Hさんに教えて頂いた「背中を見せる」という矜持(きょうじ)
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Hさんに教えて頂いた「背中を見せる」という矜持(きょうじ)

「好きだった会社を嫌いになって辞めるのは辛い」

 最近話す機会を持った、私がもといた会社の同僚がふと漏らした言葉だ。私たちはバブルの時代に入社した。それが弾け景気が低迷すると共に大きな収益源だったビジネスの基盤が揺らぎ、メディアの変化やグローバリゼーションが立て続けに襲い、上場すると共にコンプライアンスがそれまでの自由闊達だった社の空気を徐々に閉塞的にして行った。そして、とどめのようにコロナ禍が襲った。この20年の間に、常に会社は人事制度の変更を繰り返し、その度に社員は大波に寄られる小舟のようにその変化に身を任せるしかなかった。いつしか、好きだった会社が、自分が好きなほど自分のことを好きではないことに気づく。私もかつて通った道だった。

 そんな迷いを吹っ切るように、社員のキャリアを支援する取り組みをしたい、と思い立った。7年前のことである。キャリアカウンセラーの資格を取り人事局に異動し、施策の立案に着手した。そんな時にお目にかかり、お話を聞かせて頂いたのがHさんだった。当時80歳。おひとりで精力的にビジネスをされていた。白地に縦文字でお名前が書かれているだけの名刺が、とてつもなくカッコ良かった。お父様が、社の現在の発展の礎を築いた社長と学友という縁で入社。高度成長していく日本で、広告業を社会的に認められる地位にするために必死に働かれたご経験や、自分たちが守り育てて来た社への想いを熱く淀みなく語ってくださった。多くの至言を頂いたが、この一言は忘れられない。

 「後輩に無様な姿を見せるわけにはいかない」

 その時、私の眼からとめどもなく涙が溢れて来た。お話をお聴きしている場所は外部の方との打ち合わせスペースだったが、止めようとしても止まらない。なぜ、あんなに涙が出て来たのだろう。私自身が、好きだった会社が嫌いになりかけていたからだ。キャリアの取り組みを始めてはみたものの、どれほどの効果があるのか暗中模索だった。だが、そのひと言でとても大事なものに気づかせて頂き、ハラをくくって取り組むことを決意した瞬間だった。

 民俗学者の柳田国男が著した「先祖の話」という本がある。そこでは、国家による公式な歴史に対して、記録や証拠に残っていないが確固たるものとして私たちの中にある歴史に言及している。その例として「ご先祖になる」という言葉が紹介されている。亡くなっても自分の生は終わりではなく、自分の家の子孫たちと対話し続ける存在である、という意味が込められているという。それは会社という場にも当てはまるのではないか。社を支えて来た人たちは、後進に自分の背中を見せ、卒業した後も「ご先祖」として、自分を育ててくれた良き文化の体現者であり続ける責務がある。それが、日本の会社に受け継がれて来たはずだ。

 いま、もはや終身雇用、年功序列ではない、と当たり前のように言われている。同僚とは家族のような深いつながりがあり、目下は目上を敬い、目上は目下を大事に育てる。私が長く務めた会社にも、そんな文化がかつては確かに存在した。時代は変わっても、かつて日本の会社にあった大切なものまで失って良いのだろうか。

 先だって話した若い世代の人たちは、「未来を明るいとは思わない」と口を揃えて言った。そう思わせてしまった責任の一端を、私たち目上の世代の一人ひとりが感じる必要がある。時代の変化と共に会社も変わる。かつて思っていたものとはかけ離れた姿になる、そのスピードはますます増して行くに違いない。いまミドルやシニアが直面する課題は厳しいものがあり、誰もがかつて好きだった会社を嫌いになってしまった自分に驚いていることだろう。だが次の時代の世代に「無様な姿を見せない」矜持を示す気概を持つことで、悩みや恨みを吹っ切り未来に歩み出す力が湧いてくるのでないか。そう私は信じたい。

 私にキャリアの支援というライフワークを与えてくださったHさんが、最近亡くなられた。7年前、去って行かれるお背中に向かって深々とお辞儀をしたのが最後になってしまった。社の「ご先祖様」になられたHさんの想いを引き継ぐ責任を勝手ながら感じている。

#キャリア #働き方 #ミドルシニア  


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