「トランプ2.0」は“あちら”の話ではない
この本をなぜ読もうと思ったのか?ドナルド・トランプが「トランプ2.0」と呼ばれる“まさか”の再選を果たした深層を知りたかったからだ。同書では、Rust Belt(錆びた地帯)と呼ばれるアメリカの中西部地域にあるオハイオ州・ミドルタウンという町に生まれた著者の物語が一人称で語られる。
ヒルビリーとは「田舎者」の意味。かつては栄えた産業が衰退し、そこに住む人々は時代の流れに取り残され、荒んだ生活を送っている。著者の母親は薬物中毒の上、夫となる男性は頻繁に入れ替わる。しかし、周囲の人たちの支えによって誇りを失わず、海兵隊に入隊して生き抜く力を見につけ、全米有数の難関校・イェール大学ロースクールへの入学を果たす。そこ(イェール大学)には、自分が育って来たものとは全く別物の社会があった。
特にミドルタウンの荒っぽい気性を体現し、著者の最大の支援者となった祖母の存在が強烈だ。
「おまえはなんだってできるんだ。ついていないって思い込んで諦めているクソどもみたいになるんじゃないよ!」
と叱咤しつづける。
Rust Beltは、皮肉なことに“激戦区”として大統領選挙の勝敗を決定づけるキャステイングボードを握るエリアとなり、トランプを再選に導いた。それが決して“まさか”ではなく、アメリカ社会を覆う根深い歴史と現実によって生み出されたものだということが、この本を読むとよくわかる。
だが、ここに書かれている内容は我々とは無関係ではない。
短期的な不況よりも問題なのは、すでに“信仰”に近いものになっていたニヒリズムがミドルタウンの町全体に広がっていたことだ。
ヒルビリーは人生の早い段階から、自分たちに都合の悪い事実を避けることによって、あるいは自分たちに好都合な事実が存在するかのようにふるまうことによって、不都合な真実に対処する方法を学ぶという。
「Post Truth(ポスト真実)」。客観的な事実よりも個人の信条・イデオロギーや感情へのアピールが重視され世論が形成される風潮が、トランプが最初の当選を果たした2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU脱退によって広まった。そしていま、その流れは日本にも及んでいる。
また、政治の世界だけではなく、いよいよ待ったなしの変革を求められる企業組織やそこで働く人たちにも当てはまる。
著者はこういう言葉で締めくくっている。
オバマやブッシュや企業を非難することをやめ、事態を改善するために自分たちに何が出来るのか、自問自答することからすべてが始まる。
今年の大統領選挙で、著者=J・D・ヴァンスはトランプから副大統領に指名された。同書の中で「(白人労働者は)政治に頼るべきではなく、自らの力で立ち上がるべきだ」と説いていた著者は、なぜ政治家になり、トランプを支える立場になったのか。悪魔と手を握ってでも故郷の人々を始めとする白人労働者を救わなければならない、それがアメリカを再生させる(=Make America Great Again)という使命感が勝ったのだろうか。その心の中に迫ることが、世界を覆う不穏な状況を、より理解することになるのかもしれない。
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