教の神様の目的通りに
不自由な生活を強いられていて、
それでもその原因が「信仰」にあるとは、
夢にも思っていないし、
言ったところで聞く耳は持っていない。

そして僕が「ピアニスト」という映画の存在と
ミヒャエル・ハネケという監督の
素晴らしさを知ったのは、ダウンタウンの松っちゃんの
「シネマ坊主」という連載を通じてなので、
松っちゃんのことを大変尊敬しているのだ。

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