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セラピスト事変

そのいくさは三重県での、弱小セラピスト同士の小さな
ごくささいな、いさかいから始まった
いまとなってそのできごとを記憶しているものはおるまい
私は後世のひとびとのため、ここに語ろうと思う

彼らはたがいに互いをセラピストだと知っていたわけではない
すなわち職務遂行上の軋轢だったり客の取り合いが問題になったわけではない
セラパー(セラピストに教えを請うひとびと)のために
二人はお伊勢さんにお参りする、という動画を撮っていた

平和な一日
暖かい、おだやかな昼下がり
善意に満ちた撮影
最先端のモバイル

……いて! 足を踏まないでください!
え?
足を踏んだでしょ! 気をつけてくださいよ。
……いや、踏んでませんし、そっちこそさっきからブツブツいいながら入り口の前占拠しないでください。

たったこれだけのこと
観光地によくある trouble
しかし、あに図らんや、それを見ていた周囲の人垣のなか
たくさんのセラピストがいた

狭い業界のこと
その場にいたセラピストたちは人混みに埋もれた多数の
セラピストたちの動きを観察しはじめた
互いに互いを、いやにするどい視線で

するとひとりのセラピストが動いた
いや、本当に動いたのか、今となってはわからない
すくなくとも、そのセラピストが動いたと見た、それと敵対するセラピストがいた
こうなると多数の身体たちは連鎖反応を起こして

たくさんのセラピストたちが、言い争う二人のセラピストの
それぞれの背後につき
はじめは小さな声で
やがて周りにつられて、だんだんと大きな声で

むかうあう相手を罵りはじめた
そこに悪意はなく
セラパーを救いたい気持ちと
仲間を助けたいという気持ちとだけがあり

うつくしく
清らかで、しかし、あわれなセラピスト

いや、セラピストにはお互いを嗅ぎ分ける本能のようなものがあるから
場合によってはなかば自覚的だったのかもしれない
こんな風に東西にわかれて
相争う日を、セラピストたちはどこかで待ち望んでいたのかもしれない

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